第39話 聖女・月城聖歌
そうして――、私はもう一度世界を周った。自分の国を含めれば五十四ヵ国。前の世界よりはるかに少ない。
各市庁舎や教会に設置してもらう改良された魔道具一つ一つに祈りを込める作業をしてから、各地の病院や教会を訪れた。
教会には、お悩み相談室のようなものが設けられている。アリスの時代には懺悔室という名称だったようだ。お互いの顔が、繋がった机の上のカーテンにより見えない状態で真向かいになっている小さな部屋に互いが座り、聖職者が相談にのる。聖職者側に座らせてもらうのを、特別に許された。
どんどんと――、魔物の被害の影響が大きくなっていくのを肌で感じた。
足を失った子供もいた。義足もあるし魔法で移動はできる。でも、あの子はもう自分の足で走ることができない。まだ――遊びたい盛りの子供なのに。
親を失った子供もいた。甘えたい年頃なのに、無条件で愛してくれる相手を失う絶望は計り知れない。私自身は無条件で親に愛された記憶はないけど……いなくなったら広い大海原にポツンと拠り所もなく残された気分にはなったと思う。
子供を失った親も、恋人を失った男性も女性もいる。人々の絶望は私に突き刺さる。どこを訪れても、私は泣いてしまった。本当に泣きたいのは目の前の相手だというのに。
そうして、いつしか私の祈りは全世界に届くようになり――、霧の中の島に行くことを決意した。
「やるわよ、ヴィンス」
「ああ。見ていよう」
国王陛下も王妃様も、アドルフ様もクリスも、他の騎士さんやシェリーやチェリーも見守ってくれている。
場所は迷ったけれど、前の聖女と同じで墓地にある広場にした。全てが終わったあと、その場所を訪れたい人もいるだろうから。ここは広いし、墓地を通らなくても別の出入口からここへ来ることができる。
柱に囲まれた石造りの祭壇のような祈りの場で、十字架の台座に乗ると騎士さんたちが息を合わせて魔法で浮かせてくれる。
高く高く――そう、私は前の聖女のように魔王浄化の前に全世界へ声を届けることに決めた。どんなに高く浮いても恐怖は感じない。夜の闇が私を包み、地面までの高さは無視できる。前の聖女が夜にこれを行ったのも同じ理由かもしれない。暗闇は余計なものを見せず、恐怖を隠してくれる。
青い世界。月明かりの中で懸命に星たちが自分たちの光を放っている。もう十一月。少しだけ肌寒い。
――さぁ、光を放ちましょう。
月明かりも星たちの輝きも、私の光で覆ってしまう。ごめんなさい。私がこの場から立ち去ったら、存分にまた輝いて?
私から光が放たれる。まるで昼間のように世界を照らす。
「穏やかな夜の闇をいきなり打ち消してごめんなさい。聖女、セイカ・ツキシロですわ」
精霊が私の声を世界の隅々に行き渡らせてくれる。言語が違う国へも翻訳して届けてもらうよう魔女に頼んだ。魔女の力の乱用かもしれないけれど、私を召喚した責任はとってもらおう。
「今から魔王浄化にまいります。その前に皆様にお願いがありますの。ご案内を各国にご依頼いたしましたのでご存知かと思いますが――、どうかこの世界を、皆様の国を、大事な人を守りたい気持ちを私に託してください。各地の祈りの石がその全てを私に届けてくれます」
高いところにいるから分かる。大勢の人々が外に出て私を見上げ、祈りを捧げている。
――なんて、なんて美しいのだろう。
光が人々から放たれていく。子供も大人も誰もが皆、大切な誰かを思って――。周囲が明るくなってその高さを目の当たりにしても、恐怖は感じない。
「世界を救うのは私ではありません。この世界の皆様の思いが、私を介して大切な人も場所も守るのです。世界を救うのは、ここに住まう人々の願いそのものですわ」
まるで光の膜だ。世界が祝福に覆われる。
「皆様の光、届けに行ってまいります」
手で合図すると、宙に魔女とヴィンスが現れた。前の聖女も付き人を一人連れていったと記載があった。だから私もそうする。本当は安全な場所にいてほしいけど……共にいたいと言うヴィンスの気持ちも分かったから、一緒に行くことにした。
魔女が空中で扉を開ける。
人々の歓声が、祈りの声が私の元まで届く。この先は無音だ。真昼のようになったこことは違う闇が、まるで絵画のように扉の向こうに待ち構えている。
虹色の髪をはためかせ、星空をイメージしたゴシックエレガントな青と黒のワンピースを揺らしながら――、私とヴィンスはその静寂に足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます