第3話 同級生

学園の昼休み。食堂で食事を済ませたアシュリーは、教室へ戻りクラスメイトと会話に花を咲かせていた。


「それでさー、聞いておくれよアシュリ~」


肩まで伸ばしたブロンドの髪と青い瞳が印象的なエルフの少女、ダリアがアシュリーの腕に絡みつく。


「ちょっとダリア! アシュリーに甘えたってダメだからね!?」


身長に髪色、髪型、顔の造形がダリアとそっくりな少女が、腰に両手をあててダリアを睨みつける。


彼女はジュリア。ダリアとは双子である。


「はいはい、落ち着いて二人とも。いったいどうしたってのよ」


「ジュリアが昨日からずっと怒りっぱなしなんだよ~」


うるうると瞳を潤ませるダリア。


「当たり前でしょ!? 私が楽しみにしていたお菓子、勝手に食べたんだから!」


今にも噛みつきそうな勢いのジュリア。双方のあいだに挟まっているアシュリーはいい迷惑である。


「そんなことしたの、ダリア? なら、きちんと謝罪したうえで弁償しないとね。それで万事解決よ」


「謝ったし弁償もするって言ってるのに許してくれないんだよ~」


「そうなの? ジュリア、ダリアが謝罪をして弁償もすると言っているんだから、それで手を打つのが合理的な判断だと思うんだけど?」


「う……そうだけどっ! それでも、こう、感情的に難しいのよっ!」


はあ。ジュリアは少々頑固なところがあるしね。それにしても平和だわ。ええと、次の授業は……。


「おい! アシュリー!」


まったりとした空気を斬り裂くように、怒気を含んだ声が教室内に響き渡った。聞き覚えがある声に、アシュリーが眉をひそめる。


教室の入り口に仁王立ちし、アシュリーへ憎しみのこもった瞳を向けているのはクラスメイトのサフィニア。ずんぐりむっくりした体型のドワーフだ。


「はあ……。サフィニア、何か用?」


「ああ!? てめぇまさか忘れたんじゃねぇだろうな!? 今日は試験結果の発表日だろうが!」


ヒエラルキーの頂点に立つエルフに、限りなく最下部に近いドワーフが吠える。その様子を見て、ダリアとジュリアをはじめ、教室内に居たすべてのエルフが殺気立った。


が、絡まれている当の本人はというと……。


「ああ、そう言えばそうだったわね。ええ、覚えているわ」


感情的に怒鳴るサフィニアとは対照的に、アシュリーは涼しい顔をしている。


二人の約束。それは、今回の試験で点数が低かったほうが、高かったほうの命令を何でも一つ聞くというもの。


天才と評価されるアシュリー相手に分の悪い勝負ではあるが、実のところサフィニアも成績は悪くない。むしろ、学年ではトップ層に属していた。


ちなみに、サフィニアは以前からアシュリーを目の敵にしている。いつもネメシアにくっついている舎弟のような存在で、ほかのエルフには絡まないのにアシュリーにはやたらと絡むのだ。


「ならいいさ。天才だの何だの言われているが、てめぇのメッキはこの俺様が剥いでやるぜ!」


ニヤニヤと腹立たしい表情を浮かべるサフィニアに対し、今にも飛びかかりそうな雰囲気のダリアとジュリア。ケンカにならないよう、二人の襟首をアシュリーが掴んで制する。と、そこへ――


「おーい、みんなー。この前の試験結果、中庭の掲示板に貼りだされたぞー」


狼獣人のクラスメイトが口にした言葉に、教室内でまったりすごしていた生徒たちが一斉に移動を開始する。もちろん、アシュリーたちもだ。


隣を歩くちんちくりんのサフィニアをちらりと見やる。なぜかその横顔は自信に満ちあふれていた。なお、彼がこれまで試験でアシュリーより高得点をとったことは一度もない。


今回はよほど自信があるのだろう。まあ、想像はつくけど。


そんなこんなで中庭へ到着したので、アシュリーたちは掲示板の前に立ち貼りだされた試験結果に注目した。その結果は――


「くくく……ほれ見たことか! アシュリー、てめぇの点数は……へ……あ……?」


口角泡を飛ばしながら掲示板を指さしたサフィニアだったが、言葉を失いそのまま固まる。


貼りだされた紙には、【一位 五百点満点 アシュリー・クライス】と書かれていた。ちなみにサフィニアは……。


「バ、バカな……いったいどうして……? しかも、こ、この俺が三十点だとおおおおっ!?」


普段、上位の三位以内には入っていたサフィニアが、今回はたったの三十点でほぼ最下位である。地面へ膝から崩れ落ち、茫然とした表情を浮かべる。と、アシュリーは何かを思い出したように、ポンと手を打った。


「ああ、そうか。悪いけどサフィニア、あなたがすり替えていた私のペン、アレ使ってないから」


「はぁ!? あ、いや……!」


「あなた、試験が始まる直前に私のペンすり替えたよね? 時間が経てば色が消えるインクを使ったペンに」


「……!!」


「答案用紙に名前書いた時点で気づいたから、そのあとすぐあなたのペンともう一度すり替えたのよ」


「……は??」


こいつは何を言っているんだ、と言わんばかりの呆然とした表情を浮かべるサフィニア。


「ほら、あなた私の前の席でしょ。で、試験始まってすぐに消しゴム落としたわよね? あのとき、あなたが消しゴムを拾おうとしたときすり替えたのよ」


「はあああああああああ!?」


その結果、最初に解いた問題以外の全回答が、消失することになったのである。まさに自業自得。


「そんな……そんな……」


ワナワナと全身を震わせるサフィニアの前に、ダリアとジュリアが腕組みをして立ちはだかる。


「おいこら、このクソドワーフが……てめぇ自分が何やってくれたか分かってんだろうな?」


友だちに卑怯な手を使われ、怒りのあまり言葉遣いが悪くなるダリア。ジュリアも黙ったままサフィニアを睨みつけている。


「い、いや……あ……」


すっかり涙目のサフィニア。と、そこへ――


「アシュリー! サフィニア!」


中庭の人混みをかき分けてやってきたのは、国一番の怪力ではないかと言われるドワーフのネメシア。


「ネ、ネメシアの兄貴~!」


「うるせぇ、誰が兄貴だこのバカ!」


岩のように硬そうなゲンコツをサフィニアの頭へ落とす。ゴキンッ、と鈍い音が中庭一帯に響きわたり、サフィニアは頭を抱えて悶絶した。


「すまん、アシュリー。何となく話は聞いた。こいつがやったことは卑怯でどうしようもないことだが、ここは俺に免じて許してやってくれねぇか」


「はぁ……? 何をバカなこ――」


「いいわよ」


即座に拒否しようとしたジュリアの言葉を遮り、アシュリーがひらひらと手を振る。


「別に実害はなかったわけだしね。ただ、できれば今後は感情的になって突っかかってくるのはやめてほしいわ。面倒だし」


呆れた顔でサフィニアを見やる。一方、ジュリアやダリアはまだ不満そうだ。


「ああ、助かる。こんな奴でも同胞だし同郷でもあるしな……」


すまなかった、ともう一度頭を下げたネメシアは、丸太のような太い腕をサフィニアの首へ回すと、そのままずるずると引きずりながらその場から去っていった。

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