第33話 報復の牙
天帝の側近であるステラは、バジリスタ城の敷地内に居を構えている。公休日の朝、ステラは天帝に挨拶を済ませたあと、すぐさま
城で働く者の多くは公休日であるが、治安維持機関に出向しているステラに休みなどない。しかも、今日は禁軍のトップであるハルジオンも公休であり、テロリストから狙われる確率がグンと上がる。
城門を抜けて大きな通りを真っすぐに歩いていく。五分ほど歩いたところで、ステラは立ち止まった。
「酷いものだ……」
半壊した建物を見あげたステラが小さく呟く。彼の視界に映っているのは、天帝サイネリア・ルル・バジリスタに関する品々を展示していた博物館。
天帝の権威を示すかのごとく豪華絢爛な造りだった博物館は、『緋色の旅団』による爆破で半壊してしまった。解体か再建かで揉めたようだが、結局再建することになり、目下修復作業が進められている。建物の周りには木製の足場が張り巡らされ、作業に使う道具がそこかしこに散らかっていた。
「魔鉱石、か……」
先日、ネメシアが口にした内容を思い返す。
たしかに、たった一つの爆発物でここまでの被害をもたらしたとなると、魔鉱石が使われた可能性もなくはない。が、やはりどう考えてもそれは現実的ではないだろう。わずか百グラム程度の魔鉱石でも、この国の住人が一年は生活できるほどのコストがかかる。
あり得ない、と首を左右に振ったステラは、再び治安維持機関の拠点へ向けて歩き始めた。
――『緋色の旅団』の新たな拠点では、作戦の開始に向けて念入りな打ち合わせが行われていた。
「ザクロ。例のものを打ち上げたあとは、速やかに撤退するように。そのあたりをウロウロしていると、怪しまれるおそれがあるから」
「わかりました」
ザクロの力強い返事に、アシュリーが軽く頷く。
「ガーベラ、
「ああ。彼らなら、このままうちの団員になりたいと」
「まあ、そうするしかないわよね。あとは国外へ逃げるくらいしかできないし。じゃあ、しばらくは地下へ潜らせておいて」
「了解しました」
ガーベラが恭しく頭を下げる。
「ダリアは私についてきてもらうとして、ジュリアはここを守っててちょうだい。ここが襲撃される可能性はまずないだろうけど、ここにはデージーもいるし、念のためにね」
「うん、わかった。ダリア、しっかりとアシュリーを守りなさいよ?」
「言われなくてもわかってるって」
ジュリアの言葉に唇を尖らせるダリアを見て、アシュリーがクスリと笑みをこぼす。が、すぐにキリッと凛々しい表情に戻った。
「……今日からが本当の戦いよ。手始めにハルジオンを抹殺したら、次はいよいよ天帝を狙うわ」
全員がコクリと頷く。誰の目にもいっさいの迷いはない。
「我々の自由のために。理不尽に殺された同胞たちのために」
そして、私の復讐を完遂するため。アシュリーが手を差し出し、その手の甲へダリアやジュリア、ザクロたちが次々と手を重ねていく。
「……それじゃ、行ってくるわ」
「お気をつけて」
少し心配そうなガーベラに、アシュリーはしっかりと首を縦に振る。と、そこへ――
「アシュリー様!!」
エプロン姿のまま部屋へ飛び込んできたのはデージー。そのままアシュリーのもとへ駆け寄ると、勢いよくその体へ抱きついた。
「わっ。ど、どうしたの、デージー?」
「あう~……デージーは、アシュリー様が心配なのです~……」
瞳を潤ませて見あげてくるデージーに、アシュリーはこの上ない愛おしさを感じた。夕焼けのように真っ赤な髪を優しくなでる。
「ありがとう、デージー。でも、大丈夫よ。だから、あなたも絶対にここを出ないこと。いい?」
「あうう~……」
「大丈夫だって、デージー。あたしも一緒に行くんだし。しっかりとアシュリーを守るからさ」
「うう……不安なのです。でも……でも、デージーはいい子にしているのです……」
アシュリーとダリアが顔を見あわせて苦笑いを浮かべる。まだ心配そうな顔をしていたデージーだったが、ガーベラが「さ、向こうへ行きましょ」とうまく連れていってくれた。
またデージーがぐずり始める前にと、アシュリーとダリア、ザクロは急ぎ拠点を出ることにした。
――自宅二階のリビングで読書をしていたハルジオンは、「チッ」と忌々しげに舌打ちをすると、読んでいた本を閉じて乱暴にローテーブルの上に投げた。
ソファから立ちあがり、窓のほうへ歩いていこうとして思い留まる。治安維持機関の長官やステラから、窓の近くへ近寄らぬようしつこいほど言われていたのを思いだしたのだ。
くそっ。治安維持機関の奴らめ、うっとうしい。休みの日まで自宅の周りを大勢で囲みおって……。
自宅の外から聞こえてくる、屈強な男たちの声。たまの休みに読書を楽しんでいたハルジオンは、ストレスから怒鳴り散らしたくなる衝動に駆られた。
だいたい、この俺を警護だと? 俺をいったい誰だと思っているのだ。天帝陛下の御身と居城をお守りする禁軍の司令官だぞ。テロリストごときに、おめおめとやられる俺ではないわ。
いつもなら、こんな天気のいい日はテラスで太陽の光を浴びながら読書を楽しんでいるところだ。それが、襲撃の恐れがあるからと細かく行動を制限された。ああ、忌々しいったらない。
ソファのそばで、ハルジオンは窓越しに遠くを見やった。視界に映るのは、先日テロリストに爆破され半壊したバジリスタ中央博物館。天帝の権威を示すようにそびえ立っていた博物館が、今は見る影もない。
おのれ、テロリストどもめ……。天帝陛下の権威を世界に示す博物館を爆破するなど、罰当たりにもほどがある。
ハルジオンは怒りを滲ませた顔で、拳をギュッと強く握りしめた。彼は、立派にそびえ立つ博物館の姿をテラスから眺めるのが好きだった。
あの様子では、恐らく完全にもとの姿へ戻すには相当な年月がかかるだろう。本当に、とんでもないことをしてくれたものだ。
休日だというのに、足場の上でせわしなく作業を進める職人たちの様子を視界に捉え、ハルジオンはため息をついた。
忌々しいテロリストども。中央博物館を爆破したうえに、この俺を殺害するだと? やれるならやってみるがいい。貴様らのようなネズミがいくら束になろうと、その脆弱な牙が俺に届くことはない。
ハルジオンは再びソファへ体をあずけると、天井を見あげたまま静かに目を閉じた。
――風は強いものの、不思議と寒さは感じなかった。
「ハルジオンが公休日なだけあって、警備はなかなか厳重みたいね」
「だね。自宅の周りに二重、三重の備えをしているから、あれじゃ誰も近づけないよ」
ため息まじりに話すダリアに、アシュリーが「そうね」と返す。
「でも、当初よりは警備の数が少なくなっているみたい」
「ああ、向こうはうちらが首都に入ってこれないと思ってるんだっけ」
「うん。それでも、念には念を入れてるんでしょうね。きっと、ハルジオンにもテラスに出たり、窓の近くへ行ったりしないよう念押ししていると思う」
「
「そうね。実際、近寄れないんじゃ物理的な攻撃はできないし、仮に近寄れて魔法を撃ち込めても、魔法障壁に阻まれてしまうから。ネメシアもステラも自信満々なんじゃないかしら」
アシュリーがクスリと笑う。
「……本当に、出てくると思う?」
ダリアが小声で言う。
「必ず出てくるわ」
「必ず?」
「ええ」
アシュリーの声が少し低くなる。そのときが、間もなく訪れることを知っているためだ。再度、ダリアが口を開こうとした刹那――
ドドーーーーン! っと、とてつもない炸裂音が響きわたった。街を歩いていた住人たちが思わず耳を塞ぎ、空を見やる。
ドンッ、ドドンッ、ドドンッ、と、次々と炸裂音が響く。そして、アストランティアの空には大輪の花が咲き誇った。人々が空を指さしながら口々に
「な、何だあれは!?」
「そ、空に花が咲いてる!」
「きれい……!」
人々が驚くのも無理はない。これまで、そのようなものを一度も見たことがないのだから。アストランティアの空に咲いた大輪の花。それは、アシュリーがザクロやストックたちに作らせていた花火である。
風でやや揺れる足もとを気にしつつ、アシュリーがスッと立ちあがった。
「天帝を守護する禁軍のトップが、城の周りであんなモノが打ち上げられているのを見て、気にならないはずはないわよね」
かつて、自分たちが爆破し半壊した中央博物館。修復のために組み立てられた足場の上で、作業員に扮したアシュリーは静かに弓をかまえた。真っすぐに向ける視線の先に映るのは、憎きハルジオンの屋敷。つがえた矢の先端が黒々としている。矢じりに魔鉱石を使用しているのだ。
「……祈ることすら許さないわ。ただただ……無様に死になさい」
慌てた様子でテラスに飛び出てきたハルジオンの姿を認めたアシュリーは、弓の弦を力いっぱい引き絞ると、狙いを定めて勢いよく矢を放った。
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