出来損ない勇者とアンドロイドは二人三脚でいきていく

塩ノ下ユカリ

第1話 出来そこないと呼ばれても

ギラギラと照りつける太陽の下、一人の少年はとある洋館の前に立っていた。日の光によって薄っすら透けた髪の色は蒼黒で、瑠璃色の瞳は不安そうに揺れた。それに反して気の強そうな眉毛を寄せて、異様な姿の洋館を見上げた。

熱い晴天の日の光を浴びてもなお、その洋館は白く霜を降りさせながらも、約数百年の間凍りついたままだと言う。

少年は、まだ成長しきっていない喉仏を一度上下させてから唇を開いた。


「ここが、噂の化け物屋敷……」


晴れているにもかかわらず、冷え切った空気に身震いする。この洋館に着くまでにかいた汗は引き、暑さとはまた違う理由での汗を流しながら、少年は覚悟を決めた様に氷の張ったドアノブに力を込めて扉を押し開いた。


この事の次第は、数時間さかのぼる。


********




「今日をもって、上半期の授業を終了とする。長期休みに入るが、皆、羽目を外しすぎないように」

教師の言葉を聞いた生徒たちは浮足立って隣に座った相手と休暇の予定を話し出す。

それを横目に、窓際に座る少年は一人誰とも会話をせずにぼんやりと外を眺めていた。生徒たちの座る席の机は横長になっており、二人で座る事を想定されているような形状をしていた。しかし、教室内で一人だけ少年の隣は空席だった。少年は流れる雲を目で追いながらかみ殺しきれなかった欠伸をひとつこぼす。

その眠気を遮るように、教師は良く通る声で言った。

「それと、ヘルト・ゼルプスティは時間が空き次第次第職員室へ来るように」

「え、は、はい」

魔法薬学科の教師、ケルツァ先生に呼ばれ、欠伸をこぼした少年、ヘルトは返事を返した。

その返事に頷きを返したケルツァは生徒たちにひらりと手を振り教室から出て行った。それを見送り、生徒たちは帰宅の準備ををする。ヘルトも教科書を詰めた鞄を背負い、教室をでて職員室に向かう。

教室のドアを閉めた途端、生徒たちの楽しげな声は潜められ、陰口なんて大きさではない陰口がドア越しにポロポロ聞こえてくる。


「ねぇねぇ…またあの意気地なしがお呼び出しみたいよ」

「あら、ほんと…はぁ…何で私たちの国の勇者が彼なのかしら。まだグウィスの陰気な勇者の方がマシよ」


「ほんと勇者ってのはいいよな。唯一神様に選ばれりゃ労せず生きていけるんだから」

「おいおい、労してないのはうちの勇者さまだけだぜぇ。アインツヴァルトの勇者様はいつも大忙しらしいしな」

「それもそうか」


嗤い、嘲い。勇者、という単語が指し示す少年は静かに目を伏せて職員室へと足を進めた。

階段を下り、職員室とプレートが下げられたドアの前で足を止め、三度ノックをする。

「失礼します、ケルツァ先生はいらっしゃいますか」

少し声を張って言うと、奥の席からケルツァが顔をだし、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。

「ああ、来たかゼルプスティ。この時期に呼ぶことの意味はもう分かっているよな?毎年と言っていい位の事だ」

「…はい、半年後の各国学園競技祭の…」


半年後に控えた行事の名を挙げる。

ハイルラント学園には特別な行事があり、それが各国学園競技祭なのである。

各国学園競技祭はその英知と武勇を競い、お互いを高めあうための行事だ。参加するのはハイルラントと名のつく学園及び勇者の所属する学園、または参加を事前に申し込んだ勇気ある校のみである。


しかし、ヘルトが勇者として入学してからヘルトの所属するハイルラント学園エストレア国校は最下位続きであったため、それについての話であろうと踏んだ。


しかし、ヘルトの予想に反し、ケルツァは難しそうな顔で首を横に振った。


「いや、それでは無く…ああ、いや、それもあるんだが…もう一つの事だ。客生の話だよ、客生の。お前はまだ与えられた枠を使っていないだろう?」

「あー…ええと、まだ良いなと思う相手がいないので…」


ハイルラント学園には、生徒一人に付き一枠のみ自分で選んだ相手を学園に加入させる事が出来ると言う特殊な制度が存在した。それは相手を問わず、本人が望めばペットでも使い魔でも付き人でも護衛役でも、自分が制御出来る“モノ”なら何でも許可されるのだ。

多くの者は、将来自分の側近や伴侶、片腕となる者に知識をつけさせるために入学させたり、庶民は選ばれなかった貴族の次男や三男に手引きをして金を受け取ったりしていた。そのため、殆ど一年の内にその枠は埋まってしまうのだが、ヘルトはまだ誰も選んでいなかった。13歳で入学し、今年で16歳のヘルトは約3年間と言う学園で過ごす6年間のうちの半分を、相方となるべき相手がいないまま過ごしていた。


「だがなぁ…もう毎年の事で耳が痛いだろうが、言うぞ。ゼルプスティ、お前は他の勇者に比べるとどうしても見劣りしてしまう。特に、アインツヴァルト国の第二王子が勇者として抜擢された事で話題性としても注目度としてもあちらの方がはるかに上だ。それ故に客生の力で底上げする必要がある」


それを聞いたヘルトは後ろめたそうに目を伏せた。

彼自身、分かってはいるのだ。


千年以上前に、この国を中心として起きた事件のせいでヘルトの所属するエストレア国は世界的に立場が悪い。

何故なら、この事件を発端に世界の四分の一が魔族の手に落ちることになったからである。

加えて、この事件は森の賢者ともよばれる程優れた知恵を持つエルフとの間に明確な確執を生んだともされている。

何があったのかは秘匿とされてはいるが、長い年月がたった今でも残るエストレアとエルフとの間に横たわる深い溝、奪われたままの世界の四分の一を考えると我が国の罪深さは明らかだ。


では何故戦犯ともいえるであろうこの国が取り潰されないのか。

むしろエルフとの友好の証としてエストレアの王族の首を並べて差し出した方が賢明だと言えるだろう。


そんな国が数百年という長い間生きながらえた理由は、勇者という存在にある。

勇者とは、世界に5人のみ魔王誕生の直前に唯一神によって選定される。勇者は一つの国から一人のみ選ばれるが、その選ばれる国はランダムであり一切の統一性が無く選出される。この、エストレアを除いては。


エストレア国は世界の中で唯一、必ず勇者を生み出す国とされているのだ。

代々の勇者は知も武勇も、人格すらも優れており、真の勇者の名にふさわしい働きをしてきた。


その甲斐あってか、一度は世界に功績を称えられ、他国が苦労してこぎつけたエルフとの会合に出席することを許された事もある。


しかし、それはヘルトが勇者として選定されるまでだ。今のエストレア国の勇者は意気地がないお荷物であると認識されてしまい、現在では世界との関係も冷え切ってしまっている。


エストレア国は一度世界を危機に追いやったが、それを償う形で優秀な勇者を生み出す国としてが世界に貢献し、ようやく見直されていた。

けれど、そんな折にヘルトが勇者としてふさわしくないと認識されてしまった。


これに焦ったのは国だろう。やっと他国と対等に意見を交わせるようになったというのに、このままでは立場が戻ってしまう、と。


だからこそ、勇者の至らなさを埋める形で、どうにかして優秀な客生を引き入れようと躍起になってせっついているのだ。今までは少し口頭で言うだけだったケルツァが、わざわざ各国競祭前にしっかりと念押ししてきたところを見るに、そろそろ庇うのも難しいと考えたのだろう。


「俺も毎年責めるようにお前に言うのも心苦しいんだが、今度こそ、本当に最後だ。きっと来年になっちまうとお前の客生の枠は自由にできなくなる。国が選んだ相手をあてがわれて、お前の居場所は今よりも悪い物になるだろう。何も、クリムトの化け物どもを連れて来いってほど無茶を言ってる訳じゃないんだ。ある程度能力のある者なら動物でも何でも良いから、お前の味方になれる奴を連れて来い。休み明けには絶対にだ。分かったな?」


それだけ言うと、話は済んだとばかりに口を閉ざす。

ヘルトは一度頭を下げて、職員室を出た。


「味方…か」


ここ数年で友人なんて相手はいないし、庶民のヘルトには金を払って雇える者もいない。


「クリムトの化け物…」


ヘルトはもう、賭けに出るしかなかった。今の自分に手を貸してくれるものはいない。


ならば、イチかバチかヴァルムークの森の奥に居を構える、クリムト館の化け物を従える事は出来ないだろうか?噂だと、化け物達は数百年の間凍りついたままだと言う。それならば、容易に契約を結んでしまえるのではないか?既に授業で契約魔法は習っているし、無理だとしても必死に逃げれば大丈夫じゃないか。


化け物が動き出したとしても、制御が難しいが氷魔法だって使えるのだし、いざとなったら足止め程度にはなるだろう。

その時のヘルトには根拠のない自信があった。


この彼の行動が、彼だけではなく、世界の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も気が付いてなどいなかった。



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