幽霊少女は英雄を救う

秋濃美月

第一章 転生養女エリーゼ

第1話 転生養女の引っ越し

 引っ越しはもうすぐ終わる。


 ……というよりも、侯爵令嬢であるエリーゼの荷物は、従者の手により一足先に、帝国の首都シュルナウにある侯爵邸の部屋の中に運び込まれている。


 一番最後に運び込まれるのが、侯爵令嬢として転生したエリーゼ自身になる。


(また家が変わるのか……忙しない半年間だった)

 エリーゼは、馬車の車窓から、冬景色の街道を眺めながらそんなことを考えていた。

(異世界転生したといったって、私、存在しないモブのはずだしね。そんな重要な役回りは来ないだろう。だけど、それにしたって……)


 車窓を流れる冬木立にため息を一つ。


(今度はどんなろくでもないことが起こるのか)


 帝国の北方、大雪原にある地方都市デレリンから、帝都シュルナウに15歳の若い盛りに引っ越す。しかも、帝都では国一番の帝国学院に入学し、青春を過ごす事が出来る。そういう時に、思わずため息をついてしまう。それには理由があった。



 エリーゼ……本名エリザベート・ルイーゼ・フォン・ハルデンブルグは、転生者だったのである。

 それも、前世の現代日本では、風評被害が元で一家心中した記憶を持っていた。

 

 それを思い出したのは、この世界における実の両親、ハルデンブルグ伯爵家において、溺愛を受けていた頃であった。

 5歳の時に麻疹にかかったエリーゼは、高熱で生死の境をさまよい、そのときに、自分が中学生の時に一家心中した娘だったことを思い出した。記憶だけは取り戻したのだ。


 中学生の名前は友原のゆり。何の変哲もない普通の明るい女の子だったはずである。不幸な死に方はしているけれど。


 それがどうしていきなり、こんな転生などしているのか。


(ところでここはどこだろう?)


 記憶を取り戻して最初の頃は大混乱を起こした。異世界転生という概念自体は知っていたため、どうやらそれらしいとは気がついたが、一体どこに転生したのか、全然わからなかったのである。

 なぜなら、女神から指令を受けたとか、そういうイベントは一つもなかったので。

 どうやら魔法のある西洋ファンタジー風の世界に転生した事はわかるのだが、悪役令嬢らしい事も、聖女らしい事も、何の情報もない。だとしたら残るはモブだが、モブならモブといって欲しいほど、どこかで見た西洋ファンタジー風の地方の伯爵らしい事しか、わからない。


 ここはどこ? 私は誰? あれは何? 何はどれ?


 本当にそういう状態で、しばらく奇行を取ってしまったが、それは麻疹による高熱の衝撃ということで片付けられた。この西洋ファンタジー風の世界では、他に説明のしようがなかったのだろう。


 ちなみに父親のハルデンブルグ伯爵はこの世界において騎士であり、度々、魔族を討伐する任務についていた。

 この世界での魔族は人を襲い、人を食らう。本当に物理的に食べてしまう人食い鬼のような存在だとされている。

 たまたまその頃、伯爵は魔族討伐任務を与えられ、2~3日、城を開けた後に無事に魔族を全て駆逐して帰ってきた。

 その後、伯爵は父の活躍をやや誇張しながら、娘に”悪い魔族をやっつけてやったぞ!”と自慢話をしまくったのである。


 その際に、独特の剣や魔法を駆使して、人を食べる悪い種族を倒してやった、それもこれも帝国を守るため、アル・ガーミティ皇家から騎士の位を賜った我々の……という話を聞いているうちに、エリーゼは、やっと気がついたのである。


(ここ、ないとなう! の世界だ!! 私が前世大好きだった漫画の世界だわ!!)


 父が魔族討伐の自慢話をやや酔っ払い気味に話すまで、エリーゼは何がなんだかわからなくて困っていたのだが、そこでようやくピントがあった。


 ないとなう! というメディアミックスのバトルファンタジー漫画の中に、自分は転生してしまっているのだということを。

 このときばかりは酔っ払って自慢話を喋りまくる父のうっとうしさに感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 と、同時に泣いた。


 何がどう泣いたのかというと、ハルデンブルグ伯爵なんて舌をかみそうな名前、ないとなう! 原作には出てこなかったのである。しかも、ないとなう! は、エリーゼが死ぬまでに完結していなかった。確か覚えているだけで、25巻まで出ているが、その後も大人気連載中である。

 つまり、完結していない漫画に、今のところまるで出ている試しのない、地方伯爵が自分の父。

 モブと言えばモブなのだろうが、モブとして何の役割を果たしていいのかちっともわからない。

 それどころか、本編中に、自分は活躍する機会が来るのか?? 来ないのか??


(大好きなないとなう! の世界に異世界転生したのはいいけれど、それで私は誰なのよ! どこで何をしたらいいっていうのよ! 悪役令嬢でも聖女でもモブでもないって、何の意味があるの!?)


 いや、恐らくモブなのだろうが……。異世界転生のモブってこれでいいのか?


 それが満五歳の時で、その後、自分なりに色々調査したところ、自分が十歳になると同時に魔大戦という、魔族との戦争が、この国……神聖バハムート帝国を中心に勃発し、五年にわたる長期戦となり、漫画内の主人公アスランを始めとして、数々の英雄を産むという事は知っている。

 それを阻止する話なのかと言うと、彼女の住む北方の田舎町ビエルナスは、地方過ぎてそんな機会には恵まれなかった。


 翌年、エリーゼはビエルナスから一番近い都市、デレリンの貴族学院の小学校に入るが、何しろこのときには中学生レベルの記憶を持っている。あっさり、スキップ卒業してしまい、その神童ぶりで帝都からお呼びがかかるんじゃないかと思ったが、世の中そんなに甘くなく、黙って中学校の方に入れられた。

 その中学校も、高校受験勉強の知識が残っていたため、十二歳でスキップ卒業。


 その頃には魔大戦は勃発し、両親のハルデンブルグ伯爵夫妻は、戦地に赴いてしまっていた。

 いや、エリーゼもそれなりに努力はしていたのである。スキップ卒業して神童ぶりを認められれば中央への手がかりが出来て、悪役令嬢なり聖女なりへの足がかりが出来るんじゃないかな、とか……。

 魔大戦勃発を食い止める、ないし大戦中に活躍するロリータ戦鬼の役割なのかな、とか……。


 ところが現実(?)はそうはいかず、地方の貴族学校をちょっといい成績でスキップしたぐらいで、中央から「優秀なあなたを聖女に!」とか「帝都貴族の姫の家庭教師に!」とかそんな口は来なかったのであった。


 それでエリーゼは、大戦中は何をしていたのかというと、何にもする事がなかった。地方貴族のお姫様のすること、というか、させられることというと、「戦地の両親のために教会でお祈りを繰り返し、その活動に参加すること」だったらしく、執事達からそれをすすめられ、言われるがままに近所の教会に毎日のように通ってお祈りをした。


(あ、これって聖女ルートかな……)


 などと思ったが、そんなことを言ってる場合ではなかった。

 そうこうしているうちに、ハルデンブルグ伯爵夫妻は、帝都決戦の礎となって、海戦で血反吐を吐くような戦いを行い、あっさり亡くなってしまったのである。


 エリーゼの知っている大人気漫画ないとなう! には、確かに、魔王を倒す一か八かの作戦、帝都決戦の事はかいてある。むしろそのために、5巻ぐらい長々と戦闘を引っ張りながらかいてある。

 だが、ハルデンブルグ伯爵夫妻の姿はない。

 どうやら、コマとコマの間で登場し、コマとコマの間で活躍し、コマとコマの間で戦死したらしい。


 そのことに気づいた時には本当に精神的にキてしまった。

 つまり、「魔王決戦の際にコマとコマの間で死んだモブ伯爵の娘」が自分ということになるのである。

 モブはモブなのだろうが、徹底した、生まれも育ちもどうしようもないモブだ。

 恐らく、そのためなのだろう……転生する際に、ダ女神と称される神々からも誰からも、何の説明も何の能力付与も行われなかったのは………………。


 実は、これはもしかして転生チート? と思われる能力は、エリーゼにもあるのだが、それもまた地味過ぎて、あんまり使えないのでアピールした事はない。



 両親の死は両親の死で物凄くショックだったのだが、その後も、頼りない地方貴族の一人娘として苦労は続き、そのことは今は割愛するが、結果的に、エリーゼは、父の戦友アンハルト侯爵家に、半年前に引き取られたのであった。


 アンハルト侯爵夫妻は、両親に、魔大戦中に命を助けられたも同然だそうで、エリーゼの事を大変に可愛がってくれたが、前世の一家心中からのうち続く精神的ショックで、エリーゼはすっかり参ってしまっていた。


 養父母には礼儀を尽くしたつもりでいたが、すっかり根暗になって引きこもりになってしまったエリーゼ。


(私って、生きてる意味あるのかな……?)


 日々、そんなことばかり考えていた。

 そこで、養父母が思い立ったのか、それとも何か理由があるのか、養父母アンハルト侯爵夫妻は、その冬からエリーゼを帝都シュルナウに引っ越させる事に決めた。


 春先からは、母ゲルトルートが青春を過ごしたシュルナウ帝国学院に入学し、そこで淑女としての教養と振る舞いを覚えてこいと言う話になったのである。


 半年前にビエルナスからデレリンのアンハルト侯爵家に引っ越し、その後、シュルナウに引っ越し。本当に忙しないのだが、今のエリーゼには抵抗する気力もない。


 自分がモブなのかどうなのかも段々気にならなくなってきて、今はただ無気力に、帝都シュルナウに向かう馬車の中、腹減ったなーなどと考えていたのだった。



 

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