第2話 二人の御庭番

「お邪魔します」

 成行は美乃の隠れ家に足を踏み入れた。

 隠れ家と言うだけあって生活感が無い室内。どこか埃っぽさがあり、普段から人が立ち入っている気配がない。それはこの隠れ家が非常時のみに使用されるからだろう。

 隠れ家には以前、オフィスとして使用されていた痕跡があった。その当時のものと思われるオフィス用テーブルや椅子が静かに鎮座している。それに書類や備品が入っていない棚、置きっ放しのソファーもあった。

 これらは以前のぬしが放棄していった物。ゴミや不用品が見当たらないだけマシかもしれない。


 美乃はオフィス内の照明を点ける。これだけは内部の使用感に反して明るい。

「中津川君、とりあえず適当に座ってね」

 美乃は残されたソファーを指差す。

「ありがとう。では、お言葉に甘えて」

 成行は応接用のソファーに腰掛けた。

 放置されていても破損は無いソファー。黒いレザー製で高そうでも安そうでもない見た目どおり、可もなく不可もない座り心地だった。


「ふうっ・・・」

 思わず溜息が出た成行。このソファーに腰掛けて、ようやく安心した気分に浸れた。

 それを目にした美乃はクスッと笑う。

「疲れちゃった?時空移動タイムリープして?」

「うん、何かようやく落ち着けたかも」

 そう言って成行はグッと背伸びをする。ふと窓へ目を向けると、そこは一面フィルムが貼られていた。薄いグレーのフィルムで、窓ガラスを綺麗に覆うように貼られている。

 当初は紫外線しがいせんけかと思ったが、そうではない。成行は天井へ目を向ける。

 天井の照明は、太陽光にも似た明るさであるじ不在のオフィス内を照らす。

 あのフィルムは内部の光を外へと見せないためのものだ。誰もいないはずのオフィスに明かりがいていれば、不審に思う者もいるだろう。自分がその立場なら、きっとおかしいと感じる。場合によっては管理会社や警察へ連絡を試みるかもしれない。改めて、ここは『秘密の隠れ家』なのだと感じずにはいられなかった。


「中津川君、コーヒーを用意するわ。でも、非常用コーヒーだから、味には文句無しで」

 美乃はウィンクすると、このオフィス内の給湯室へと向かった。

「ありがとう、小木さん。マジで助かります」

 ここにきて疲れを感じていた成行。ソファーに身を沈めるように腰掛けると、静かに目を瞑る。不思議な感覚だった。今、こうしている瞬間が過去の時間なのだ。本来、自分自身が生きている10年後の未来がにも思えた。


 ソファーの前には応接用テーブルが置かれている。そこへステンレス製と思しきマグカップとスティック・タイプのコーヒーを二人分用意する美乃。静かに目を瞑る成行をそっとしておき、彼女は黙ってコーヒーの用意をする。


 コーヒーの香りが成行の鼻孔を刺激した。コーヒーの匂いが何とも心地良い。思わずスッと息を吸い込むと、成行は目を開けた。


 美乃は電気ケトルから湯をマグカップへ注いでいた。彼女は成行が目を覚ましたことに気づく。

「中津川君、砂糖とミルクは無しでも大丈夫?隠れ家だから必要最低限ひつようさいていげんにしか物をおいてなくて」

「大丈夫だから。ありがとう」

 砂糖少しのミルク多め派の成行だが、ここでは文句を言うつもりなど全くない。匿ってもらった上に、コーヒーまでご馳走になっている。文句など言えるはずもない。


 二人分のコーヒーを用意し終えた美乃は成行の隣へ腰掛ける。

「じゃあ、召し上がれ」

「いただきます」

 成行はそっとコーヒーを口にする。何の変哲も無いコーヒーの味がした。正直、コーヒーへのこだわりがないため、味の善し悪しを判定できない。

 だが、この何の変哲も無い歓待がありがたいものだ。成行はそう思いつつ、ゆっくりと熱いコーヒーを味わう。


「ねえ、中津川君。もう少しキミの話を聞かせてくれない?」

 美乃が成行に問いかける。

「僕の話?」

「うん。キミが過去の世界へやってきた理由をもう少し詳しく聞きたいの。そうしないと、中津川君の任務を果たせないでしょう?」

 そう言って美乃は微笑む。


 それに対して、もう一口コーヒーを飲んで思案する成行。

 どうしたものか?どの程度、どんな内容を彼女に話をすれば良いのか?


 成行は彼女に答える。

「実は僕が探している子がいる場所は、ある程度ていど見当けんとうがついているんだ」

「えっ?そうなの?」

 驚いた表情をしながらマグカップをテーブルへ置く美乃。

「時間帯までは把握できていないけど、場所の見当はついている。だから、明日そこへ行きたいんだ」

「それはどこ?」

 美乃は真剣な眼差しで問いかけてくる。

「この府中市。だから、ここへ来れたことは良かったかもしれないけど」

「この府中か・・・」

 そう呟いて美乃は考え込む。

 無理もないだろう。彼女の反応を見た成行はそう思った。

 成行の時空移動タイムリープのせいで、この時代の御庭番は動き始めている。故に、こちらが動きづらいことは理解できる。しかし、その捜索網を掻い潜らねば、成行が本の魔法使いと出会った場所へと着くことはできない。


「中津川君はの姿を確認できればいいのよね?」

 美乃は一度置いたマグカップを手にして、そっとコーヒーを口にする。

「うん、それでいい。話しかけたり、何か歴史を変えようってお話じゃない。それについては改めて約束する。信じて欲しい」

 成行は真剣な表情で美乃に頼んだ。

「わかったわ。じゃあ明日、さっそく行動しましょう。それにあたり、明日はどう行動するか決めたいわ」

「僕はこの隠れ家にいれば良いかな?もし、動くなら午後の時間帯がいいんだ」

「午後?何時なんじころがいいの?」

 美乃に問われて、成行は過去の記憶を呼び覚まそうとする。しかし、深く思い出そうとすると条件魔法が発動しそうなので、素早く、何となく過去の記憶を思い返す。

 当時、成行が本の魔法使いの女の子と遊んだのは放課後。ならば15時以降の時間帯だろう。尚且つ、空が夕日で赤く染まる頃ならば、15時から17時までの時間に絞れる。


「15時から17時の間でお願いしたい」

 成行は自分の記憶を元に算出した時間を伝える。

「場所は?」

「場所は確か―」

 成行は美乃へ具体的な地名を伝える。それは未来の世界で成行と見事が訪れた公園である。

 時間と場所を聞いた美乃はもう一口コーヒーを飲むと、成行に話しかける。

「なら、明日その時間帯で、その公園へ向かいましょう。勿論、私と二人でね」

 ニコッと微笑む美乃。

「うん、お願いします。小木さんだけが頼りなんで」と、頭を下げた成行。


「ただし―」

 美乃は成行へ条件を付ける。

「昼間は学校へ行くこと」

「えっ!?学校って、まさか高校に!?」

 美乃の提案に困惑する成行。よもや、そんなことを言われるとは思っていなかった彼は答えに窮してしまった。

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