序盤に出会う敵じゃない②

 三日後の早朝。

 俺たちは王城の門に集まっていた。

 王族だけでなく、騎士や貴族たちが見守っている。

 これから魔王討伐に出発する。

 王国にとってある意味一大イベントだ。

 注目されるのも必然だろう。


「エリカ、忘れ物はないか?」

「はい。お父様」

「そうか。くれぐれも気をつけなさい」


 国王陛下は心配そうに姫様と話している。

 実の娘が危険な旅に出るのだ。

 心配な気持ちは理解できる。


「お母様とお姉様にも、よろしくお伝えください」

「ああ、二人も残念がっていたよ。予定が重なっていなければ、見送りに参加したかったと」

「私もです」


 王妃と王女は見送りに不参加だった。

 他国との大事な会談があるらしく、そっちに行っている。

 陛下と同じくらい忙しそうで、この一か月一度も顔を合わせることはなかった。

 どんな人たちか興味はあったからちょっと残念だ。


「みんな! 準備ができたら出発するよ」


 用意された馬車の手綱を握り、アルカが俺たちに手を振っている。

 荷物の用意は終わっていた。

 あとは馬車に乗り込み、出発するだけだ。


「勇者殿」

「はい!」


 陛下に声をかけられ、背筋がピンとなる。


「エリカのことを頼みます。そして、この国をどうかお救いください」


 陛下は俺に向かって頭を下げた。

 一国の王が貴族でもない相手に頭を下げるなんて異例だ。

 その姿勢と言葉から、国王として深い思いが伝わってくる。


「……任せてください! 必ず魔王を倒してみせます!」

「心強いお言葉だ」


 俺は本物じゃないけど、彼らにとっては俺が勇者なのだ。

 偽者を本物にするために。

 彼らの信頼に応えるために。

 今は精一杯に見栄を張ろうじゃないか。


 俺たちは馬車に乗り込む。

 操縦席にはアルカが、後ろに俺たち三人と荷物が乗る。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」


 元気いっぱいなアルカの号令と共に、俺たちは王城を出発した。

 王城を出てすぐ、王都は大盛り上がりだ。


「勇者様ー!」

「頑張ってくださいねー!」


 街の人々が見送りに集まってくれていた。

 今日が出発だという知らせを聞き、勇者見たさに集まったのだろう。

 まるでお祭り騒ぎだ。


「なんか緊張するな」

「慣れたほうがいいですよ。行く先々で注目されることになりますから」


 お淑やかモードの姫様が隣で囁いた。

 勇者は人々の希望だ。

 故に多くの人々から注目される。

 

「バレたら大変ね」

「うっ!」


 姫様が小声で意地悪に囁く。

 注目されるからこそ、勇者らしく振舞わなければならない。

 なんというプレッシャーだ。

 今からすでに胃が痛い。

 とはいえ、しばらくは馬車での移動になる。

 大陸を分断している大渓谷までは、極力安全なルートで進む予定だ。

 まずは国境を越えるまで。


 出発から一時間が経過する。


「平和だな」

「当然でしょう。我が国は人間界で一番大きく安全な国です。魔王軍の侵攻も、我が国の領土までは届いておりませんので。教えましたよね?」


 棘のある言い方だ。

 ちゃんと覚えているとも。

 人類最大国家、エトワール王国。

 長い歴史の中、魔界と人間界の争いを生き抜いてきた実績がある。

 その成果には勇者の誕生が大きく関わっている。

 勇者召喚の儀式が行えるのは、長い歴史を持ち、その資格を持つ王族がいるエトワール王国だけだ。

 立地的にも人間界の中心に位置し、魔界からも遠い。

 ここまで魔王軍が攻めてきたということは、それだけ人類側が劣勢に立たされているということになるが、現在は均衡状態が続いている。


「とはいえ、魔物は世界中どこでも生息しています。気を抜かないでくださいね? ソウジ」

「わかってるって。ん? 今、名前」

「長い旅になります。大切な仲間ですから、名前で呼び合うのが自然でしょう?」


 姫様はニコリと微笑む。

 お淑やかモードではあるが、面倒くさくなったんだろうな。

 俺も四六時中、お淑やかな姫様の相手をするのは、正直ちょっと疲れる。

 

「じゃあ俺も、エリカって呼ぼうかな」

「――! どうぞご自由に」


 眉毛がピクっと動いた。

 あまり調子に乗らないでくださいね?

 と、言っている気がする。

 もっとも自分から言い出したことだし、否定はできないだろう。

 ビビりながらも名前で呼ぶことにした。

 今後のことを考えても、主導権を彼女に握られ続けるのはよくないからな。

 少しずつ自分を守るカードを増やして――


「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや……なんかぞわっとして」

「風邪をひかれたのですか? でしたら私が祈りを捧げましょう」


 心配してくれたセミレナが両手を胸の前で握る。


「そういう感じじゃなくて! なんかこう、何かの気配?」

「あっ! みんな止まるよ!」


 アルカの声がした直後、馬車が急停車する。

 馬車の中が揺れて倒れそうになったエリカを、俺は咄嗟に支えた。


「ちょっと、どこ触ってるんですか?」

「ふ、不可抗力だろ!」


 あとが怖いな……。

 

 セミレナがアルカに尋ねる。


「どうかしましたか? アルカ」

「ごめん! 魔物が来てるよ!」

「――!」


 俺たちは慌てて馬車から降りた。

 馬車が走っていたのは、森の中に敷かれた一本の街道だ。

 周囲の木々の間から、赤い目がいくつもこちらを見ている。

 灰色の狼のような魔物。

 エリカに教わった魔物の種類に見覚えがある。


「グレイウルフの群れだ!」


 アルカが叫んだ。

 図鑑で見た通りの見た目をしている。

 グレイウルフは世界各地に生息している魔物の一種。

 四匹以上の群れで行動し、人間や他の動物を捕食する獰猛な魔物だ。

 エリカが目を瞑り、気配を探る。


「囲まれてしまっているみたいね」

「道も塞がれてる! 戦って突破するしかないよ!」

「仕方ありませんね。魔物といえど、無益な争いは好みませんが……勇者様」

「あ、ああ! 戦おう!」


 いきなり実戦の機会がやってきた。

 相手はグレイウルフの群れ。

 目視できる限り、十匹以上いる。

 左右に群れは展開して、馬車を取り囲んでいる形だ。

 セミレナが両手を胸の前で組む。


「馬車は私が結界で守ります」

「僕は右側の相手をするよ! ソウジ君は左側をお願い!」

「わかった!」

「私は二人の援護をするわ」


 咄嗟にそれぞれの役割分担をする。

 俺が任されたのは左側から迫ってくるグレイウルフの群れだ。

 エリカの援護はあるけど、いきなり戦うのは正直怖い。

 飢えた目でこちらを睨んでいる。

 ビビッて逃げ出したくなるけど、逃げるわけにはいかない。

 大丈夫だ。

 俺だってこの一か月特訓して強くなっている。

 犬っころの魔物くらい倒せなくて、魔王なんて倒せるか!


「よし」


 俺は腰の妖刀に手をかける。

 不思議なことに、妖刀に触れると少しだけ勇気が湧く。

 

「来るよ!」

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