第51話 邂逅

 扉を開けた先に広がるのは、青と白の世界だ。抜けるような澄んだ青空の下に、雲がぷかぷかと浮かんでいて――その上の白いテーブルの前によく知る幼馴染が座っていた。隣にはレイモンド様だ。


「あ、やっぱり! セイカー!!!」


 勢いよくアリスが立ち上がって、軽やかなステップで私へと迫り飛びついてきた。


「……っ、もうアリスったら。こんな場所でも変わらないわね」

「セイカこそ! 会いたかったぁ! さすが魔女さん、粋な計らいをするよね。魔女さーん、ありがとー!」

「……魔女のこと好きよね。私は気に食わなかったけど」

「ええ!? なんで!?」

「全て知られているなんて気持ち悪いじゃない」

「それはもう仕方ないというか……それを利用してたくさん頼み事もしちゃったし。セイカにも手紙を渡せたし……って、渡せたよね?」

「そうね、日記までね。よく渡せたわよね、あの内容を」

「うぐぁ!!!」


 アリスが一瞬で酷い顔になったわ。そういえば、もう死んでるからいいかと割り切ったのだっけ。アリスにとってはついさっきのことなのよね、きっと。


「ま、まさか日記を読んだセイカに会えるとは思わないし……死ぬ間際だったから、つい……。あ、出版はしてないよね! あと、魔王さんの浄化はできたの?」


 なんで出版なのよ。それに、どうして魔王の浄化が出版の話のついで扱いなのよ。


「していないわよ。逆に私の日記を出版してやったわ。死んだら出版してと頼んでおいたから、そのうちベストセラーよ。魔王浄化についても軽く書いたわ」

「ええ!? 日記を出版って……あれ、セイカってそんなキャラだっけ……?」

「当然、出版用の日記よ。死後に世論を操作してやろうと思って。ただの女の子に突然世界を救わせる罪を思い知るといいわ」

「あ、ああー……」

「お陰で楽しい人生だったけど」


 互いに苦笑し合う。勢いよく続いていた会話が落ち着き、アリスがヴィンスを見た。ものすごくニヤけている。


「ご挨拶が遅れましたわ。セイカの親友のアリス・オルザベルですわ。親友がお世話になりました。お会いできて光栄です、第二王子様」


 いきなり丁寧になったわね。まさに豹変ね。


「……もう王子でもなんでもない。ヴィンセント・ロマニカだ。楽に話せ」

「ロ……ロマニカ……ダ、ダニエル様の……」


 アリスがいきなりポロポロと泣いてしまったわ。あれ、話している間にこちらに来ていたレイモンド様も涙ぐんでいる? そういえば、レイモンド様とダニエル様はものすごく仲がよかったと日記に書いてあったわね。


「……卓球を発案したとされている国王陛下ね。実際はアリスが卓球を皆としたかっただけのようだけど。そうよ、血を引いているわ」

「そっか、よかった……」

「いきなりヴィンスの親戚のおばちゃんみたいな顔になっているわよ」

「ひ、ひど……」

「あ、アリスったら親戚のおばちゃんみたいな予言まで残していたわよね」

「へ?」

「確か『次の聖女は十五歳で召喚される。この世界の人々を大切に思える気持ちのゆとりがなくては強い光魔法は生み出せない。聖女が召喚されたあと、その生活に彩りがあるか可能な限り気にかけること』よね。この場所、記憶がすぐに取り出せるわね」

「えー! あれ、セイカまで伝わってたの!?」

「伝えてってあなたが頼んだのでしょう……」

「ダメ元に決まってるし! すごーい!」


 ま、七百年後まで伝わるとは思わないわよね。


「え、それならもしかして、伝えたのって私たちの――」

「そうよ。あの時には言えなかったけど、アリスの子孫と仲よくなったわ。結構あなたに似ていたわね。その子に教えてもらったのよ」


 アリスとレイモンド様が仲よさそうに微笑み合う。


「そっか。もしかしたら……私はそのために来たのかな。セイカが魔王を浄化するために私が必要だったから召喚されたんだよね。仲よしの子を生み出すためだったのかな」


 気の長い話ね。それもあったのかもしれないけど……。


「アリスがこの世界に来ていなかったら、確かに浄化できていないわね。クリスマスにサンタ文化を与えて人の負の感情を減らし続けてくれたわ。親戚のおばちゃんのような予言を子孫へ伝えて、その子が私の友達にもなった。私を支える手紙と日記も寄越してくれたし、あなたの存在をネタにクラスメイトとも仲よくなったわ。彼らに浄化のためのサポートもしてもらったのよ。きっと全部、繋がっているのね」

「そっ……か……」

「ずっと支えられていたの。ありがとう、アリス」

「私こそ命をもらった。少しでも力になれていたのなら嬉しい。ありがと、セイカ」


 もう一度抱き合う。涙はそのままに。恥ずかしさなんて気にしない。だってこれが……最後だから。


 少しの沈黙のあとに、やや気まずそうにヴィンスに向けてレイモンド様が口を開いた。


「ええっと……俺はレイモンド・オルザベル。一応名乗っておくよ」

「ああ、レイモンド卿には世話になった。アリス嬢が魔法を使えるよう促した手順を参考にさせてもらった」

「あー……、なるほど。参考になったのならよかったよ」


 そういえば、濡れた体に酷い乾かし方をしたのもコイツの真似だったわね。アリスの日記に影響されすぎよ。

 

「あ、あれ? すごい目をされてるけど!? 俺、なんかした!?」

「あれかな、昼食召喚!」

「……違うわよ。その話はもういいわ」

「待って、今ので思い出した! レイモンドの日記もセイカに渡したんだよね、どうだった?」


 あー……そういえば、私が望んだらレイモンド様のも渡してと頼まれているわと魔女に言われて、一応受け取ったのよね。


「つまらなかったから、ほとんど読んでないわ」


 その日の出来事の箇条書きが多かったのよね。アリスの変な言葉が書かれていることもよくあったけど。


「酷いなー」


 そう言いながらも予想していたのかレイモンド様はニコニコしている。アリスもやっぱりそうかという顔だ。


「でも……最後に私に向けてメッセージを遺してくれたのは嬉しかったわ」

「え、なになに?」

「アリスはずっと私の幸せを望んでいたって。君の未来に幸あらんことをって最後のページに書いてあったわ」

「そうなんだ……やっぱり格好つけだね、レイモンド!」

「格好つけじゃなくて、格好いいんだよ」

「そうかなー」

「そうだよ!」


 楽しそうね。アリスはこんなタイプの男の子が運命の相手だったのね。


「あ……そういえばアリスたちはここで私たちを七百年も持っていたの?」

「ぜーんぜん! 生まれ変わる前にセイカが世界を救うまで見守れるとしたらそうしようと二人で決めて光の中に入ったの。そうしたら四脚の椅子とテーブルがあって、どーゆーことかなーと思いながらチェリチェリベリージュースを飲んでいたらセイカたちが来てくれたってわけ。やっぱりレイモンドと私って格好つかないよね。結局、救うところも見られなかったし。あ、セイカの娘ちゃんにも生まれ変わってみたいなーって話してたんだけど、どうだった?」


 相変わらずポンポンと話題が飛ぶわね。昔からそうだったわよね。

 

「娘と息子が一人ずついたわ。でも、アリスの生まれ変わりではないわよ。あの子は芸術肌だったわ。それに、あなたがここにいるのだから生まれ変われないでしょう」

「時間の概念はなさそうだし、今からでもなれるよ、きっと。でも芸術肌かぁ、さすがセイカの子。私じゃなさそう」

「そうね。どちらかと言えば、あなたの子孫のクリスね」

「子孫! そういえば、さっき言ってたね! 名前も私に似てるし!」


 話が長くなりそうだわ……。


「そろそろ椅子もあるのだし座りましょう。エルマーノワールをここに」


 テーブルまで歩きそう頼んでみると、案の定、あの赤ワインが二人分出てきた。やっぱり魔女の仕業ね。


「え。セイカ、お酒飲んじゃうの!?」

「どうせこんなところじゃ酔わないわよ。いただくわ」


 全員が席についた。やっぱり美味しいわね。芳醇な香りがたまらないわ。レイモンド様の飲み物は色的にチェリチェリベリージュースではないわね。紅茶かしら。


「えっとさ、俺たちの子孫は誰と結婚したのか聞いてもいいかな」


 レイモンド様も生まれ変わりを信じているのかしら。


「クリスが結婚したのはヴィンスの兄よ。金髪碧眼の腹黒い爽やかなイケメン王子。国王陛下になったわ」

「おー、私の生まれ変わりはダニエル様の子孫と結婚したのかぁ。それならセイカと姉妹じゃん! やった!」


 生まれ変わりかどうかは知らないけどね。


「なんだか面白くないな……」


 レイモンド様にとっては親友にとられた気分なのかしらね。

 

「兄がレイモンド卿の生まれ変わりかもしれんな。兄はクリス嬢が幼児の頃から目をつけていた」


 ヴィンス……言い方……。


「うわ。レイモンド、相変わらず酷いね」

「俺本人じゃないからね!?」


 お似合いね。気が合う夫婦だったんでしょうね。


「じゃ、次はセイカの話をしようよ! ね、教えて? あの時にも恋人だったんだよね?」


 ああ……時を遡ったあの時は誤魔化したのよね。

 

「ふふっ、もちろんよ。婚約指輪を隠すために、フリルだらけの手袋をしていたでしょう?」

「え……!? あの時にはもう婚約していたの!? それは言ってほしかったな」


 話が尽きない。

 でも、なんの問題はない。ここに時間なんて概念はないから、いつまでだって話していられる。天国のような場所だ。つまり、私たちはもう生きていないということ。


 くすくすと私らしくわざとらしく笑ってみせる。


「今なら、なんだって教えてあげるわよ。こんなにいい男は他にいないもの。冥土の土産に、嫌ってほどに惚気けてあげる。覚悟するといいわ」

  

 ――思い出を語ろう。たくさんたくさん。

 

 もう戻れない輝きを胸に、新しい世界へ羽ばたけるように。


 

  

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