第29話 ないとなう! とは(22)ライヒ市民の魂

 トリニトロトルエンによる爆発が続く。

 力押しできた魔王軍は、ライヒを守る城壁に触れる事すらできず、怒声を上げて戸惑っているようだ。


 その騒ぎは、騎士団の方にも当然届いた。

 未明から、魔王軍が突撃してきた事は知っていたが、相変わらず、自分たちには出撃命令が来ない。

 それなのに、大爆発が連続で起こったと思っていたら、なんと。

 市民達が、シュタイン姉弟と、染め物業者中心に、魔族を押し返す作戦を実行し始めたのである。

 唖然としていたが、命令を半ば無視し、騎士達は、城壁の上に登って、爆発の煙に覆われた砂漠の惨状を確認した。

 一般に、生活魔法と呼ばれる、洗濯や掃除に使う程度の魔法でも、大量のトリニトロトルエンを使えばこれぐらいの爆発は起こすことが出来るらしい。


 ブービートラップとしてあらかじめ、爆発物を地面に埋めておき、魔法を用いて城壁から起爆させているのだ。

 それを、シュルナウとライヒの貴族の騎士達は見届けた。


 体格で上回る魔獣や魔物達が、強気に、ブービートラップを踏み越えようとするが、なかなかうまくはいかない。簡単に吹き飛ばされてしまう。


 だが、魔王軍は、予想以上の数で攻め寄せてくる。地面に埋めていたトリニトロトルエンにも限りがあるし、日頃、掃除洗濯ぐらいにしか魔法を使わない業者達にも疲労が出てくる。


「もう、地雷が持たないかもしれないわ。作戦Bに移行した方がいい」

 城壁の上から指揮を取っているテオに、ローゼが進言した。

「そうだな、姉さん……ここから先が正念場だ」


 最初の地雷原爆発で、魔王軍の魔獣達は1/3ほど減らし、彼らの戦意も大分そいでいる。テオはそう読んだ。


 作戦B。ここから先は、洗濯業者や掃除業者が使っている魔法を、全員がマスターしている事が前提となる。簡単に言うと、「全員、装備ごと透明人間になる」「その上で、魔獣や魔物の弱点を突いて攻撃」という、結構無茶な作戦なのだが……。

 魔獣は、生態系は違えど、牛や豚が巨大化、凶悪化した姿のものが多い。そのため、養豚業者などに、豚などの弱点を聞いておき、全員で学習していたのだった。

 魔物……武器や道具が魔法生物化したものにしても以下同文。道具屋に、どこを壊せば簡単に解体できるか、聞いておけばいい話だ。


 少なくとも予習だけで言うならバッチリである。


 正門から音もなく滑り出してきた、故郷を守ろうという根性のある若者や、ミトラ教会への信仰に生きる老若男女は、姿を消したまま、攻め寄せてくる魔獣や魔物を、片っ端から手にした武器で弱点攻撃を開始した。

 無論、最初は思ったようにははかどらない。だが、何しろ、姿や匂いが全くしないので、魔王軍の方も、どう対応していいかわからないようだ。そうこうしているうちに、見えない敵と戦わされた、先行部隊の戦列が乱れ始める。


「よし、行けるッ…………!」

 先行の部隊の戦列が乱れれば、後は、混乱に乗じて、敵の指示を出している隊長レベルを叩いてくれれば。テオは希望的観測を抱いた。


 そして、それは不可能な事ではなかった。

 その、先行部隊を一網打尽に叩いているのは、根性ある若者ではあったが、ライヒ市民ではなかったのだ。


「アスラン、無理をするなッ!」

 物音を聞いて、アスランの背後を取った魔獣を、見えない槍で叩きながら、リュウが叫ぶ。

「これぐらい、何ともない!」

「回復するぞアスランッ……!」

 透明人間化しながら、声でお互いの位置を確認している、アスランとフォンゼル。


 そういうことだった。

 これ以上、レオニーに辛い思いをさせたくない、だが、テオ達の気持ちもわかる……。そういうわけで、アスラン達は、隊長を抜かして自分たちが義勇軍の防衛戦に参加し、魔王軍と戦い始めていたのである。

 一般市民よりも強く、歴戦の勇者のリュウの指示に従えば、片っ端から魔王軍の隊長の首級をあげることなど簡単である。


 リュウの過不足ない指示に従い、アスランは実際に、先行部隊の指揮をしていた人語を解する魔獣を、たちまち血祭りにあげた。透明化しているものの、声を聞きつけた魔物達によりかすり傷を負わされる事はある。だが、そこは、フォンゼルが手早く回復したり、正式な魔法でサポートをしてくれる。


 透明化している市民達は、自分たちの真ん中に、正規軍の武装をした騎士がいることはわからない。だが、仲間がどんどん、隊長を倒してくれていると認識し、歓声をあげながら士気高揚。自分たちも、何とか要領を掴んで、魔獣や魔物を微力ながら倒し始めた。


「ライヒを守るのは、俺たち市民だ!」

「やれる! 自分の身は自分で守るしかないッ!!」

 そんな声が聞こえ始める。


 正規軍のアスラン達は苦笑い。だが、そもそもの、ライヒの街と市民を守るという、皇帝からの命令には何一つ背いてないので、それ以上気にはしなかった。

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