第1話⑨ はじまり

「こっちだ」


 俺は、林の中で十数名の小学生ぐらいの子供たちを誘導した。


 あちこちで爆発音が聞こえてくる。身体と地面が揺れた。


 皆の足が止まる。俺も足が竦んでいる。


 百メートル後方で火の手が上がっていた。


 一週間前にアイと劇場で観た戦争映画を思い出した。戦火を潜り抜けるってこんな大変な思いをするのか。スクリーンで観ていたほうがどれほど楽か。


「ああ、もう」

 俺は、立ち止まって泣きべそをかく男の子を背負った。


 低学年の女の子がなにかを堪えるような顔で手を握ってくる。反対側には、涙と鼻水だらけの男の子がTシャツを握ってくる。


「はい、みんな、走って!」

 用意ドンで駆けっこするように走り出した。


 どうしてこうなってしまったのか。

 昨夜を振り返った。


 

 バイトの後だった。

 コンビニに寄って、ジュースのペットボトルを片手に帰路の途中だった。


「ようやく帰ってきた、ホントに弱(とろ)いぞ」


 アルマ・アイが家の前で待ち構えていた。Tシャツにショートパンツという、いつもの出で立ちをしている。


「デートは明日だよね。バイトで疲れているんだ。休ませてくれ」門に手を掛ける。


「そうはいかない。これから出発するぞ」アイが腕を掴んでくる。


「どこに?」


「当然、異世界だ」とアイは不敵な笑みを溢す。


 異世界間のループを繰り返しすぎて、世界のあちこちに歪みができてしまったらしい。

 二日前に、この世界に歪みが発生していることを突き止め、修正したと自慢そうに言う。


「君と出会った場所が歪んでしまい、異世界に通ずる穴が開いてしまった。塞ぐ途中に侵略者が入ってきて、壮絶な闘いになった」


 そういえば、昨日あのビルが突然崩落したとニュースで言っていた。


「アイの仕業か……断る」


「まだなにも言っていないが」


「言わなくてもわかる」穴を塞ぐのを手伝え、と言いたいのだろう。


「そうか、だったら説明不要だな。手っ取り早くていいや。今から行くぞ」


 腕を引っ張られて、門から離された。


「連帯責任だ」と言って呪文を唱えはじめた。


「嫌だ!」と叫んだが、俺はめまいを覚え、跪いた。



 二百メートル先にアイたちがいる。


「これで、全員です。学校には誰も残っていません」

 先生と思われる女性に引き継いだ。


「ありがとうございます。助かりました」と一礼して子供たちと一緒に後方に走っていった。


 ああ、よかった、とTシャツで顔の汗を拭いて、一息ついていると「ポンコツ君、ぼけっとしてないで手伝え!」とアイがロケット砲を押し付けてきた。「構えて、ロボットを照準器の中心に合わせて、引き金を引くだけだ。あとは勝手に撃ち落としてくれる」


 弱(とろ)いからポンコツに格下げか。


「高校生がロケット砲を撃つのかよ、いいのか?」


「君は、この世界の住民ではないから、ここの法律が適用されない。だから構わない、という理屈だ」


 溜め息も出ない。


 アイは、両手を空に掲げて呪文を唱えはじめた。

 その先の上空には、大きなどす黒い穴がある。

 穴からは、正方形を組み合わせた、不格好なロボットが次から次へと降下してくる。穴の向こうは、好戦的な民族の世界らしい。


 両隣にいる兵士たちがロケット砲を撃ちまくって迎撃している。

 後方からは迎撃システムによって、ロケットが、耳が痛くなるごう音を上げて、弧を描いて飛んでいく。


 アイの力によって、穴は避難途中に見たときよりも小さくなっているが、完全に閉じるまで数時間はかかりそうだ。


 このような歪みによって生じた穴が数万とある。


 一生を掛けて穴を塞いでいかねばならないそうだ。


 年寄りになってもこんなことさせられるのはごめんだ。ループさせて若いうちに片を付けたい。アイのそのつもりだろう。


 俺は、ロケット砲を構えた。


 まあ、こういう人生もありなのかもしれない。


 ロボットに照準を合わせて、引き金を引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る