英雄伝記

みみくろん

プロローグ

太陽が光り輝き、花や草は風に揺れ踊る。

蝶や鳥は楽しそうに青空を舞い、それは日常と思える程に平和が続いていた。


 国名 ヒュドール王国。別名『火の国』

"火"を中心とした舞踏や芸当が多い事からそう名付けられた。

 そして、火の古龍"イグニスヴール"を崇拝している事も由来の一つであろう。


 ヒュードル王国のとある一軒家から、少年が飛び出した。


「気をつけるのよ!ユーディアル!」


 ユーディアル。そう呼ばれた少年は返事もせずに駆けた。今日は親友であるアゲットと共に、火炎舞踏を見る約束をした日だ。


「遅いぞ!ユーディアル!」


 そう声を発したのは、約束を交わしたの親友アゲット。ユーディアルよりも遥かに体格がしっかりとしているが、それはオーガと呼ばれる種族の血を引いているからであろう。


「ごめんごめん...!少し準備に手間取って」


 そう話すユーディアルは申し訳無さそうな顔を向ける。アゲットは溜息をついた後、笑顔を戻してユーディアルの手を掴んだ。


「ほら!もう始まっちゃうぞ!」


 アゲットはその手を引きながら走る。着いた頃にはステージを囲む人々が各々に私語を放っていた。騒々しいその集団の中を二人は突き進み、何とかステージ最前列まで辿り着く。


「楽しみだな!ユーディアル!」


 アゲットはそう笑顔で放つ。ユーディアルは頷いて、その言葉に返した


「うん!すごく──」


 言い終わる前に、周りの観客が ワッ! っと声を上げた。二人はステージを見る。そこには燃え盛る炎の中、踊り舞う 衝撃的な画があった。


「すごい...火傷しないのかな?」


 ユーディアルは疑問を零す。アゲットはニッと笑い得意気に話した。


「踊ってるのは火を浴びても火傷しない皮膚を持つリザードンマンだからな!」


「へぇ...凄いっ!」


 アゲットの言葉に、ユーディアルは感激した様子で目を輝かせる。熱気が観客席にまで襲いかかる様な舞に、人々は釘付けになる。それは最前列の二人も同様に



───だが、そんな楽しい時間は次の瞬間打ち砕かれた。



 野太い咆哮が響く。そして、ステージは木っ端微塵に破壊された。

 破壊を成した影は降り立った。巨大な翼を持ち、鱗を輝かせる魔獣──


「──り、龍だ...ッ!!!!」


 そんな絶望的な言葉を合図に、観客は悲鳴を上げながら逃げ走る。龍はその騒ぎ様に刺激されたのか、怒り狂う。


 逃げ惑う観客の中に二人は居た。息を切らし乍も、とにかく遠くへ、遠くへ走った。やがて見えてきたのは、ユーディアルの家だった。


「僕の家に逃げよう!アゲット!!」


 その言葉を返す余裕は無いのか返事は聞こえなかった。だが、同じ方向に向かって走るアゲットを見れば 同意している事は感じられた。

 しばらく走れば家に着く。勢い良く扉を開き、そして閉じた。ゼェゼェと肩で息をし、家に着いた事による安心感に二人は涙を浮かべた。


「どうしたんだ!?ユーディアル!」


 そんな普通では無い様子の二人に駆け寄るのは、ユーディアルの父"ルーカス"だった。

 ルーカスは国直属の騎士 故に、ユーディアルは父にしがみつき助けを求める。


「お父さん...っ、街に、龍がッ!」


 それを聞き入ったルーカスは少し驚いた後、顔を顰める。


「...逃げるぞ、ユーディアル」


 龍は魔獣の中で最も強靱な力を持つとして名高い(良い意味では無いが)。それはユーディアルも分かっていた。懸命な父の判断に頷き、アゲットの方を向く。

 だが、アゲットの様子が何か変だった。窓の外を見て固まっている。釣られてその目線の先を追えば、そこに絶望があった。


 そこには龍が居た。何故此処まで来たのだろうか、それは恐らくユーディアルの魔力に引き寄せられたのだろう。

 ユーディアルは世界で最も珍しい属性とされる『陽』。全属性の魔法を扱える、大変質の良い魔力だ。そのせいで、魔物に襲われ易くなるという欠点があるが。それが今 最悪な状況を呼び起こしていた。


 龍は咆哮すれば、意図も簡単に前足で家を半壊にする。


「うわあああああああああ!!!!!!」


 そんな恐怖に耐えられる筈も無く、少年二人は叫んだ。ルーカスは咄嗟に二人の前に出、ユーディアルの母であるオリビアは 背後から二人を抱き締め包む。


「父さんが気を引かせておくから、逃げるんだ!!いいな?」


 顔を向けず、そう声を上げたルーカスは剣を抜いた。龍は前足の爪をルーカスに振るが、ルーカスはそれを剣でいなす。


「さぁ!!!早く!!!!」


 それを合図に、三人は走った。オリビアは二人の手を掴み乍、二人はその手に引かれ乍 兎に角走った。


 ある程度進めば、三人は足を止め 走って来た道を振り向く。追う影は無く、居るのは三人のみで、息を切らす音のみがこの場に響いていた。


「...ねぇ、父さんは?父さんはまだなの?」


 ユーディアルは母、オリビアに問う。オリビアは悔しそうな顔を一瞬浮かべ、そして次は柔らかい笑顔に変えた。


「大丈夫...お父さんはもうすぐ来るから、大丈夫よ」


 優しく我が子を撫でる。ユーディアルは勘づいていた。龍を倒せるのはこの世でほんのひと握り。"英雄"と呼ばれる者のみである。

 きっともう父さんは...だが子供がそんな事実を受け入れられる筈も無く、オリビアの甘い言葉 期待に縋り付き父を待った。


 だが、やって来たのは父では無かった。ユーディアルの魔力を追った、巨大な龍が降りて来たのだ。

 龍は見せ付けと言う様に、何かを三人の前に落とす。それは上半身だった。ユーディアルの父、ルーカスの───


「ぁぁああああああああ!!!!!!!!!」


 悲惨な光景に悲痛な声を上げる。信じたく無い事実が目の前に落ちていた。怒りと悲しみの混じった涙が、ボロボロと溢れ そんな様子を龍は楽しそうに見つめていた。


『ニンゲンよ...非力なニンゲンよ、悔しいか?我々が憎いか?』


 龍は語り掛ける。それはユーディアルのみに聞こえる声であり、ユーディアルはそんな言葉を聞き入れられる様な余裕は無かった。

 龍はそんな様子を理解しつつ、独り言に近い煽りを放った。


『それは貴様が弱いせいだ。貴様が非力なせいだ。ニンゲンよ、非力なニンゲンよ。哀れ哀れ...哀れであるな』


 愉快に笑う。龍が次に目を付けたのは、オリビアであった。

 龍を前にしても子供二人を守ろうと抱き締めているオリビアは、無慈悲にも簡単に龍につまみ上げられた


「嫌ァァァァァァァ!!!!!!」


 オリビアは叫ぶ。その叫び声にようやく、ユーディアルは顔を上げた。

 母であるオリビアが今にも捻り潰されそうな様子にユーディアルは固まった。幼いユーディアルにとって、これはあまりにも過酷。否、過酷すぎる試練であった。


「ユーディアル!!!!おい!どうにかしてくれよ!!なぁ!!!」


 混乱しているアゲットはユーディアルの肩を揺らし急かす。ユーディアルはそれでも目の前の状況に目が離せず、体は金縛りに会った様に動かなかった。


 あぁ、母 オリビアの体が軋んでいる。今にも折れそうだ、今にも。オリビアは必死にもがき、苦しそうな声を漏らしている。

 何とかしないと、何とかしないと、何とかしないと。止めないと、逃げないと、止めないと、止めないと止めないと止めないと止めないと止めないと。


 整理の付かぬ頭。次に目に入ったのは、母オリビアが骨を折り ぐったりと息絶えた様子だった。



───殺らないと。



 一つの言葉が頭を支配する。ユーディアルの手は龍の方向を向いていた。


「──𝔡𝔯𝔞𝔤𝔬𝔫 𝔨𝔦𝔩𝔩𝔢𝔯」


 呪文を放つ。そんな魔法は存在しない、故に彼独自の魔術。

 手から放たれたのは、巨大な青白い光線。常人では放てない大きさの光線は、ユーディアルであったから成し得るのだろう。

 光線は龍、母諸共消し飛ばした。轟音と共に周辺の地面は揺れる。風圧により傍に居たアゲットは飛ばされた。

 しばらくすればその光線は止まり、同時にユーディアルは気を失い倒れ伏せた。


「──ッ!?ユーディアル!!!」


 アゲットは駆け寄りユーディアルを揺らす。そして顔を上げ、龍の居た場所を見た。

 そこには、地面が抉られただけの残骸だけがあり、他は何も残っていなかった。


 死骸も、母 オリビアや、父 ルーカスの残骸すら、何もかも───







 天気が良く 太陽がさんさんと光を注いでいる日。何も無いごく普通の日だった。


「ユーディアル...なぁ、」


 すっかり修繕され、元に戻った彼の家。その扉の前で声を掛けているのはアゲットであった。


 あの日、ユーディアルは英雄となった。龍を消し去り、国から脅威を取り除いた英雄として称えられたのだ。

 だが、彼はそれを良しとしなかった。あの日以来、アゲットはユーディアルが家を出た様子を見ていない。


「ユーディアル...お前が居なかったらもっと死人が出てたんだ。なぁ、ユーディアル。」


 あの日から何年も時が経ち、今ではもう青年と呼べる程まで成長したアゲット。ドンドンと扉を叩き、反応を伺う。


「...帰ってくれ、アゲット。」


 ようやく返事がした。生きてはいる様だ。アゲットは毎日彼の家に来ては生存確認兼、外へ出るよう促す事をしていた。


「ユーディアル...!いつまであの日の事を引き摺ってるんだよ、頼むから外に出てくれ」


「五月蝿い!!早く...早く行ってくれ」


 アゲットは少し残念そうな表情を浮かべた後、踵を返した。




「こんなんじゃ駄目だ...もう二度と、死者を出さない。もう二度と、あんな事にッ」


 一人青年の声と共に、空を切る音が響く。一人の青年はユーディアルであり、ユーディアルはあの日以来 毎日素振りをし身体を鍛え抜いていた。それはあの日の後悔と、自身への怒りがそうさせていたのだ。


「二度と...もう二度と!!!!」


 一人葛藤する声が、一つの家に霧散した。






これは、英雄 ユーディアルの葛藤。


これは、他 英雄達の足跡。


あの日の地獄は この話に収まっている。


さぁ、開こうか 地獄の世界大戦


『大戦争 デゼスプワール』の、英雄伝記を



デゼスプワール英雄伝記──開幕──

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