第2話 純然たるフーダニット
殺害された被害者は、地方でも有名な大富豪の
一人・
居を構える別荘。
犯人が誰なのかを推理するためには、どのよう
にして殺されたのか――その経緯が必要となる。
果たしてあなたは名探偵になれるだろうか?
-----------------
のっぺりした風貌の
「ははは。荒川さん、先日招待状をいただいた折
は誠に嬉しかったです。今日という日を心よりお
待ちしておりました。雨予報だったのでどうなっ
ちゃうだろうと思いましたが、無事に今日はかん
かん照りの晴れ陽気ですな」
「だからといってそんな手放しには喜べないけど
な。話す気も起こらんぐらい暑い」
と恭太郎は汗を拭いながら答えている。
いかんせん「パーティー」とは言っても、そう
そう豪勢なものではない。内輪でワイワイするだ
けの小規模なものだ。私は周囲を見回した。
もっと多ければ賑わったのだろうが、残念なが
ら、客はたったの二人だけだ。長谷部と彼の息子
の
ちなみに私の名前は
ちゃんと今も恭太郎のそばに控えている。今日は
そんなに出しゃばるつもりはないけど、万が一の
事があればどんな手でも使う。正義のためなら。
トークはそれほど弾まず、恭太郎の誕生日パー
ティーは四人で粛々と行われていた。
レモンティーを少しずつ啜りながら、長谷部が
私に尋ねてくる。彼が指差しているのは恭太郎。
「いまはずっとこのような生活なのですか?」
くの字形に体を曲げてベッドに寝る恭太郎。彼
を前にすればそう聞きたくなるのも当然だ。恭太
郎は自動車事故に巻きこまれて大けがを負ったあ
の日以来、二階の個室で寝たきりだ。最近は図書
館本にハマっている。彼が私の代わりに答えた。
「放っておいてくれていい。私が死んだ時に静か
に送り出してくれればそれで十分だ」
「協力して株もした仲じゃないですか。せっかく
お会いできたのに、そんな寂しいこと仰らず。お
体が障るようでしたらなんなりと」と長谷部。
つらそうに恭太郎は体を丸めた。痛みをこらえ
ているようだ。たっぷり一分ほど苦しんでから、
「てきとうに私なんか放って遊べ。祥子も」とだ
けいって目を閉じた。話す気力はもうないようだ
った。長谷部は誠ちゃんと一緒に心配そうに恭太
郎の顔を見つめていたが、まもなくして二人は一
階に降りていった。私も続いた。
皆が、恭太郎を残して集まった。すると誠ちゃ
んが突然長谷部に懇願し始めた。
「帰ったら僕のパソコン買ってほしいな。みんな
持ってるよって学校のお友だちが言ってたんだ」
「たかが小学生にパソコンやらスマホやらを与え
たらろくなことがない。やるつもりはない」
Cの字に口を曲げて誠ちゃんは悔しがった。
「MSJという遊園地が近くにあるんだ。もし誠く
んが行きたいなら、連れていってやってもいい」
つい、私はそう口にした。甘やかしすぎも良く
ないだろうけど……。すると誠ちゃんは笑顔にな
って、
「いきたい!」と歓声を上げた。
「たしかに最近遊びに連れていってないな。よし
行こう。祥子さんもご一緒にいかがです?」
と長谷部は私の顔を覗きこんでくる。
「かなり記憶力が悪くいらっしゃるようだな。私
から提案したということをもう忘れたのか?」
明確に苛立ちを露にしてしまう。そんな態度だ
からモテないんだぞ、私。
-----------------
「か、鍵穴がないよ?」と誠ちゃんが言うので、
「だから、鍵の代わりにこれがある」と私は答え
た。
彼に指し示したのは、番号の入力ボード。荒川
家は暗証番号を玄関の鍵に使っているのだ。
「こうして番号を入力すると扉が開くんだよ。と
言っても、鍵を閉めるときは自動だがね。つまり
はそう、オートロックってやつだ。前に君が来た
おりにも教えたと思うが、覚えてないか? 一人
で家に入れるよう教えたはずだ。忘れたのなら、
別にそれはそれで構わないのだが」
「もう一回番号おしえて。忘れてごめんなさい」
「どうして謝る? 私は怒ってるわけじゃない。
謝ってもらうほどのことでもないし。37564と押
してからEnterを押すだけだ」
推し測る能力が少しでもあれば、語呂合わせを
推理することは容易いだろう。お察しの通りだ。
「映像で圧倒してくるアトラクションやデズニー
映画を再現したコーナーもある。さあ、MSJ遊園
地を目指してレッツゴー!」
-----------------
見るもの全部に興味を持つ年頃の誠ちゃん。見
えたものを何でもかんでも「あれは何?」と尋ね
る。答えるのは、決まって私だ。長谷部はという
とそんな二人はほったらかしで歩いている。
のんびりと歩いていた長谷部だったが、まもな
くトイレに行きたいと言い出した。しかも私の家
のリビングに財布を忘れたという。椅子にトート
バッグを掛けたまま出てきてしまったらしい。
「クールな大人というのは忘れ物なんかしない。
家を出るときには、忘れ物をしていないかちゃん
と確認しなさい……ってお父さんがいつもいって
るから、ぼく、いっつも守ってるのに」
めいっぱいに誠ちゃんが口を尖らせる。長谷部
は、ガン無視して開き直った。
「同じ過ちを繰り返さないことが重要なんだ。誠
はじっくり考えてから行動するように。生真面目
な方がどんな世界でも強いからな。生真面目が勝
つ法則は、社会でもいっぱい見ることになるよ」
「でもお父さんは全然真面目じゃないよ」
「殺されたくなければ二人とも黙りな。そんな対
立したって何も生まれない。長谷部さんは忘れ物
したんならごちゃごちゃ言わずに取りに帰れ。息
子の口から不祥事が漏れる前にな」
だが何を思ったのか、長谷部はなかなか動かな
い。「……暗証番号を忘れてしまいました」
つくづくダメな男だ。
「いま言っただろう。37564だって。MSJ遊園地
までの道のりは分かるね? 先に行っとくよ。ど
うにもダメだね、君は。大の大人のくせをして」
「本当にすみません」
小者にもほどがある。長谷部は去っていった。
説明を聞いていなかった誠ちゃんは、キョトン
顔のままだった。私は彼の手を掴んだ。
「あの、お父さんをおいていくんですか? そし
たらあとでお父さんに怒られたりしない?」
すっと息を吸い込んでから私は答えた。
「じっとここで待っていたって何も生まれない。
空欄みたいな時間しか残らない。というかその程
度のことでお父さんは怒るのか? ひどいな。彼
の頭のネジはどうなっているんだか」
文章にも残せない悪態を私は続けて吐いたが、
文字には起こさないでおくことにしよう。その悪
態を聞いた誠ちゃんは顔を歪めたが、結局は素直
についてきた。
なんとも代わり映えのしない景色に私はいささ
かげんなりする。誠ちゃんは黙ったままだ。数分
して二人はMSJに到着した。その後、長谷部が来
てみんなが集まったのは二十分後だった。
ようやく揃ったが、次は私が腹痛を起こした。
「う……。腹が痛くなった。私は便所に行ってく
る。二人は好きに遊んでおいてくれ」
それだけ言い残して、私は一旦その場を去る。
それからはかくかくしかじか。
-----------------
「ここのお手洗いは汚いなあ。こんなに汚いのな
らそっと自宅に帰って、うちのトイレを使ったほ
うがよほど良かった。大して遠いわけでもないの
に私としたことがしくじったな」
のんびりとそれ以降はMSJで遊んだ。その間に
は一人も場を離れた人物はいなかった。MSJは、
順番待ちが長いことでも知られる。誠ちゃんが何
か伝えたそうにし始めた。「暇だよぉ」だろう。
耐えられなくなっている。私も3時間もすれば帰
りたくなってきた。
いっぱい遊べたわけではなかったが、結局3時間
そこそこで家に戻ることになった。それからは三
人とも一階で各自の時間を過ごすこととなる。だ
らだら過ごしていたとき、長谷部がテレビをつけ
た。
作り物めいた顔のアナウンサーが映された。解
説者らしき人物も隣に控えている。放送席はもの
ものしい雰囲気に包まれていた。
『本日のNHKニュースⅢの時間です。先ほど、黒
い気体が上空に巻き上がっているとの通報を受け
災が発生しているのが確認されました。近所で
は伝説の牛丼屋としても名高い歴史ある牛丼店、
「わらか屋」が出火元と見られています。犯人が
使ったのは複数の打上花火で、時限装置に連動さ
せたと見られています。現在のところ、死傷者な
どの人的被害の情報は入ってきていません。しか
しながら、容疑者はいまだ逮捕されておりません
から、外出の際はくれぐれもご注意ください。で
は、次のニュースです——』
「ぜ、絶対外に出ちゃダメだね。ここは富士山の
おひざもとに建ってるんでしょ?」
従順な子だ。「蛙の子は蛙」ということわざは
嘘っぱちなのかもしれない。私は頷いてあげる。
「てくてく外を歩き回るのは危険すぎるね。今君
がいった通り、火事現場は近い。家を出ないに越
したことはないだろう」
だが長谷部の耳には届かなかったらしい。彼は
好き放題に生きてきたのだろう。目を輝かせて言
った。
「いやはや面白いことになりました。どうでしょ
う。三人で様子を見に行ってみませんか。それか
らえっと、パトカーとか見たいだろう、誠?
な、そうだよな? この機会をのがしてしまった
ら次はいつ見れるか分からんぞ」
「はぁ。いったいどういうつもりだ。息子に危険
なことをさせて何がしたい?」
「のらりくらりと危険から逃げるってんなら壁穴
のネズミと同じですよ。どんな物にも興味を持つ
イタチみたいな子になってほしいのですよ私は」
できの悪い例えで返す長谷部。私は呆れかえっ
て長いため息をついた。私は彼をガン無視し、三
つ編みにしている髪をかきあげ、誠ちゃんの方に
目を向けた。最終判断は彼に任せる。
「書籍に載ってるやつ以外のパトカー、見たこと
ないんだ。行ってもいいなら行きたい。ねえ、行
ってもいいですか?」
「くれぐれも周囲のことに気をつけると約束して
くれるならな。……仕方のない親子だ」
と再び私はため息をつく。また三人して家を出
ていく。途中の公園で誠ちゃんがトイレはどこだ
ろうと言い出した。腹が痛くなったらしい。この
辺のトイレは、少し戻ったところにあるコンビニ
しかない。すると長谷部がまたも陽気な口調で言
う。
「これぐらいなら一人で行けるよな。ささ、祥子
さん、先に現場に行っときましょう。誠ならきっ
となんなく追いついてこれますよ。こういうこと
を地道に教えるのも教育の一環です」
「獄中にぶちこんでやるぞ。放火魔がうろついて
るのに息子を一人放り出す気か。それでも親か」
「よく考え直せ」と付け足し、頬を打ちぬいてや
ろうとした。長谷部はすんでのところでかわし、
「なら誠に聞けばいいでしょう」と提案した。
「これくらい余裕だよ。先に行ってていいよ」
と誠ちゃんは答えた。するとあろうことか長谷
部は勝ち誇ったような表情で頷いた。私は道程を
十二分に教えこむ。絶対道に迷うなよ。
「度が過ぎた過保護だね、あんたは」
と長谷部が言い放った。私は心底嫌な気分で目
をやる。だけど、いちいち面と向かって文句をつ
ける気にはなれなかった。
まもなく二人は現場に到着した。誠ちゃんは来
ない。二十分以上経っても現れる気配はなかっ
た。私はやきもきしながら長谷部を睨みつける。
「私があんたの言いなりになったばかりに。あん
たは黙ってついてこい。彼を探しに行くぞ。たし
かPOPOTOWNの濃い青色のジャージの下にNEW
VALANCEのオレンジの靴を履いていたよな。特
徴を他に覚えているか?」
「増幅する不安。拠り所のない焦燥。何をそんな
にやきもきする必要があります? えーっと、何
ですっけ。誠の服装? 覚えてませんな」
「これが親ガチャというやつか」
とだけ吐き捨てて、私は彼を頼るのをやめた。
私の脳内は嫌な予感で満たされていた。
大声を出しながら、誠ちゃんを探す。まもなく
異変に気がついた。妙な人だかり。近づくと人々
がさっと退いた。中心で誠ちゃんが泣いていた。
彼をおんぶして、家に連れて帰ることにする。私
の身から溢れる殺気を感じ取ったのか、長谷部も
口を結び、不満気な顔でついてきた。
-----------------
「もうお前はダメだ、誠。コンビニに行ってから
戻ってくることすらできないとは……。お前はな
んて臆病なんだ」
知能の低い人間である。長谷部は私たちの家に
帰るなり誠ちゃんを怒鳴りつけると、あることな
いこと講釈を垂れた。私は疲れ切り、止めに入る
ことすらできなかった。
と、長谷部がリモコンの電源ボタンを踏んだ。
『なんと今なら990円! 今から30分以内限定価
格っ!』
たまに見るタイプの広告。面白くもない。恭太
郎の容態をふと確認したくなった私は、重い足取
りで階段を上った。恭太郎の部屋を訪れる。
「あれ?」と私は思った。なぜか内側から鍵が掛
かっている。不穏な空気を感じた私は窓の方に回
った。――密室内で恭太郎が死んでいるのが見え
た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます