第6話 美少女

故郷のリエッティ村で暮らしていたころ、小さな丸い石を拾った。くすんだ小汚い石ころだったけど、形を気に入った私は毎日それを布で磨き続けた。


するとどうだろう。あんなに小汚かった石が、ツヤツヤと美しい輝きを放つようになったのである。あのときは驚くと同時に、心から感動したものだ。


そして私は今。あのときとほぼほぼ同じ驚きと感動を味わっている。


「か、かわいい……」


着替えさせたデージーを目の前にして、アシュリーが思わず嘆息する。空腹で餓死寸前だったデージーを連れ帰ったアシュリーは、食事をさせたあとすぐお風呂へ一緒に入り全身をくまなく洗ってあげた。


貧民街育ちの彼女は、普段から体を洗う習慣がなかったらしく、汚れを落とすのに相当苦労した。だが、すべての汚れが落ちたとき、アシュリーは驚愕せざるを得なかった。


デージー、とんでもない美少女である。本人は、アシュリーの服を身にまとったままおどおどとしているが、その様子がまた何とも愛おしく感じた。


「あ、あ、あの……ご飯とお風呂、ありがとうございますなのです。それに服まで……」


「いいのよ。それ、私の服だからちょっと大きすぎるわね」


身長百六十五センチほどあるアシュリーに対し、デージーは百三十センチ程度しかない。そのため、デージーはアシュリーのシャツをワンピースのように着用していた。


「それで、デージー。あなた、これからどうするつもりなの?」


「う……私はずっと貧民街で育ってきたのです……だから、あそこしか戻るところないのです……」


「……貧民街で、たった一人で暮らすの?」


「……仕方ないのです」


ベッドに腰かけたまま顔を伏せるデージー。希望の見えない未来を想像してしまったのか、小さな両肩は小刻みに震えていた。


デージーの隣に腰をおろしたアシュリーが、震える彼女の肩をそっと抱く。そのまましばし思案したアシュリーは、デージーに一つの提案をした。


「ねえ、デージー。あなたさえよければ、このまま私と一緒に暮らす?」


「え……でも、アシュリー様はエルフで、デージーはオーガなのです。それに、そんなことしてもらっても、デージーはアシュリー様に何もお返しできないのです……」


消え入りそうな声で言葉を紡ぐデージーの手を、アシュリーはそっと握った。


「そんなこと、気にしなくていいのよ。あなたがオーガなのも関係ない。それに、あなた一人くらい養えないこともないしね」


仕事は増やす必要がありそうだが。


「ほ、本当に……いいのですか? アシュリー様……?」


「うん。昼間は学園に行くから、そのあいだあなたは好きにすごしていいから。気が向いたら部屋の掃除でもしてくれたら嬉しいかも」


「う、うう……ひっく……うああああああああん……!」


感極まったのか、デージーはアシュリーに抱きついて泣き始めてしまった。ただでさえ過酷な環境で暮らしていたのに、母親まで亡くして精神的にいっぱいいっぱいだったのだろう。


「大丈夫……もう、大丈夫だからね……」


いつまでも泣き止まぬデージーを抱きしめ、安心させるように「大丈夫」とアシュリーは繰り返した。



――翌日。


「んあ? あのお嬢ちゃんと一緒に住むことになった?」


「うん」


まさかの展開に、呆れたような表情を浮かべるネメシア。餓死寸前だった貧民街の子どもを助けただけでも人がよすぎるというのに、一緒に暮らすことになるとは、とでも言わんばかりの顔だ。


今は授業と授業の合間に設けられた休憩時間。教室のなかには数えるほどしか生徒はいない。休憩時間は二十分ほどあるので、多くの生徒は食堂や中庭へ出かけてしまう。


「まあ……アシュリーがそれでいいのなら構わないんじゃないか? ただ、貧民街の住人にもオーガにもあまりいい感情を抱いていない奴も多いからな。そこは気をつけたほうがいいと思うぞ」


椅子に腰かけたまま瞳だけを動かし、周りで誰も聞き耳を立てていないことを確認したネメシアが、声を潜めてアシュリーへ忠告する。


「ああ……そう言えばオーガを中心に構成されているテロ組織もあったわね……」


「バジリスタ解放戦線だな。一月ほど前に衛兵の詰め所が爆破されたらしい。と言っても、旧詰め所だったらしく被害はほとんどなかったようだがな」


「ずいぶん詳しいわね」


「ドワーフは意外に噂と時事ネタが好きだからな。情報共有も早いのさ」


「なるほどね。それにしても、どうしてオーガがテロ組織なんて作って、しかも天帝陛下が治めるバジリスタを解放しようなんて活動してんのよ」


「お前……天才的に頭いいくせにこういう話はからっきしだな。まあ、首都の出身じゃないから仕方ないか……。本当かどうかは知らないが、もともとこの国はオーガ族が多くを占めていたんだと。千年ほど前に、天帝陛下が武威を示してバジリスタを建国し、多くのオーガは土地を去っていったのだとか」


腕を組んだまま話に耳を傾けるアシュリー。そう言えば、いつだったかそのような話を耳にした記憶がある。


「じゃあもしかして、オーガの王が治める隣のアンガス王国って……」


「ああ。そのときこの地を離れたオーガたちが建国した国、らしい。テロリストどもは、天帝陛下が祖先たちを無理やりこの地から追い払ったと思い込んでいるんだ」


「ふざけた話ね。誰よりも慈悲深い天帝陛下がそのようなことなさるはずがないわ」


ささやかな胸を張り、「ふん」と鼻を鳴らすアシュリー。


「遥か昔のことだし、本当のことは分かんねぇよな。ま、天帝陛下ならご存じなのだろうが」


と、そのとき。まだ休憩時間は残っているにもかかわらず、担任の教師ランタナが慌てた様子でバタバタと教室へ飛び込んできた。


何事かと顔を見合わせるアシュリーとネメシア。先ほどから、ネメシアと会話を続けるアシュリーを忌々しそうな目で睨みつけていたサフィニアも、怪訝な顔でランタナに視線を向ける。


教壇に立ったランタナは少しのあいだ肩で息をしていたが、やがてガバっと前を向くと、とんでもないことを口にした。


「た、たた……大変だ! て、天帝陛下が、天帝陛下が学園へ視察においでになられる!!」

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