5.ユーカリの香りに包まれて (1)

「いらっしゃい、シュゼット。よく来てくれたわね。さあ、入って入って」

「お邪魔します、フランセットさん」

 フランセットは辺りをキョロキョロ見回しながら、シュゼットを裏口から家の中に入れてくれた。裏口と言っても手入れが行き届いたキッチンガーデンがあり、金色のドアノブが付いているドアは立派だ。

 裏口から繋がる質素な廊下を通り抜けると、二色使いのタイル張りの玄関ホールに出た。

「ここは早く通りましょう。あの人が帰ってくることは無いけど、一応ね」

「はい」

 ふたりはホールの階段を抜き足差し足で駆け上り、カーペットが敷かれた廊下をサーッと小走りした。廊下の至るところには、壺や甲冑などの高そうな品が飾られている。シュゼットは、こんな時じゃなかったらゆっくり見てみたいのにな、と思った。

 まるで泥棒のように家の中を移動すると、ようやく用のある部屋に着いた。二階のベッドルームだ。

 フランセットはドアをノックし、返事が返ってくる前に「入るわよお」と言った。鍵がかかっていないドアはあっさり開く。それと同時に、部屋の中からけたたましい咳が聞こえてきた。そのひどい音に、シュゼットはギュッと唇をかみしめた。

 ――こんな咳が続いてるなんて、苦しいだろうな。

「シュゼットが見えたわよ、ロラ」

「ケホッ。あ、シュゼット。こんにちは」

 ロラと呼ばれた少女は、ベッドの上の大量の枕に背を預けて座っていた。

 枕の他にも、ベッドの枕元や部屋にある家具の上には、たくさんのぬいぐるみが並んでいる。どれもかわいらしいクマのぬいぐるみだ。

「こんにちは、ロラ。無理に話さなくて良いからね」

 ロラは咳をしながら笑顔でうなずいた。

 シュゼットはフランセットに勧められた椅子に座り、そっとロラの手を握った。その手は青白くほっそりとしている。

「昨日は魔法治療の日だったそうだね。お疲れ様」

「わたしは横になっているだけだったから、疲れてないわ」

「ロラは前向きで素敵だね。それじゃあ、今日もアロマテラピーを始めるね」

 ロラは笑顔で「お願いします」と答えた。

「今お湯が届くと思うわ。ちょっと待ってね、シュゼット」

「慌てなくて大丈夫ですよ。わたしも準備があるので」

 シュゼットはロラの手を優しく離すと、持ってきた大きな手提げカゴを漁り始めた。精油やキャリアオイルの瓶を取り出していく。

「あ、そういえば、教会に聞いていただけましたか? ユーカリを使っても問題ないお薬かどうか」

「ええ、バッチリ! ユーカリは使って問題ないそうよ。ユーカリのお茶でも飲むんですかって聞かれたから、それには『はい』って答えちゃったけど、よかった?」

「はい。今日はユーカリのお茶も持ってきたし、喘息にはユーカリが基本ですから」


 ここで、シュゼットが暮らす世界の医療について、少し触れておこう。

 医療の種類は大きく分けて三つある。

 一つ目は、最も費用がかかり、治療期間が最も短い、魔法使いによる魔法治療。

 二つ目は、費用は平民でも十分払うことができる金額だが、治療期間が長い、教会による薬物療法。

 そして三つ目は最も費用がかからないが、長期的な施術が必要になる、シュゼットが行っている自然療法のような民間療法だ。

 ただし、魔法治療に関しては、期間が短いとは言っても症状によりかなりの差がある。単なる風邪ならば一度の治療で十分回復するが、内臓疾患などは一年以上かかることもある。しかも高額な費用は一度の治療ごとにかかってしまう。

 そのため、平民のほとんどは、教会の薬物療法か民間療法を利用して病気を治してきた。


 しかしロラの場合は少し違っていた。

「お母様ったら大げさよね、シュゼット。ただ咳が出るってだけで、魔法治療も薬物療法も、シュゼットにまでお願いしてるのよ」

「それだけロラが心配なんだよ。母の愛情ってやつ」

「でも、お父様に内緒だなんて。バレたら雷が落ちるわ」

 ロラは毛布を引き寄せてぶるっと震え上がった。するとその拍子に、ロラがせき込んだ。

「大丈夫、ロラ?」

「う、うん。もうっ、困った体だわ」

 シュゼットはロラの背中を優しくさすった。

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