第四十三話 水場へ入場
それから予定の日にちまでは過ぎていき、颯哉とプールに行く二十九日になった。
幸い我が家の中を探し回ったら水着も無事に見つけられたので、買いに行く手間も省けた。
「必要なものは……水着は着ていくから良いとして、替えの下着とタオル。あとは財布も忘れないように……」
大まかではあるが、この辺りを持っていけば外れはないだろう。
他にも細々としたものを持っていくのであれば荷物は増えるかもしれないが、それは追々詰めておけばいい。
「あれ? 拓也くんも出かけるの?」
「そうなんだよ。実は颯哉のやつに誘われてな」
「へぇー。なら楽しんできてね!」
「そっちもな。もう行くのか?」
肩にベージュの大きめのバッグをかけながら、日よけ対策に麦わら帽子を被った唯が出ようとしているので声をかければ、それは当たりだったようだ。
「うん! 真衣を待たせるわけにはいかないから、早めに着いておこうかなって!」
「そっか。くれぐれも気を付けてな」
「拓也くんも、今日は楽しんできてね! ばいばい!」
元気よく駆け出していく唯を見送り一人になった拓也は、現在時刻を確認して待ち合わせ時間を逆算する。
まだ時間に余裕はあるので家でゆっくりしていてもいいが、待機していてもやることもないのでこちらももう出てしまおうか。
「…向こうで待ってればいい時間にもなるだろ。行っちまおう」
颯哉もあれだけ言っていたのだから、遅刻してくることもないはずだ。
持ち忘れたものがないかだけザっと確認し、家のガスや鍵の閉め忘れなんかも一通り見終わったら支度も完了だ。
せっかく遊びに行くんだ。存分に楽しむとしよう。
◆
「おっ、いたいた。おーい!」
「来たか。結構早かったな」
約束のプール前で立ちながら待っていれば、十分もしないうちに颯哉もやってきた。
強い日差しの下で立ち続けているのは想像以上に体力を消耗されていったので、唯のように帽子でも被ってくればよかったと後悔していたが、こうして来てしまった以上は後の祭りだ。
想定していたよりも颯哉が早く来てくれたから助かったが、もう少し遅ければ日射病にかかっていたかもしれない。
「絶対拓也よりも先に着けたと思ったんだがな……。お前、早すぎじゃないか?」
「家にいても暇なだけだしな。それならこうやってこの辺りでうろついてた方がまだ退屈しのぎにはなるだろ」
「このくそ暑い中よくやるよ……」
颯哉が到着する五分ほど前。その時間まで拓也は集合場所近辺を散歩していた。
暇だったというのももちろんあるが、この近くには用事でもない限り近寄る機会もないので、周辺に何があるのか把握しておきたかったというのもあった。
パッと見てきた印象としては意外にも飲食店が充実していたというのと、やはりプールの近場ということもあって家族連れで来ている人たちが多いといった感じか。
「そのおかげでこの近くの立地も大分分かったし、悪くはなかったよ」
「それでお前が倒れたりしてなきゃいいんだがな……。体調管理はしっかりやっておけよ?」
「さすがにそれは理解してる。こんなとこでぶっ倒れるなんて御免だからな」
時間潰しのために散策はしたが、今日のメインはあくまでプールの方だ。
その前に倒れでもしたら予定が狂うなんてレベルではないし、こちらとしてもそんな展開は願い下げだ。
ひとまず日光が強すぎるので、一旦屋内に入ってしまいたい。
そのために歩いていこうとすると、何やら颯哉が神妙な顔つきでこちらを見てきた。
「なぁ拓也……。少し聞きたいんだが……お前、ここに来る途中で誰かに会ったか?」
「誰か? …そんな知り合いっていえるようなやつと会った覚えもないし、すれ違ってもないはずだけど、それがどうしたんだよ」
「…ふむ。いや、それならいいんだ! そんじゃ、さっさと入っちまおうぜ!」
「今のは絶対なんかあるやつだよな!? おい待て! なんなんだよ!」
意味深な颯哉の言い方に引っ掛かりを感じて問い詰めようとするが、とっとと先に進んでいこうとする友に置いていかれそうになり、慌てて後を追う。
あいつの言いかけていたことは気になるが、どうせあの様子ではまともに聞き返したところで教えてもくれないだろう。
施設の入り口で入場の手続きを終え、男子更衣室で着替えをしていた拓也たちは普段着から水着へと変えていく。
拓也は家から水着は既に着用してきているので、すぐに済ませてしまうが……なぜか颯哉の方からじっと見つめられているような気がした。
「…なんだよ。何かついてるのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだが……やっぱひょろっとしてるなと思ってさ。筋肉でもつけてみたらどうだ?」
「そういうことかよ。筋肉ねぇ……。運動はしてみようと思ってるけど、なかなか踏ん切りがつかないんだよな」
やたらジロジロと見てくるので何事かと思えば、拓也の体格に関することだったようだ。
実際今の彼の体は少しやせ形であり、頼りないという表現が合うくらいには心細い。
前々から運動をしてみようとは思っていたが、その時期を見逃してしまっていたのも相まって、まだ実践にうつせていなかったのだ。
「そんな足踏みするほどのことか? もしよかったら俺の方で色々と教えてやれるぜ?」
「…そうだな。その時は頼らせてもらうわ」
「鍛え方にも効率の良い方法があるからな。徹底的に伝授してやるよ!」
上半身を脱いだ颯哉の肉体は、やはりこういったところで運動部の本領を感じさせてくる。
がっしりとした体には目に見てわかるくらいに筋肉がついているし、その逞しさは同じ男として羨ましくも思う。
これが一朝一夕で身につくものではないことは理解しているし、そう易々と手に入るようなものでもないと分かっているが……やはり憧れてしまうのは、逆らえない
いつかやろうとは思っていたことだし、この夏休みの間に地道に始めてみるのもいいかもしれない。
「それも追々だな。鍛えることについてはまた相談するとして、今はプールを楽しもうぜ?」
「おうよ! 今日一日で全部の種類を泳ぎ切って見せるぜ!」
「それは無茶だろ……。まぁ、そのくらいの気概でいたほうがいいかもな」
普段は訪れることも少ないプールという場で、テンションが上がった颯哉に置いていかれそうになるが、その勢いも理解はできるので走り出しそうになっている友の後についていく。
外から見た感じウォータースライダーなんかのアトラクションも充実していたようだし、できることならそれも制覇してみたいもんだ。
「…さんむっ! あのシャワー噴射の勢い強すぎだろ!」
「もはや痛いくらいだったからな……。そもそもプール前のシャワーって意味あんのか?」
着替えを終わらせて、さぁプールに入ろうとした拓也たちを出迎えたのは、とてつもない勢いを持って上から降り注いでくるシャワーの大群。
こうした場所に赴く機会が少なかったのですっかり頭から抜け落ちていたが、そういえばプール前はシャワーを浴びるんだということを今ようやく思い出した。
しかし、その強さや冷たさが尋常なものではない。
明らかに体に打ち付けているという表現の方が正しいと断言できるあの降り注ぎ方は恨みでもあるのかと思ってしまうくらいのものだったし、水温も入水前のこの身では耐え難いほどの冷たさだった。
そんなこともあり、隣で全身をびしょ濡れにしている颯哉と愚痴を垂れ流しながらプールに出る。
そこには多くの人でにぎわった空間があり、流れるプールや波のプールといったものから、大々的に設置されているウォータースライダーなど、見るからに盛り上がりを助長してくれそうなものが所狭しと並べられている。
「へぇ…! 想像してたよりもかなり広いな。ここまでとは思ってなかった」
「だろ? 俺も久しぶりに来たけど、結構リニューアルされてるみたいで人気なんだよ」
ドヤ顔で解説をかましてくる颯哉の言葉をどこか遠くで聞きながら、目の前の光景を目に焼き付ける。
これだけの施設がそろっていれば夏場が大盛況間違いなしだし、それは子供から大人まで人気が出るというのにも納得だ。
当初はプールで少し泳ぐ程度の認識だったが、これならそれ以上に楽しめそうだ。
「…なるほどな。なら、まずは休憩のスペースだけ確保しちまうか。時間が経てばそれだけ場所も埋まっていくだろうし、先に取っておいた方がいいだろ」
「そうすっか! したらあの辺が……」
「あっ! 颯哉たちじゃーん! 偶然だねー!」
「………は?」
休むための場所取りをするために周囲をきょろきょろと見渡していた拓也と颯哉の背後から、どこか聞きなれた……そして若干の棒読みになっている声が響いて耳に入ってくる。
嫌な予感しかしない………もうそうとしか思えないが、無視をするわけにはいかないのでパッとその声の主の方を振り返れば、そこには水着姿の真衣と唯が立っていた。
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