第5話 10年前の調布駅

 10年前の世界の御庭番・小木おぎ美乃みのの案内で、成行は府中市に向かっていた。

 そこには御庭番の隠れ家があり、そこで匿ってくれるという。ルートは学校から調布駅まで路線バスで向かい、調布駅から京王線で府中を目指す。


 路線バスに揺られて成行と美乃は調布駅を目指していた。二人は偶然ぐうぜんいたせきに並んですわることができた。

 美乃が窓側、成行が通路側。この時間帯、バス車内は下校する母校の生徒の比率が大きい。そうなると成行と美乃も自然とその光景に溶け込んで目立たない。


 過去の世界へ来て、自分がいた時代と同じ路線バスに乗るのは不思議なものだった。緊張する反面、ワクワクもした。

 10年前の路線バスから観る調布の街は、劇的な違いがないように思えた。いや、実際には錯覚や勘違いの可能性が高い。細かいことを言えばきりが無いが、全く同じではないはず。ビル、マンション、住宅や商店。その一つ一つに何かしらの変化はあるはずだ。

 実際、間違い探しのようになくみれば、変化をいくつか発見できる。例えば、未来ではコインパーキングの場所に空き家のような古い家屋かおくがあったり、未来では閉店している書店が営業していたりする。

 中には、成行が通学時に見かけるコンビニが未来と全く同じ場所で営業していた。そんな光景を目にすると、妙な安心感があった。


 成行が物珍しそうに路線バスからの風景を見ていると、美乃が小さな声で尋ねてくる。

「どうしたの?何か気になる?」

「いや、街の景色を眺めていたんだ。その、僕の時代との違いが気になって・・・」

 成行の言葉から意図を察したのか、美乃は問いかけてくる。

「中津川君も調布で暮らしていたの?」

「えっと、そうなんだ。だから、違いが気になってさ」

 苦笑しつつ、急に調布市民ちょうふしみんになった成行。危うく正直に稲城市民いなぎしみんであることを言いそうになった。

 仮にも今の自分は御庭番という設定。ならば迂闊に個人情報を話すべきではない。美乃は過去の世界の御庭番。彼女がその気になれば、タイムパラドックスを起こすことも可能だ。考えたくはないが、自分への詮索せんさくを成行は懸念した。


 それにしても一言一言ひとことひとこ、注意しながら会話するのが思いのほか大変だった。バスの中では、美乃と迂闊うかつに魔法の話題を共有できない。この車内に他の魔法使いがいたらと思うと、魔力を少しでも発動するのが危険に思えた。


 すると、不意に美乃が話を振ってくる。

「未来の世界でも、空の蒼さだけは変わらないよね?」

 そう言ってニコッと微笑む美乃。彼女もまたバスの光景へ目を向ける。

「えっ?そうだね・・・」

 思わず美乃から視線を反らした成行。彼女の笑顔がまぶしかったのは事実だが、理由はそれだけではない。


 すると、成行の反応を目にした美乃はクスクスと笑う。

「どうしたの?私の笑顔に目眩めまいがした?」

 文学少女のみせる笑顔はあわんでいた。目眩めまいがするという言い回しもあながち誇張ではない気がする。

「いや、今のはだと思うよ」

 成行がニコッと微笑むと、美乃はあからさまに頬を膨らませる。

「そこは素直に『キミが素敵だから』って言えばいいところなの。文学的にも」

 そっぽを向く美乃。どうやら彼女の機嫌を損ねたらしい。美乃のムスッとした表情がバスの窓に映る。

 成行は咄嗟とっさに弁明する。

「ごめん!僕はツンデレだから素直になれないんだよ」

 成行の言い訳を耳にした美乃の肩が震える。彼女を完全に怒らせてしまったかと焦る成行。

 だが、それは杞憂だった。美乃は笑うのを堪えていたのだ。

『フフフッ』と手で顔を覆った美乃。そんな状況がしばらく続くと、彼女はゆっくりと手を顔から離す。

「そんな言い訳、聞いたことがないわ・・・」

 今も堪えながらしずかに笑い続ける美乃。

 そんな彼女をみて、成行も少し可笑おかしい気分になった。まさか、あんな言い訳がこんなにもウケるとは―。


「いいわ。目的地に着いたら、沢山お話を聞かせて。そうしたら許してあげる」

 美乃は屈託のない笑顔で言った。

「わかった。約束するよ」

 あんな楽しそうな笑顔でそんな風に言われてしまったら、もうそうするしかない。そんな気分になった成行も笑顔で答えた。


 クスクス笑う美乃の傍らで、成行はそっと前方へ視線を向けた。そして、先程感じたことに対して、改めて考えを巡らせていた。

 美乃の笑顔を見た瞬間、成行はデジャブを感じた。過去の世界の御庭番・女子高生にデジャブを感じるのも妙な話だ。いや、だからこそデジャブといえるのか?それとも、これは時空移動タイムリープの副作用なのか?

 可能ならば、これもさりげなく美乃へ聞いてみようかと考える成行だった。



 ※※※※※



 無事に京王線・調布駅へと着いた路線バス。安全にゆっくりと停車して、運転手が終点へ着いた旨をアナウンスする。それと同時に、バス内の客たちは足早に精算を済ませて駅へと向かう。


「はい、これ」と、小銭を手渡される成行。こんな風に小銭を受け取るのは何時いつ以来だろうか。ありがたいことに、バス代は美乃の奢りだった。

「ありがとう、小木さん」

 恥ずかしそうに礼を言う成行。彼のプライドに配慮してか、美乃はバスを降りるタイミングを最後になるようにしていた。

 所持金が無いわけではない成行。だが、バスへ乗る前に美乃から指摘された。過去の世界で未来の紙幣や貨幣を使うことによりタイムパラドックスが発生する可能性を。

 確かにその可能性は無きにしもあらず。紙幣には発行された年号は記載されていないし、貨幣が都合良く10年前ねんまえ以前いぜんのものだけということもない。

 思わず成行が財布を確認しようとすると、美乃は気前良く提案してくれた。『お金を貸すわ』と。

 みっともない気分になった成行だが、『あとで御庭番の予算からキッチリ精算するから大丈夫』と美乃は意に介さない様子だった。


 精算を済ませて10年前の調布駅へと降り立つ成行。彼は思わず、『あっ』と声を上げた。

 この時代10年前の調布駅は、未来とは景色が違う。京王線・調布駅が地下されているのは未来と変わらない。

 しかし、駅周辺のビルやショッピングセンターなどの景色は明らかに違った。まだ建設されていないか、または建設中。それにバス停の位置も未来とは異なる場所だ。


 足を止めてキョロキョロしている成行の肩を美乃が叩く。

「やっぱりこの時代は未来と景色が違う?」

 成行を覗き込むように美乃は尋ねる。

「違う。僕のいた時代とは明らかに・・・」

 成行は目の前に広がる10年前の調布駅をじっくり眺める。改めて時空移動したことを体感し、言葉にならない感情に包まれる。知っているようで知らない世界が目の前に広がる。先程、学校内では感じ得なかった感覚。過去の世界に来たというより、自分の知らない平行世界に来たかのような錯覚。その瞬間、成行は意識が遠のくの感じた。


「中津川君!」

 美乃の声にハッとした成行。叩き起こされたかのように、ぼやけた意識が鮮明になる。

「あっ・・・!」と、言ったきり美乃と目が合った成行。彼女の眼鏡をかけた顔が目の前にあった。

 美乃は深刻そうな表情で成行をみている。


「今、何かあった・・・?」

 思わず目を擦る成行。まだ少しだけボーッとした感覚が頭に残る。

「どうやら、本当にしているかもしれないわね・・・?」

 首を傾げて思案する美乃。

「どういうこと?」

 成行がそう尋ねると、ジトッとした目で美乃は見解を述べる。

時空移動タイムリープによる副作用なのかしら?私は時空移動できないからわからないけど。でも、可能性はある」

「副作用・・・」

 そう言われてもイマイチ実感が湧かない成行。

 もしかしたらそのものが副作用かもしれない。それは自身にかけられている『条件魔法』のようでもある。眠くなるような、気の遠くなるような感覚。

 だが、条件魔法のことは内緒にしておこう。自身の条件魔法の話は、過去を探る上でのヒントかもしれない。しかし、過去の世界の御庭番には言うべきではない。そう直感したので、そっと心の奥へとしまう成行。


 10年前の調布駅前の空を眺めた成行。蒼かった空にも夕刻が迫り来る。が、これもまた未来と変わらない。自分が暮らす時代と同じだ。そう思うと安心感があり、思わず笑みがこぼれる。


「中津川君、歩ける?」

 成行に尋ねる美乃。

「うん。大丈夫」と、頷く成行。

「ならOKね。面倒だと思うけど、切符を買いに行きましょう」

 美乃が微笑むと、成行も自然と微笑んだ。

 二人はひとの流れの一部となり京王線の改札へと向かう。時刻は16時を過ぎて、10年前の調布駅も混雑をし始める。帰宅する制服姿の学生。まだ帰宅には早いであろう会社員たち。改札へ向かい、改札から出てくる。これの繰り返しが続く。これも未来と変わらない光景だ。


「んっ・・・?」

 成行は人混みにをみた。改札方面から歩いて来る長身でスマートな男性。サングラスを掛けても端麗な容姿は隠しきれない。ビシッと決まったスーツ姿は凜々しさがあり、一本縛りにした銀色のロングヘアがまた美しい。

「おおっ、格好いい・・・」と、思わず呟いた成行。それに合わせて歩く速度も緩くなる。

 どうやら、その男は成行以外からも注目を集めているようで、特に女性陣からは熱い眼差しを受けていた。中には足を止めて振り返る人もいる。


「急ぎましょう」

 美乃から不意に手を引かれる成行。

「ああっ、うん・・・」

 美乃は真っ直ぐ前を見たまま成行の手を引いてきた。それはまるで彼をかすようで、手を引く強さに少し困惑したほど。

 そして、美乃は全くと言っていいほど、かの麗しい男性の存在を無視していた。それは敢えて、あの男性を見ないようにしているようにも思えた。


 急かされた理由はわからなかったが、先程の男性をもう一度探そうと成行は振り返る。しかし、その姿を人混みに見つけ出すことは叶わなかった。









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