16.雨の日の訪問者
久しぶりに朝からひどい雨が降るある日、シュゼットの家のドアを弱弱しく叩くお客がいた。
「こんな天気の日に誰だろう」
「俺が出るよ」
仕事が休みのエリクがドアを開けると、そこにはフランセットが立っていた。傘を差しているにもかかわらず、全身びしょぬれだ。
「フランセットさん! 大丈夫ですか!」
キッチンから顔をのぞかせたシュゼットが慌てて駆け寄ると、フランセットは泣き出しそうな顔でシュゼットの方に両手を伸ばしてきた。
「ああ、シュゼット! まだわたしにそんな優しい言葉をかけてくれるのね」
「当り前じゃないですか。さあ、入ってください」
エリクが傘とコートを受け取り、シュゼットはフランセットを暖炉のそばのソファに座らせた。ブロンはフランセットの足元をちょこまかと駆け回り、時々訴えるようにシュゼットの方を見て、小さく「キャンッ」と吠える。
シュゼットは大急ぎで暖炉に火を起こした。まだ暑い日が続いていたため出番がないと思っていた暖炉も、シュゼットの勢いに圧倒されて、いつになく早く火を大きくしてくれた。
「温かいお茶をどうぞ」
アンリエッタから紅茶入りのカップを渡されたフランセットは、消えそうな声でお礼を言い、一口飲んだ。くまがくっきりとついている目には、涙がにじんでいる。
隣に座るシュゼットは、フランセットの背を優しくなでた。
「……もっと早く、シュゼットに謝罪しに来たかったの。わたしのせいで、あの人から責められて、あなたは優しい人だから、自分のショックを癒そうとせずに、自分を責めてるだろうって、心配だったから」
「そのために、わざわざ雨の中?」
「当然よ! あなたは、わたしに頼まれたから、ロラを看てくれていただけなのよ。それなのに、脅すようなことを言われて、ろくに反論もできずに追い出されて。本当に申し訳ないと思ったわ」
「ごめんなさい」と言って、フランセットはがっくりと頭を垂らした。ブロンは慰めるようにフランセットの足にすりよる。
「謝らないでください。フランセットさんは悪くないじゃないですか」
「それを言うなら、あなたにだって悪いところはないわ。どうかあの人の言葉のせいで、自分を悪く思わないでちょうだい。自分を責めないでちょうだい。わたしは心からあなたに感謝してるのよ」
シュゼットは笑顔で「嬉しい言葉を、ありがとうございます」と答えた。
言葉は人を傷つけもするが、温かい気持ちにもする。
シュゼットはそう実感した。
「ああ、シュゼットに会えてよかったわ。もし帰れって言われて、あなたに謝ることも、お礼を言うこともできなかったら、どうしようかと思っていたの」
「そんなことするわけないじゃないですか。雨の中来てくださって嬉しかったです。ありがとうございます」
フランセットは少し安心したようで、弱弱しく笑った。
「ところで、フランセットさんは大丈夫ですか?」
「えっ?」
「顔色が良くないですし、くまもあります。やつれたようにも見えますし、お疲れなんじゃ……」
――ブロンがこんなに反応しているし。
シュゼットはブロンをなだめるようになでた。
フランセットはおずおずと口を開いた。
「……実は、あの日以来、ずっとあの人と口論をしてるの。もっと大きな町に引っ越して、別の医者に見せた方が良いだとか、もっと魔法治療の頻度を上げるだとか、いろいろ言ってるのよ、あの人」
「ベルトランさんもロラが心配なんですね」
フランセットは皮肉っぽく笑って、「そうね」と答えた。
「……あの、よかったらなんですけど、フランセットさんにアロマテラピーをさせてくれませんか?」
「まあ、わたしに?」
「はい。フランセットさんにとっては、わたしのアロマテラピーはもう見たくないかもしれませんけど、心配なんです」
すると、甲高い声が上がった。
「そんなわけないじゃない! シュゼットが来ると、あの子が元気になって、笑顔になっていた。それだけで、わたしはあなたを信用してるし、アロマテラピーのことだって信頼してるわ!」
そう叫ぶフランセットのほほには涙が伝っていた。その涙に、シュゼットの心は震えた。シュゼットまで泣きそうになる。
「……どうして、フランセットさんが泣くんですか」
「あの人があなたを否定したように、あなたまであなたを否定するからよ! わたしは、あなたを尊敬してるのに! こんなにも感謝してるのに! 悔しいのよ!」
フランセットはシュゼットにガバッと抱き着いた。
「自分を傷つけないで、シュゼット。あの人の言葉なんかで、自分の才能を否定しないで」
シュゼットはフランセットの背中に震える手をまわした。
「……ありがとうございます、フランセットさん」
「わたしこそありがとう、シュゼット」
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