第45話 またあの月を
アシュリーからすべてを聞かされたネメシアとステラは、愕然とした表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。
「これが真実よ。この女はハイエルフでも建国王でもない。主人を殺して奪った魔鉱石で力を手に入れ、もともとこの地を治めていたバジリスタ一族に成り代わっただけ。まあ、バジリスタという名称の国を作ったという意味では建国王なのかもしれないけど」
冷たく言い放ったアシュリーが、ちらりとサイネリアの顔を見やる。その顔はすっかり青ざめ、呼吸も荒くなっていた。
「私に真実を教えてくれたクレオメというハイエルフも、結構な変わり者だったみたい。フラフラと旅に出て、そこでリエッティ村に行きついた。私の兄たちから歓迎されたクレオメは、ちょっとしたイタズラ心でこの女の秘密を教えたというわけ」
「……魔鉱石の鉱脈を手放したくなかったリエッティ村の住人は、その秘密を盾に陛下へ譲歩を迫った、ということか……」
「そうよ。まあ、この女は焦ったでしょうね。誰も知るはずがない秘密を私の兄たちが知っていたんだから」
「それで……滅ぼされたと」
「ええ。ウソで塗り固められた自分を守るため、私の家族は無惨に殺された。何か言いたいことはある? サイネリア・ルル・バジリスタ」
サイネリアの肩がビクッと跳ねる。目は泳ぎ、唇も小さく震えていた。
「ゆ、許して……! あ、ああするしかなかったの……!」
「許すわけないでしょ」
「お、お願い……! 何でも望むものをあげるわ! そ、そうだ……私の持ってる魔鉱石もすべてあげるから……! だから、お願い……」
「悪いけど、魔鉱石は腐るほど持ってるわ。ハイエルフの里でもらってきたから。ハイエルフの方々も迷惑がってたわよ? こんなもの貰っても意味がないって」
「そ、そんな……!」
驚きの事実を伝えられ、サイネリアが狼狽する。そんな彼女に、アシュリーはどこまでも冷たい視線を向けた。
「やっと……やっと家族の仇が討てるわ。サイネリア・ルル・バジリスタ。理不尽に殺された家族と仲間たちの仇。死になさい」
「ま、待ちなさい!!」
ステラが叫ぶが、アシュリーはそれを無視してナイフの刃をサイネリアの胸へぶすりと突き刺した。目を大きく見開き、金魚のように口をパクパクとさせるサイネリア。確実に心臓を貫いたイヤな感触がアシュリーの手に伝わった。
「お、おのれ!」
ステラが腰から短剣を抜き、アシュリーへと投げる。ハッとしたアシュリーがかわそうとするも、短剣は彼女の肩を貫いた。
「ぐ……!」
「陛下、今助けに――がぁっ!!」
駆けつけようとしたステラが前のめりに昏倒する。ネメシアに背後から鉄の棒で頭を殴られたのだ。気絶したのか、ステラが動く様子はない。
「ネメシア……」
ネメシアは複雑な表情を浮かべていた。立場としては、ステラのようにサイネリアを助ける行動を起こさなければいけなかった。が、いざステラがアシュリーを攻撃したとき、ネメシアの体は自然と動いていた。
ネメシアがアシュリーのそばへ近寄る。彼女の足もとへ仰向けになって倒れているサイネリアに目を向け、かすかに顔をしかめた。
「もう……亡くなってるな……」
「心臓を貫いたからね。生きていられるはずはないわ」
亡骸となったサイネリアを見下ろすアシュリーの隣で、ネメシアは大きく息を吐いた。絶対的な権力者である天帝の死。これから、この国はきっと大混乱に陥るだろうとネメシアは考えた。
「……どうするつもりだ? これから」
「目的は達成したから、とりあえず逃げるつもり。と言いたいところだけど、あなたがそばにいるんじゃあね」
力なさげに「ふふ」とアシュリーが笑みをこぼす。
「……そもそも、どうやって逃げるつもりだったんだ?」
「事前に城の設計図を手に入れていたから。そこ、玉座のすぐそばに地下へ通じる避難通路があるのよ」
アシュリーが指さした場所の絨毯をネメシアがめくると、そこには四角いフタのようなものがあった。地下通路への入り口だろう。
「なるほどな……」
「ええ。まあ、今となっては意味がないけど。治安維持機関の長官が目の前にいるわけだしね」
肩を押さえたままアシュリーは天井を見あげた。
「……行けよ」
「え?」
「この国はもう……ダメかもしれない。俺も、今までと同じ立場でいられるかどうかわからないしな。ステラ殿のことを殴ってしまったし」
「ネメシア……」
「ここはもういいから、早く行け。ステラ殿が起きてしまう前に」
アシュリーに背を向けたまま、ネメシアが言う。
「本当に、いいの?」
「ああ」
「……わかった」
のろのろと動きだしたアシュリーが、地下へと続く入り口のフタをあける。そこには真っ暗な空間が広がっていた。
「それじゃあね、ネメシア」
「ああ。達者でな」
階段を降りていくコツコツという音を聞きながら、ネメシアは大きなため息をついた。これからのことを考えただけで頭が痛い。
とりあえず、ステラの様子を見に行こうと地下階段のそばを離れた刹那――
「あぅっ!!」
地下へと続く階段のほうから、悲鳴にも近いアシュリーの声が聞こえ、ネメシアは慌てて地下階段のなかを覗き込んだ。
「ど、どうしたアシュリー!」
呼びかけるが返事はない。自身も階段を降りようと足を踏み入れたとき、暗闇のなかから白っぽいものが飛びだし、ネメシアの腹部を勢いよく貫いた。
「ぐっ……!」
白っぽいものの正体。それは剣だった。たたらを踏んで後ずさるネメシアの前に、意外すぎる男が姿を現した。
「お、お前……サフィニア……!?」
そう、それは同郷のドワーフであり、治安維持機関の副長官でもあったサフィニアだった。
「あ、あ、兄貴が悪いんだ……! お、俺の言うことを信じずに切り捨てやがって……! この、裏切り者!!」
ネメシアの腹に突き刺した剣をグリグリとねじるサフィニア。またたく間におびただしい量の血が謁見の間の床を赤く染めた。
「こ、この……大バカ野郎が……!」
「ひっ……!」
致命傷を負っているにもかかわらず、ネメシアは丸太のような腕を伸ばしてサフィニアの腕をつかむと、勢いよく投げ飛ばした。
「ぐへぇっ!!」
数メートル先に落下したサフィニアがピクピクと痙攣している様子を見たネメシアは、腹に刺さっている剣を乱暴に引き抜くと、力をふりしぼって地下への階段を降りていった。
目を凝らし、階段の途中で倒れているアシュリーの姿を発見する。
「アシュリー……! アシュリー……!」
彼女の体を抱きかかえ、光が届く入り口そばまで移動した。
「アシュリー……! 返事をしろ、アシュリー……!」
「……あ、う……ネ、メシア……」
「大丈夫か……アシュリー……?」
階段に座りこみ、血まみれのアシュリーに声をかけ続けるネメシア。
「ま……さか……ここまで、きて……サフィニア、とはね……」
薄れゆく意識のなかで、アシュリーは学生時代にサフィニアが言っていたことを思いだしていた。バジリスタ城の建設に父親が携わっていたということ。地下の避難通路についても父親から聞いたのかもしれない。
「ごめ、んね、ネメシア……あな、たまで……巻き添えにしちゃって……」
「もう、いい、喋るな、アシュリー……」
アシュリーの胸からはおびただしい量の血が流れ続けている。それはネメシアも同じだった。
「ねえ、ネメシア……卒業、式の日のこと……覚えて、る……?」
「あ、あ……」
卒業式のあと、アシュリーとネメシアはユリ湖で少しのあいだ一緒に時間をすごした。遠のきそうな意識のなか、アシュリーにキスされたときに感じた唇のぬくもりを思いだし、ネメシアは思わず苦笑いした。
「あそ、こね……月の名所として、も、有名なの……」
「そう、だったな……あそこで再会したとき……キレイな三日月を見た……」
「うん……お互い、立場は完全に、変わっちゃったけど……あそ、こで……あなたと月を見られて……私、少しだけ、嬉しかった……」
「そう……か……」
腕のなかでどんどん冷たくなっていくアシュリーの体を、ネメシアは精いっぱい抱きしめた。
「また……いつ、か……あの月を……見られたら、いいな……」
「見られる、さ……一緒に、な……」
「うん……」
目を閉じ、動かなくなったアシュリーの体を、ネメシアは意識が続く限り抱きしめ続けた。が、やがてネメシアにも限界が訪れた。
黒く染まってゆく視界のなか、最期にまぶたの裏に浮かんだのは、あのときユリ湖で見た、微笑む貴婦人の口もとのような三日月だった。
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