14.消えた手紙の行方
その後の話し合いで、クロードを警察に連れて行くのはやめようということになった。
ニノンは反対したが、シュゼットが良いと言ったのだ。
「もう絶対にやらないって約束してくれたし、ダミアン先生にも心配かけることになるからね」
その言葉に、クロードの顔が真っ青になった。
万が一自分が犯人だとバレてしまって捕まれば、ダミアンに迷惑がかかるとは考えていなかったようだ。
ニノンは「シュゼットに感謝しろよう!」と言って、クロードの脇腹をくすぐった。
「――それじゃあ、今日はもう解散にするか。明日も仕事だろ?」
「そうだね。わたしは朝から診察が入ってるし、クロードもダミアン先生と一緒に往診だし」
「先生の役に立てよ、クロード」
エリクが額を小突くと、クロードはニッと歯を見せて笑って、「うんっ」と元気よく答えた。
ニノンとクロードは箒に乗って宿舎に帰っていった。その姿が夜の闇に溶けると、シュゼットたちも家の中に戻った。
シュゼットはずっとお利口にしていたブロンを抱き、ソファに座り込んだ。すると、自然と大きなため息がこぼれた。
「はー! 驚いたけど、一件落着だね」
「本当ね。犯人が分かって、反省してくれて、本当によかったわ」
アンリエッタもため息をつきながらシュゼットの向かいのソファに座った。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。さっきまではちょっとドキドキしてたけど、もう落ち着いたわ」
「俺、お茶淹れてくるな」
エリクは手早くお茶を淹れて戻ってきた。
「ああ、ありがとう、エリク。わたしはお茶を一杯飲んだら、もう横になるわね」
「うん。それが良いよ」
アンリエッタがお茶を飲み終えると、シュゼットとエリクで両側から手を添えて部屋まで連れて行った。ブロンは三人の邪魔にならないように気を付けながら、後をついてきた。ずっとアンリエッタに抱かれていたブロンは、誰よりもアンリエッタの緊張を感じていたのだろう。
今日はアンリエッタの部屋で寝ると決めたらしく、ふたりが部屋を出ようとしても、ブロンはアンリエッタのそばから離れなかった。
「ふふふ、一緒に寝ましょうか、ブロン。いらっしゃい」
「キャンッ!」
ブロンはアンリエッタのベッドに飛び乗り、枕のそばで丸くなった。
「おやすみ、おばあちゃん、ブロン」
「おやすみなさい。ふたりともありがとう」
静かにドアを閉めると、ふたりは静かに階段を下りた。
示し合わさずともシュゼットとエリクはリビングに戻り、向かい合ってソファに座った。
ふたりともジッと黙って、宙を見つめる。
ようやく片付いた。
その実感が、この静けさによって、今になってわいてきたのだ。
シュゼットは目だけを動かして、チラッとエリクを見た。
エリクは少し疲れているような、それでいて安堵しているような顔をしている。
「……ありがとうね、エリク」
エリクがパッとシュゼットの方を見た。
「犯人、捕まえてくれて」
「……俺としては、そっと終わらせたかったんだけどな。結局シュゼットにも知られて、疲れさせたな」
「ううん。自分のことだし、クロードのこと、知れてよかったよ」
「シュゼットらしいな」
エリクはうっすらと笑って、ソファに深く座りなおした。髪がさらっと後ろに流れる。
「ねえ、今『そっと終わらせたかった』って言ったよね。エリクがクロードを捕まえたのって、計画的だったの?」
エリクは頭を掻きながら「あー」と意味のない声を上げた。しばらく口を開けたまま黙っていたが、シュゼットともう一度目を合わせると、話し出した。
「実は、少し前から、犯人の目途と、嫌がらせの周期的なものは掴んでたんだ」
「聞いても良い? どうしてわかったのか」
エリクは少し考えてからうなずいた。
「犯人は、街の医者かその見習いだろうって早々に思ったんだ」
「どうして?」
「嫌がらせがあった日に、必ずと言っていいほど、エニシダの枝が落ちてたからだ。魔法使いの箒にはエニシダが使われてるって知ってたから、たぶんそうだろうって。でも、この家の箒は棕櫚箒だし、キッチンガーデンにはエニシダはないだろ?」
「そんな小さなこと、よく気が付いたね」
驚くシュゼットに、エリクは「たまたまだよ」と笑った。
「それから嫌がらせがあるのは、決まって雨の日か、曇りの日か、新月の日。暗い夜の日を狙ってるって気が付いたんだ」
シュゼットは、今夜は月明りも星明りもなかったことを思い出した。
「……あれ、でも待って。エリクが嫌がらせを見たのって、ドアが叩かれた時と、昨日の手紙の時だけだよね。どうして嫌がらせの周期なんてわかったの?」
シュゼットの言葉に、エリクはハッとして、わかりやすく目をそらした。その横顔には「しまった」と書いてある。それを見たシュゼットは、さっきクロードが「夏からずっと嫌がらせの手紙を送っていた」と言っていたことを思い出した。
すべての点と点が繋がった瞬間、シュゼットは心が震え上がるのを感じた。
「……ひょっとして、毎日早起きしてたのって」
声が上ずってしまう。
「……手紙を、わたしが見なくて済むように、片づけてくれてたってこと?」
シュゼットは自分の声が震えているような気がした。
エリクはシュゼットの方を見ないまま答える。
「……まあ、散歩のついでに。でも、そのおかげで、犯人も周期も掴めたから」
「ついでじゃないでしょう。エリク、まだ起きるのが辛そうな日も、あったじゃない」
もう声が震えるのを気にしている余裕はなかった。
シュゼットは大きく息を吐きだして、あふれそうになるものを堪えた。
「……わたしのせいで、エリクが無理してたなんて」
「シュゼットのせいじゃない」
シュゼットの言葉をかき消すように、エリクが声を上げた。その声は大きいが、とても優しい響きを持っていた。ふたりの目が再び合う。
シュゼットは、エリクの瞳に映る自分の顔が、泣き出しそうだと分かった。
「シュゼットのために、俺が、勝手にやりたかったんだ」
エリクは静かに立ち上がり、シュゼットの隣に座りなおした。
その大きな手で、そっとシュゼットの手を握る。
いつでも優しい温かみを持った手。シュゼットが好きだと思った手だ。
「最初こそ、俺の体調を助けてくれたシュゼットのために、力になろうと思った。でも一緒に過ごすうちに、もうお礼としてじゃなくなってた。俺が自分の意志で、シュゼットの力になりたいって思ってた。シュゼットが俺にとって、大事な人になったから」
「大事な人」という言葉に、シュゼットの心臓がドキッと飛び跳ねる。
シュゼットは胸の奥で蕾のように膨らむ思いを抑えようと、唇をかみしめた。
「だから、シュゼットは気にしなくて良い。むしろ、無事でいてくれて良かった」
「ありがとな」と言って、エリクはふわっと微笑んだ。
その笑顔を見た途端、シュゼットの目から涙があふれてきた。
「……わたしこそ、ありがとう、エリク」
エリクは空いている方の手でシュゼットの涙をぬぐってくれた。それでも涙はとめどなくあふれてくる。
「ううん。もっと早く解決したかったんだけど、時間かかってごめんな。不安だったよな」
シュゼットはブンブン首を横に振った。
「謝らないでよ。わたしが、どれだけ感謝してるか……」
「わかってるよ。ごめんな、謝って」
「また、謝ってるよ」
エリクは「ほんとだ」と言って小さく笑った。
「わたしこそ、エリクがしてくれてることに気が付かなくて、ごめん」
「気が付かれる方が困るって。俺としてはシュゼットに、『俺が用心棒になったことで、嫌がらせが無くなった』って思ってほしかったから。うまく隠して捜査して、バレないようにうまく犯人を捕まえて、終わりにしたかったんだよ」
「それじゃあ、エリクにお礼が言えないじゃない」
「良いんだよ、礼なんて。さっきも言った通り、俺が勝手にやったんだから」
エリクは歯を見せてニッと笑った。
「なにはともあれ、もう大丈夫だからな、シュゼット」
「……ありがとう、エリク」
「俺こそありがとう、シュゼット」
シュゼットはうなずきながら微笑んだ。その胸はエリクの手の温もりが伝わったかのように、温かかった。
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