[KAC20241]ストーンブックの行方は誰にもわからない?〜異世界オークション〜

のりのりの

ガベルには……

 ガベルには三分以内にやらなければならないことがあった。


 十秒……。


 二十秒……。


 年代物の砂時計の砂が、サラサラとなめらかに落ちて時間の経過を告げている。

 この砂が完全に落ちきってしまえば、三分が経過したことになるのだ。


 その最後の一粒が落ちる直前に、ガベルは己の役目を果たすべく行動する。

 今は全神経を研ぎ澄ませ、来るべきときに備えて待機中だ。


 沈黙と緊迫に支配された重々しい会場の空気。

 咳はもちろん、呼吸することすらはばかれるこのぴんと張り詰めた独特な空気が、ガベルは大好きだった。


 己の正体を華美な仮面で隠し、豪奢な仮面に負けじと綺羅びやかに着飾った多くの貴人が、じりじりとした時間経過を共有する。

 祭りのときのように豪華に、派手に着飾った人々に、ガベルは少しばかり辟易していた。

 滑稽な茶番劇の登場人物のようにも思える。

 もちろん、大事なお客様に、己の内心を悟られてはいけない。


 観衆の細かな表情と思惑は、顔を覆う個性的で奇抜なデザインの仮面によって、巧妙に隠されている。


 だが、この会場が誕生したと同時にこの役目を仰せつかったガベルには、ここに集う人々の心が手に取るようにわかっていた。


 みな魔法がかかったかのように身体を硬直させ、瞬きすることも忘れ、ガベルが動くのを今か、いつかと待ちわびている。


 ガベルが見守る先には、この場の主役がスポットライトを浴びて静かに鎮座している。


 世にも珍しく、高価なものを手に入れたいと願う人々が集うザルダーズのオークションハウスは、終盤にさしかかり、異様な熱気と静寂に包まれていた。


 *****


 いまからほんの十数分前……。



「皆様……お待たせしました! 本日、最後の品でございます!」


 というトリを飾るベテラン競売人――オークショニア――の滔々とした口上と共に、主役が会場の舞台へとやってくる。


「こちら……。某帝国にて、デビューしたての幼い冒険者たちが、古代遺跡にて発見した世にも貴重な『ストーンブック』でございます!」


 会場に押し殺したざわめきが広がる。


 ダン! ダン!


 シワ一つ無い燕尾服を隙なく着こなしたオークショニアは、年代物の木槌を高く振り上げ、これまた年代物のサウンドブロックに二度、強く叩きつける。

 参加者たちの注目を集めるため、緩んだ会場の空気を引き締めるために、オークショニアは木槌をふるう。

 

 会場の隅々にまで響き渡る高らかな乾いた音に、着飾った人々は、夢から覚めたかのようにはっと息を呑んだ。


 ダン!


 そして、最後にもう一度、木槌の音が高らかに鳴り響く。

 その音に導かれ、全員の視線が舞台に集まった。


 ビロードの生地の上には、石でできた本……いや、本の石彫が鎮座していた。


「こちら……まるで本物の本のようではありますが、間違いなく、石でできたものでございます。石の種類は鑑定の結果、世にも珍しい代理石と判明いたしました。魔力も微量ながら含有しており、間違いなく、用途不明の古代遺品になります」


 静かなざわめきが、驚きとなって波紋のように広がっていく。

 ここに集う人々に『代理石』がどのようなものであるか、いかに貴重な石であるか、という説明は不要だろう。

 場がしらけるだけだ。


「まあ、あの貴重な代理石ですって!」

「見たこともない古代遺品だ!」

「なんて、緻密で精巧な彫刻なの……」


 今日、この場に集った貴人たちは、声を潜めてさわさわと囁きあう。


「魔石や宝玉が使用されていたら、もっと素晴らしいものとなったのに……」

「ええ。残念ですわ……」

「なにに使用したのかしら?」

「石ということは、普通の本よりも重いのかしら?」


 パートナーと共に参加した者たちは、競売人の解説を聞きながら、舞台に華々しく登場した出品物の品定めを愉しむ。


 口元を扇や手で上品に隠しながら、マナー違反とならないギリギリの声量で感想を早口で語り合う。

 この緊張……スリルがたまらないと、参加者たちは口を揃えて言う。


 隣人にしか聞こえない声での会話も、この会場の支配者でもあるガベルの耳は、ひとつも漏らさずしっかりと捕らえている。


「ご覧の通り……見た目はリアルな本でございますが、モノは石彫でございます。よって、残念ながらページをめくることはできません」


(そんな当たり前のことを有り難く説明するのもなぁ……)


 ガベルは競売人のセリフに呆れ返ってしまったが、なぜか参加者たちは感銘をうけたようだ。


 人々の『ストーンブック』を見る目が、さらに熱いものへと変わっていく。


「まあ……」

「あれが石彫だなんて……」

「とても信じられませんわ」


 なんともチョロい参加者たちだ。

 カモだ。

 カモが鍋をかぶって、ネギをしょっている幻影がガベルには見えた。


「表紙に超古代語のタイトルが刻まれておりますが、解読は困難。本に何が書かれているのかもわかりません。また、厳粛な鑑定の結果、石板でもないと判明しております。こちら、世界が誇る五賢者の古代遺品であることを証明する鑑定書つきとなっております。これぞ、まさしく『ストーンブック』でございます!」


 最後のトリを飾るベテラン競売人は、実に絶妙な間をおきながら、巧妙な語りで観衆を魅了していく。


 ザルダーズのオークションハウス内では、魔法で聴衆を操作することは禁じられている。

 だが、わざわざ魔法などを使わずとも、声の抑揚、間、語る内容によって、オークショニアは人々の心を意のままに操ることができる。


「こちらはだだの古代遺品ではありません!」


 オークショニア説明に熱が籠もる。

 この口上が、これからの入札に影響してくるのだから、自然と力も入るだろう。


「全世界の注目を浴びる幼き冒険者たちが、はじめてのダンジョン探検で発見した、貴重な本物の古代遺品です! ビギナーズラックつきの縁起物! 一生に一度しかない、はじめてのダンジョン探検で発見された、またとない逸品でございます!」


「まあ! はじめてのダンジョン探検で、こんなに貴重なモノを発見できるなんて!」

「なんて、ラッキーな冒険者なんだ!」

「その幸運にあやかりたいものだ」


 オークショニアによって提示された付加価値に、会場内が再びざわめく。


「それでは、オークションを開始いたします!」


 ダン! ダン!


(読めない本など、誰が落札しようというのだろうか……)


 最初、ガベルはそう思っていた。


 だが、この広い世の中には、奇妙なモノを欲しがる奇妙な者がいる。

 ザルダーズはそのような人々に娯楽を提供することで、収益を得ていた。


 競売人がおごそかに入札開始を告げると、恐るべきことに、本日最高のペースで金額が跳ね上がっていったのである……。


 *****


「100」

「150」

「500」

「800」

「850」

「1000」


 無数のパドル――オークション入札時にに必要とされる参加証もかねた札――が忙しく上がったり、下がったりしたが、時間の経過とともに、数字がかかれた札の動きが緩慢になっていく。


「1500」


「……お――っ! 本日最高価格の1500万Gの値段が、そちらの『黄金に輝く美青年』によって提示されました」


 人々の好奇な視線が、38と書かれたパドルを掲げている若者へと集まる。


 仮面で顔が隠れているというのに、どうして、『黄金に輝く美青年』が美青年だとわかるのだろうか、とガベルはいつも思う。


 だが、オークションの独特の熱気に酔いしれている参加者たちは、そんな当たり前のことにも気づけない。


 競売人が告げたように、仮面の若者が美青年だと信じ切っている。


 最高額を提示した『黄金に輝く美青年』だが、美青年と呼ばれても全く動揺しないところをみると、普段からそう言われているのだろう。


 金髪の美青年はあっぱれなほど堂々としていた。

 周囲の突き刺さるような視線をものともせず、ただ静かに時が流れるのを待っている。


 黄金に輝く……と形容された金髪の美青年は鳥の顔を連想するようなデザインの仮面をつけていた。

 自前で仮面を用意する参加者が多い中、この金髪の若者は、受付で販売されているザルダーズが用意した仮面をつけていた。


 はっきりいって、ぼったくりな値段なのだが、ここに参加する者たちにとっては、『はした金』でしかないのだろう。


 豪華絢爛な装いが多い中、この若者の服装は簡素で装飾も実用範囲のレベルに留まっている。


 悠然と椅子に腰かけ、前方をきりりと見据え、パドルを真っ直ぐに掲げている。

 地味ななりをしているが、パドルを持つ手は美しく、指の先まで手入れが行き届いていることがわかる。


 大男ではないのだが、足はすらりと長く、背も高そうだ。

 服の上からでもわかる。オークションに登場してきた数々の彫像のような均整のとれた体型をしているにちがいない。

 その姿は堂々としており、王者の風格が自然とにじみ出ている。


 若者の周囲にいる者のくちから「ほうっ」という、夢見るようなため息がこぼれ落ちる。


 1000万Gのパドルを掲げていた老人が、軽く首を左右に動かしながら、札を下ろした。

 深いシワが刻まれた口元には、苦笑めいた笑みが浮かんでいる。

 豹の仮面を被ったこの老人は、オークションの常連だ。主に古代遺品を落札しているので、今回も彼が……と思ったのだが、突如あらわれた強敵の前に、老いた豹は敗れ去ったようである。


「1500! 1500! でよろしいでしょうか!」


 砂時計の砂が残りわずかとなり、オークショニアが最後の確認をする。


「では……」


 オークショニアが木槌に手を伸ばしかけたとき、凛とした声が静寂を打ち破った。


「5000」


 サヨナキドリのような澄んだ美しい声と、ルールを無視した金額の提示に、会場が異様な驚きに包まれる。


「ごっ……5000がでましたっ!」

「5500」


 鳥仮面の青年が、滔々とした声で次の値段を告げる。


「10000」


 会場がしん、と静まり返る。


(なんだって……)


 さすがのオークショニアも口をあんぐりと開けてしまい、次の言葉がでてこない。


(たかが石の本に10000万Gを支払うだと?)


 久々に驚いてしまった。

 袖下に控えているスタッフたちも慌てふためいている。


 今まで様々な入札を見守ってきたが、たまにいるのだ。

 こういう空気を読まないルール無視のトンデモナイ奴が。


(鳥仮面の青年は運が悪い……)


 ガベルはため息をつく。

 

 59番のパドルを軽く持ち上げている参加者は、見目麗しく、まだうら若き貴婦人とくれば、誰もが驚くだろう。

 たおやかな見た目に反し、なかなかの胆力の持ち主のようだ。


「なんと! 我らの前に光の女神が降臨されました! さあ、麗しき女神に続く勇敢なる勇者様はいらっしゃいませんか?」


 オークショニアの美辞は決して誇張ではないだろう。


 仮面に隠れて容貌を確かめることなどできるはずもないが、顔の形、通った鼻筋、優雅な口元、シャープな顎といったパーツは間違いなく整っており、とても美しい形をなしている。


 輝くような黄金色の金髪を綺麗に編み上げ、宝玉がはめ込まれた髪飾りで留めている。

 あの髪飾り……小ぶりではあったが、透かし彫りの技術、はめ込まれた宝玉の美しさからして、相当な値打ちモノである。


 また、身にまとっている肌の露出が少ない碧色のドレスは、他の参加者に比べて大胆さはない。


 襟元や胸元、袖や裾の部分などは同色の刺繍と細やかなレースで飾られ、優雅なシルエットを描いている。

 あのレースだけをとっても、王侯貴族御用達レベルのものだ。


 ところどころにはエメラルドを加工したスパンコールやビーズが縫い付けられているらしく、キラキラと輝きを放っていた。


 最高級の銀白狼の毛皮をゆったりとまとい、金糸と銀糸の刺繍がほどこされた絹の扇をパドルを持たない方の手で構え、優雅にあおいでいる。


 服が輝いているのか、髪が輝いているのか、それとも、貴婦人自身が輝きを放っているのかわからない。


 偶然なのか、必然なのか、こちらの貴婦人も鳥をモチーフとした仮面をつけていた。


(長生きはしてみるものだ……)


 ガベルは驚愕の眼差しを貴婦人と若者へと向ける。


 付き人もつけず、このような珍妙な品に迷いもみせずに高額をふっかける人物が、ふたりも一般席に紛れ込んでいた。それだけでも驚くには十分すぎる。


 どちらもお忍びの体を装っているようだが、貴人ばかりが集うなかで、他者を押さえてさらにひときわ眩い輝きを放っているということは、大国の王族、公爵クラスの人物なのだろう。


(よくも、最後の、最後の瞬間まで、己の気配を消せていたものだ)


 ガベルは目も眩むような高価なモノ、ため息がこぼれ落ちるほど素晴らしい芸術品……今までに様々な品物に触れ、感化されつづけた。


 世界に一つ、世にも珍しいもの、高価のものを求めてやまない高貴で好奇な参加者を見守り続けていた。

 なので、それなりに目が肥え、鼻が利くようになっていたつもりだが、まだ、まだ世の中には上の存在があるということだ。


 ガベルはふたりの貴人に、内心で惜しみない拍手を贈る。


 その間にも時間は流れていく。


「10000! 10000万G!」


 人々の視線が38のパドルを所持している鳥仮面の青年へと注がれる。

 彼の次なる選択を、人々はじっと待つ。


 十秒……。


 二十秒……。


 三十秒……。


 一分……。


「残り一分をきりました! みなさま、よろしいでしょうか?」


 ザルダーズのオークションルールは、入札価格が提示され、三分以内に次の価格が提示されない場合、最終入札者が落札者となる。


 麗しの貴婦人が10000万Gと歌うように宣言してから二分が経過し、残り一分となったとき……。


 鳥仮面の青年はゆっくりとパドルを下ろし、大仰な動作で肩をすくめてみせる。


「よろしいですか?」


 緊迫した時間が流れる。


 残り三十秒……。


 二十秒……。


 十秒……。


 呼吸音ひとつ聞こえない会場内だが、参加者の心はひとつにまとまり、心のなかだけでカウントダウンをはじめる。


 五、四、三……にい……いち……。


 ガン! ガン! ガン!


 高く掲げられた木槌が勢いよく振り下ろされ、打撃板を鳴らした。


 止まっていた時が再び動き出す。


「みなさま! こちらの『ストーンブック』は黄金に輝く麗しの女神によって10000万Gにて落札されました!」


 オークショニアの終了宣言と同時に、拍手が沸き起こる。

 カランカランと、終了の鐘も鳴った。


 舞台の袖や裏、壁際に控えていたオークションスタッフが動き始める。


 最後の出品物が舞台の袖の方へと消えていき、隣室へと続く扉が一斉に開け放たれた。


 オークションに参加していた人々が椅子から立ち上がり、和やかに会話を交わしながら扉の方へと移動していく。


 世界最高級と謳われるザルダーズのオークションは、会場、スタッフ、参加者、出品物のなにもかもが一流で、エレガントにプログラムがすすめられていく。


 扉の向こうに続く隣室にはビュッフェスタイルの軽食の場が設けられている。

 事後の手続きが整うまでの間、参加者たちはオークションの余韻をここで愉しむという流れになっているのだ。


 *****


 その日の夜中。


 最後に大番狂わせが起こったものの、その後はいつも通りの手順でオークションは滞り無く終了した。


「ガベル……お疲れさん」

「お疲れさま」


 ガベルと彼の相棒は互いの仕事を労いあう。

 仕事が終わり、身ぎれいになったふたりはニヤリと笑みを交わす。


 この充実感。

 満足な働きができた喜びをわかちあえる相棒がいるという喜び。


 この幸せな瞬間をいつまでも、何度でも味わいたい……とガベルは思う。

 おそらく、ガベルの相棒もそう思っているだろう。


 ザルダーズの立ち上げ時期に知り合った相棒とは、とても長いつきあいになる。


 相棒がいなくては、この仕事はなりたたないだろう。

 世界で唯一無二のパートナーだ。

 軽口を叩きあうこともあるが、互いに尊敬しあう仲だ。


「今日も無事にオークションが終了したな」


 ガベルの言葉に、相棒がすぐさま同意する。


「ああ……。あの、トンデモナイ『黄金に輝く麗しの女神』様にはちょっと驚いたが、ちゃんと品物の取引も終了したそうだぜ」

「そうか」

「驚いたことに、現金を受付でぽーんと払って、その場で落札品を小脇に抱えて帰ったそうだぜ」

「それはまた……大胆な」


 10000万Gという大金を提示して、『ストーンブック』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』は、オークションが終了するやいなや、落札料金を大金貨で払ってしまうと、その場で出品物を受け取ったという。


 配送も可能だと告げるオークション職員を振り切って、『黄金に輝く麗しの女神』は、『ストーンブック』をまるで、本物の本のように脇に抱えて、立ち去ったのだ。


 受付スタッフやドアマンは、ビュッフェにも立ち寄るように勧めたのだが、


「門限がありますの。早く帰らないと、わたくし怒られてしまいますのよ」


 と、彼女は特に慌てた風もなく、口元をほころばせ、天上の微笑みをオークションスタッフに向ける。

 その眩しい微笑にスタッフがひるんだすきをついて、『黄金に輝く麗しの女神』はオークションハウスを退出したという。


 本当に門限があるのか、たんに、オークション参加者たちとの交流を嫌がっただけなのかはわからない。


 もともとザルダーズのオークションは匿名性の確かさとスタッフの口の堅さをウリにしている。

 それが多くの貴人たちに支持され、大きく成長したのだ。

 なので『黄金に輝く麗しの女神』や『黄金に輝く美青年』が何者なのか……は詮索してはいけないルールであった。


 ザルダーズが用意している仮面をつける参加者は、特に、己の身分を詮索されるのを嫌う傾向にある。

 あるいは、目当ての商品を求めて、やむなく参加したとか……。


 想像するのは自由だが、事実も憶測も口にだすことは……スタッフには許されていない。


 『黄金に輝く麗しの女神』は早々に会場を後にしたが、また『黄金に輝く美青年』もオークションが終了した頃には姿が見えなくなっていたという。


 彼を狙っていた貴人たちは、とても残念がっていたそうだ。


 護衛もつけず、大金を持ち歩き、10000万Gの落札商品を小脇に抱えるという無用心さに、オークション職員は内心、呆れ返ってしまったが、干渉する権限はない。


 オークションが終了すれば、そこで縁が切れる。

 出品物の追跡も許されていない。

 落札者が公開しない限り、品物はどこぞの世界の何処かへと消えていく。


「……石彫の本だよな? 重くないのか?」

「そんな風には見えなかったみたいだぜ」


 ガベルの相棒はなかなかの情報通だ。

 いつも一緒にいるというのに、どうして、所持している情報に違いが発生してくるのだろうか。

 不思議でならない。


「今回もあの『ストーンブック』はどこかに消えてしまうんだろうな……」

「そんなに心配するもんじゃない。世間の目から消えてしまうだけだ。なにも、廃棄処分されるわけじゃない」

「わかっている」


 あの『黄金に輝く麗しの女神』なら、『ストーンブック』の正体に気づいて、正しい使い方をしてくれるだろう。

 もしかしたら、その方法を知っていて、落札したのかもしれない。


「オレたちは与えられた使命を理解し、やることをきちんとやればいいだけさ」

「そのとおりだけど……」


 オークションが終わった夜はいつもこんな気分になる。

 落札された品物たちが……大切に扱われるだろうか、不当な扱いをされないだろうか、正しく使われるだろうか……。


 ガベルはそれが気になって仕方がない。


「案外、そこらの図書館の棚に収蔵されてたりするもんだぜ」


 アクビを噛み殺しながらガベルの相棒――打撃板――は、カラカラと笑い声をあげる。


 長年使われ、高貴な気配を放つ人々と接し、不思議な力を宿した云われのある品々と触れ合った結果、サウンドブロックとガベルもまた意思を持つモノへと変化していた。


「次のオークションは1か月後だ。そのときは、またよろしく頼むぜ、相棒! オマエ以外のヤツとはやりたくないからな」

「ああ。任せろ。相棒! それは俺だって同じだ」


 時を共に過ごしてきたオークション用の木槌――ガベル――は、返事と共に相棒の打撃板――サウンドブロック――を軽くつつく。


 『ストーンブック』の行方を気にしながら、ふたりは出番となる日まで、収納箱の中で眠り続けるのであった。


(終わり)

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