対秋田鹿角シニア

第33話 135キロの一年生エース

 秋田鹿角かづののノックを見る限り野手陣はあまり上手に見えない。鎌田は一年生で背番号一。秋田鹿角の野手たちは鎌田を信頼しきった目をしている。


 両チームのノックが終わり、整列のために互いにベンチを出ていく。晴天の下、互いの挨拶の声が響く。


 先攻は遠園。一回表。今回のオーダーはいつもと大きく違う。守備を捨て、徹底的に打てる選手を集めた。


 一番、二年生の西川あらた。バットをひたすらに短く持つ。


 鎌田のオーバースローは柔らかさを感じさせる動きで、下半身の肉づきの良さも相まって安定を感じさせた。そこから鋭く糸を引くような直球。西川のバットが勢いよく空を切る。

 秋田鹿角の野手たちは力が入っていない。鎌田をあまりに信じているからだ。友樹としては、野手が警戒心を解いたら駄目だろうと思う。だけど、これなら確かに信じてしまう。


 空振り三振となった西川がベンチに戻って来る。


「駄目だったよ」


 三年生たちと違って、西川は不安を隠すことはしないようだ。檜たちにまだ弱気になるなと小突かれている。


 二番はいつもと同じ山口。バントを試みたが、一三五キロの力を殺せず、スリーバント失敗。


 そして、頼みの三番新藤。バットを短く持たず、いつもどおりに持つその手に、友樹の視線が惹きつけられる。これは過剰な自信ではなくて、短く持ってバットに当ててもヒットにならないという新藤の考えなのだろう。


 鎌田が新藤を見て、今までより面白そうな顔をした。バットを短く持たないこと、そして構えから今までの二人とは違うと読みとったのだ。友樹は新藤を信じているが、それでも不安になる。鎌田が負ける絵が浮かばないのだ。


 一球目、しなやかなフォームから放たれる刺さるような直球が、インハイに。新藤は動くことすらできず、見逃し。どくっと、友樹の心臓が嫌な鳴りかたをする。


 二球目もすっかり同じコースにきた。新藤は振り遅れた。

 三球目もすっかり同じインハイだ。新藤は当てたがぼてぼての一塁線向こうへのファールになった。鎌田が帽子を直した。


 四球目、アウトローにストレート。完全な空振り。新藤が手玉にとられた。

 遠園ベンチは声を失う。三者三振。


「皆」


 新藤の声は至っていつもどおりで、安心した。


「守備行くぞ」


 はっとして、遠園シニアの硬直が解ける。友樹はベンチから皆を見守ることになる。


 人が減ったベンチで、友樹と草薙は両端に居る。草薙は檜と福山、西川らと話しているが、この状況下で皆いつもより元気がない。

 今回は三番手である沢が友樹に二言三言話しかけてくれたが、友樹も沢もやはり緊張感の方が強くて会話が続かない。


 一回裏。遠園ベンチは今までとは違う驚きに包まれた。一番打者から三番打者があまりに拙いバッティングだったのだ。一番手の稲葉があっさりと打ち取りあっという間に交代だ。少し遠園の緊張がほぐれた。


 二回表。緊張が再び高まる。四番桜井と五番坂崎が揃って空振り三振だ。


 六番の笹川なおは見逃し三振だった。鋭く飛んでくるインハイのストレートに手も出せない。

 笹川が険しい顔をして鎌田を観察している。笹川は三年生だが普段は控えだ。スタメンに選ばれたとき、彼はぐっと拳を握りしめていた。


 そして、二回裏。四番はなんと鎌田だ。素振りをするスイングが鋭く速い。なんとなく、嫌な予感がする。

 キャッチャーの坂崎だけでなく、内野がマウンドの稲葉の元に集まる。大丈夫だという顔になった稲葉を信じて野手たちはそれぞれの場所に戻っていく。


 一球目のカーブを速い弾道のファールにされた。あまりにフェアゾーンぎりぎりでひやりとする。だが二球目の低めのストレートは空振り。きっとこのままいけば大丈夫だと、友樹も皆も祈る。


 三球目、アウトローにスライダー。鎌田のバットが下から掬い上げるかのような、それでいて締まったスイングをした。打撃音が綺麗に空に響いた。稲葉が後ろを振り返る。バットとボールが当たる瞬間から準備をしていた新藤たち内野陣にはなすすべもない。外野三人が下がる。しかし無駄だった。


 ホームラン。


 ホームを踏んでベンチに帰った鎌田を、秋田の野手たちが出迎えている。


 坂崎が稲葉に駆けよる。稲葉の顔色が悪くなっている。


「監督、俺は大丈夫です!」


 ブルペンで準備していた三年生、アンダースローの三原が頼もしく言う。


「待て。二回が終わるまでは稲葉に投げさせるぞ」


 しかし、稲葉は三者連続で四球を出す。


「三原、今行ってくれ」


「大丈夫です!」


 マウンドを交代するとき、三原が稲葉に声をかけたが結局元気は戻らなかった。


 三原はあっさり満塁を処理して、これ以上の失点はなかった。


 秋田鹿角の野手を三原がたやすく抑える。鎌田の力は激しく、遠園はねじ伏せられる。


 三原と鎌田の勝負。

 鎌田は自信ありそうに打席に入り、対する三原はいつも通りぽんぽんとロジンを手にはたく。


 上から振り下ろす力のオーバースローと真逆の、斜め下から繰りだす力のアンダースローが、鎌田をからかうように九十キロのストレートを放つ。


 鎌田は早く振り過ぎて、高々とフライを上げた。これには友樹も見惚れた。だが、鎌田はちっとも負けた意識がないらしい。投手として優れているのは俺のほうだけどと言いたげに。見ているだけでも生意気な奴だと分かる。


「三原さんに負けたのになあ」


 つい呟いた友樹に、隣の新藤が笑った。


「実は生意気な奴は投手に向いている」


「そうなんですか?」


「井原はあの生意気さに負けるなよ」


「はい!」


 こうして、回を重ねていく。


 晴天の下の緊迫。


「ストライク!」


 審判の声に秋田鹿角シニアが喜んで手を叩く。


 一三五キロのインハイのストレートが、手さえ出させない。遠園は秋田鹿角に、ではなく鎌田に打ちのめされていて、鎌田のホームラン以降、スコアボードにゼロが並ぶ。


 遠園は三原の力と好守で耐え忍び、七回表に。


 六番笹川がついに鎌田のインハイに打ち勝つ。

 遠園シニアは狂喜する。


 鎌田が顔を歪めた。


 六番笹川に代走が出され、今まで一切仕事がなかった一塁コーチャーの草薙が代走に。


「大丈夫か」


 新藤が珍しく心配している。


「塁にランナーがいるときの鎌田の行動はまだ分かりません。すぐには盗塁せずに何度か揺さぶって様子を見ます」


 草薙は大丈夫かについての返事を一切しない。強がりも悲観もしない。どこかひんやりとした彼女は熱い鎌田に風穴を空けることができるか。

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