第14話 クリスティーナとお忍び

「それじゃ、お忍び開始よ!」


 クリスが宣言する。


 あれから何日か過ぎ――、才能のお陰もあってかそれなりの魔法を使えるようになってから、クリスの提案でお忍びをすることになった。お店が多い中央区の人通りのないところまで護衛さんに連れてきてもらって、彼らはどこかへと消えていった。……物陰かどっかで見ているのだろうけど。


 そして……私から目を離したくないと、遠くにはヴィンスがグラサンとラフな服というイカツイ平民のような姿でついてきている。たぶん彼自身にも護衛がついているはずだ。意味が分からない。


 これ……お忍びって言えるのかしら。むしろ王子であるヴィンスのお忍びなんじゃない?


 そもそも私の顔なんて誰も知らないはずで……まぁ、なんでもいいか。王宮の外には出てみたかったから嬉しい。髪型は地味なウィッグをかぶるか聞かれたけれど、虹色のエクステを普段通りにつけてしまっている。まだ髪の色情報まで外には出ていない。聖女関係なしにこの髪型がどれくらい目立つか知りたかったのもある。髪染め技術もあるようで、気持ち長めに見られる程度だと分かった。前の世界でも顔や服のせいか同じくらい視線を感じたし、私にとってはいつも通りだ。


 それにしても……。


「ねぇ、クリス。王都って階段が多すぎない?」

「そうなの、見晴らしはいいけどね。高く飛ぶ人が多いとぶつかって危ないから、それは王族以外基本的には禁止されているわ。配達業者なんかは除いてね。地面ギリギリなら風魔法を誰でも使っていいことになっているわよ」

「そうよね……」


 遠くには海が見える。空から見るのもいいけど、こうやって一望するのも気分がいい。


 街は思った以上に細い道も多い。芸術の国と評されているらしく、ベンチなどにも精霊のモチーフなどがあしらわれている。


「思ったよりも……私のいた世界に近いかもしれないわ」


 見た目は中世ヨーロッパ風なのに、たまに変な店がある。「ハンモックヨガ」とか「スイーツの楽園」とか「バーチャルセンター」とか……バーなのかなと思うような大人な雰囲気を外からも感じる店もあった。


「それはよかったわ!」


 服装も独特だ。裾のすぼんだハーフパンツから葉っぱのようなフリルがあしらわれていたり……遊び心が多い。ヘッドホンのようなものを首に下げている人もいた。近くに寄ると「いらっしゃいませ」と話す人形が店先に置かれているのも見た。


「結構みんな、余暇を楽しんでいるのね」


 ただ……地面をキョロキョロと見回している人が多い。巡回騎士だけでは追いつかず、魔物を一般人も浄化しているのだろう。


「ええ。そのせいか……晩婚化が進んでいるわ。楽しいことが多くあると、そうなりがちよね」


 あー……なんか、現実っぽい。晩婚化と少子化が進む異世界……ファンタジー感が消えるわ。


「どこか入りたい店はある? セイカちゃん」

「そうね……」


 ところどころ服屋さんはあるけれど、ゴシックロリータ系はない。今日はお忍びだしと、この世界に来た時の服を来ている。ロリータ服というジャンルはあるようで、系統は少し違うようだけれどおかしくはないと許可はもらった。

 クリスは私に合わせてピンクロリータだ。ウロコ風に重なり合うピンクのフリルや胸元のリボンが可愛い。


「うーん……」


 服屋さんには入ろうと思えない。

 あ、でも……。


「綺麗ね、あの店」

「確かに! 入りましょう」


 前方に見えた店先には、大きな花瓶の中に所狭しと大量の花が詰め込まれているオブジェが置いてある。なんの店だろう。


「いらっしゃいませー」


 看板には「永遠の花」と書かれていた。中に入るとたくさんの鮮やかで色とりどりの花が飾られている。


「ブリザードフラワーね」


 クリスが言う。だからこその永遠の花なのだろう。おしゃれな瓶やコップ、箱などに詰められている。


「これ、好きかもしれないわ……」


 店内をぶらぶらしていると、黒い箱に入れられた紫の薔薇が特徴的なフラワーボックスが目に入った。商品名はアメジストだ。


「セイカちゃんの髪の色に似ているわね。あ、その……聞いちゃったの」


 そういえば、彼女とはエクステをつけている状態でしか会っていない。アドルフ様に紫部分が地毛だと聞いたのだろう。

 

「そんなすまなそうにしなくていいわよ。確かに似ているわね」


 黒の箱へ薔薇だけでなく紫のデージーやラグラスが所狭しと詰められて……なぜか棺のようだと感じる。


 永遠に生きられる、美しい死んだ花……。実際には劣化するでしょうけど。


「あ、これなんて似合いそう! そのフラワーボックスの花と同じ色合いよ」

「え」


 私の髪へとブリザードフラワーの髪飾りがブッサブッサと刺されていく。


「ち、ちょっと」


 積極的すぎじゃない? この子。本当に貴族のご令嬢なの? 辺境の地にいると、こうなるのかしら。


「ほら、セイカちゃん。可愛い!」

「……そ、そうね」


 鏡で見ると、確かにこの服にも似合う。


「それならクリスにも、ぶっ刺してあげるわ」

「ええ!?」


 そこにあったパステルカラーの花の髪飾りを、ハーフアップにまとめているところに刺していく。


「もー、セイカちゃんったら! ふふっ、おそろいね」

「そうね」

「姉妹に見えるかしら?」

「あら、どっちが姉なのよ」

「ええー……っと」


 クリスが悩んでいるうちに、どこからか現れた護衛さんらしき人が店員さんにお金を渡している……この立場、便利すぎじゃない? ついている値札の紐もさりげなく切ってくれたので「ありがと」とお礼を言う。


 クリスがニッコリ笑って、それもとフラワーボックスを指さしたあとに私の手を握った。


「じゃ、次へ行きましょう、おねーちゃん!」

「ノリがいいわね……」


 私の方がやや背も小さいし、普通は逆よね。でも、少なくとも仲のいい友達には見えるのかしら……。


 くすぐったいような気持ちを抱えながら、クリスと色違いのお揃いのような花飾りをして、店を出た。 


 

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