【蕣より思う】

文屋治

遣る瀬無き人生に就いて

 遣る瀬無き人生と云うものを、私は嫌と云う程知っております。

 某月某日の宵。

 長い日々をかけて貯めた資金を以て、自費で書籍を某印刷所に発注し、世に出す機会があり(お買い上げ頂いたのは合計して二十三冊程度でありました)、其の書籍に掲載する小説の一案として此れ迄に歩んできた人生を振り返ってみたのでありますが、其れは頭を抱えるほどに大変酷く、醜い記憶ものばかりでありました。

 幼子の頃に体験した人間の怒りに満ちた野蛮なる恐ろしさが心的外傷となり、其れがやがて禍々しき呪いの楔となり、今の人格の形成へと至ったのでありますが、此れがどうも奇っ怪でありまして、云うなれば私は鋭利な棘の如き争いと云うものを極端に恐れる性を内に秘めた案山子かかしにございます。

 厭なものを厭と云えず(此れは安紙の如き私の気の弱さ、若しくは、糖の塊のような甘ったるい平和主義思想が原因でありました。)、何処にもぶつけられぬ思い(厳密には、怒り)から自傷行為などと云う愚かな行為(此れは、或る種の快楽と云うものに近いもののような気がする。)に酔い痴れて、訳もわからずぼろぼろと生温なまぬるい涙を流し、所謂混沌の闇と云うものに呑まれたこともありました。

 先のことを考えず進路を選び、阿呆のように何も考える事無く(と、申しましても、実際のところ考えはしたのです。ですが、私のような不出来な愚か者には未だ訪れていない未来を見通すことなど到底適わなかったのです。)今と云う一瞬、其の時其の時を突き進み、其の結果、生き地獄のような退路のない日々。

 いや、訂正。生き地獄である。

 黒色の歴史を幾つも経て、今をこうして歩んでいる。

 戯れの席と云った、云わばくだらぬ場で、「死ぬ。」や「死ね。」などと云う言葉を使う者を見て、私は無性に腹を立たせる。

 死と云う言葉を容易く吐き捨てるな。

 吐いて良いのは生き地獄を歩む者、そして、死の宣告を受けた者のみである。

 とまぁ、此のようなことを私が口にすると、決まって誰かが「そうではない。」、「口を開くな。」、「いちいち煩い。」、「其の極端な言葉、訂正しろ。」との罵声大声の嵐が吹き荒れる。

 未来を見通せぬ私であっても、そうなることは目に見えるのであります。そうして、私はまた一つ、遣る瀬無き思いと共に怒りを内に押し込める。

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