枝葉 その8

 時も場所も選ばず往々にして発される彼の圧倒的な存在感は、こと仕事においては大いに役立つが、裏を返せば、人目を忍んで行動することがほぼ不可能であると言わざるを得ない。


 尾崎が抱える大きな弱点にして、小さな悩みの一つであった。




 この場においても例外ではなく、方々から視線が飛んでくる。

 それらに深い意味はないと分かっていながらも、尾崎は自らの身分や立場を考えると、耐え難い痛みを感じずにはいられなかった。


 東京都行方不明者捜索の会。

 尾崎を出迎えたのは、会長を務める岸だった。


「ああ、尾崎さん。お待ちしてました。しばらく振りですね」


「どうも」小さな会釈と同時に返す。


 とある雑居ビルの一フロアは、彼が最後に訪れた時と寸分変わっておらず、背の低いパーティションで区切られた安っぽいオフィスのような内装のままだった。


「どうぞ奥へ。お茶をご用意しますね」


「お構いなく」




「何か、情報はありませんか」


「いいえ。心苦しいですが、今もって沙織さんについては……」


 久方振りではあったものの、もう何度目かも分からないやり取りが応接間で交わされる。


 決して比較するわけではないが、日本警察ですら足取りを掴めていないものを、民間団体が新たに発見するのは現実的に至難である。


 故に、尾崎はこの回答も想定のうちであった。




 切り替えの利きにくいギアを強引に動かし、何とか今回の訪問の経緯を説明する為の心を作る。


「先日の上野公園の事件のニュースは、ご覧になられましたか」


 岸はややあって、「ええ」と答える。


「酷い事件ですよね。尾崎さんのご担当なんですか?」


 このフロアで尾崎が警視庁の警部であることを知っているのは、彼女ただ一人である。




 尾崎が初めてここを訪れた時、彼は自らの立場を明かし、その力を以て全面協力の姿勢を取るつもりであった。


 ところが岸は「要らぬ軋轢を生まない為」と言い、尾崎の進言をきっぱりと断った。


 後に、少しばかり冷静さを取り戻した彼は岸の真意を汲み取り、以降、あくまで内密で、個人的な協力関係を持ちかけたのだった。




「ええ。胸糞の悪くなる事件です。今日はその件で伺いました。いくつか情報を交換しませんか」

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