第25話 思いを聞きたくなった

 六回裏。


 八番檜が軽快なスイングで弾むようなライト前ヒットを打った。


 ピッチャーである九番高見が、勇ましいスイングでレフト後方に悠々と二塁打を放ったことに友樹は驚いた。


 一番岡野がツーランスクイズをしかける。

 檜の猛ダッシュで一点取ったが、姫宮の好守で二塁ランナー高見が三塁でタッチされたため、二点目は取れなかった。


 二死になったが、これで七対六に。

 姫宮の動きは素晴らしい。高見もピッチャーながらいい走塁だったのだ。


 二番山口の打球が三遊間を抜けようとしたが、姫宮がダイビングキャッチをしてアウトに。

 友樹はベンチから身を乗りだして、姫宮のダイビングキャッチを草薙のものと比べた。

 草薙が上だが姫宮もかなりいい。


 土をべったり付け、汗を拭う姫宮の真剣さは草薙を侮辱していたのが嘘みたいだ。

 友樹の怒りは形を変えた。

 最終回を控えてチームメイトに声をかけている姫宮に、思いを聞きたくなった。


 七回表。

 再び雨がしとしと降りだした。


 滝岡シニアの四番打者のセンターへ抜けようとした打球を友樹が横っ飛びでキャッチ。

 立ちあがり、雨を含んだ土を拭う。

 もっと姫宮に似せたプレーをしたい。

 ボールに追いつこうとするのではない。

 初めからボールが来る場所にいるのだ。


 そのためにはどうしたらいい。ノートに何を書いたか、何を真似してきたか、思い出すのだ。姫宮の動きは脳内で再生できる。


「行け! 打て!」


 本物の姫宮の声だ。五番打者を心から応援している。


 高見がインハイに一三〇キロを叩き込み、打者がのけぞりストライク。


 姫宮がベンチから身を乗りだす。


「もっと前で打つんだ!」


 姫宮の声で、友樹は目覚めたかのように打者を見る。


 体にどんな風に力を入れているか。バットの軌道は。振りぬいているかどうか。

 姫宮が動きだしていたのは、ボールがバットに当たる瞬間だった。


 どうして今まで気づかなかったのだろう。友樹はボールばかりを見ていた。ボールさえ見ていれば、捕ることはできていたから。


 姫宮が見ていたのはボールだけでなく、打者の動き。友樹は姫宮をコピーするつもりで踏みだした。

 一二塁間の一塁よりに来た打球を、友樹は飛ばずに、体勢を崩さないまま正面で捕球した。


「しゃあ!」


 友樹は姫宮に近づけたことにガッツポーズした。


 他からは普通のプレーにしか見えない。予めボールが来そうな位置に立っていたのだから、簡単に捕ったようにしか見えないのだ。

 相手ベンチの姫宮は固まっていた。友樹が何をしたか、姫宮には分かる。


 友樹は草薙を見た。彼女はベンチの後方で面白そうにしていた。普段は笑わないのに頬がきゅっと上がり口角も緩めている。


「そうか」


 友樹は髪から雫を垂らしながら誰にも聞こえない呟きをした。

 動画の中の草薙も打球予測をしていた。


「二人の動きはどこか似ている」


 あと一つだ。六番打者が打席に。


 姫宮をひたすらに見ても、姫宮が何を見ているかを今までは見ていなかった。気づいた今なら大丈夫だ。

 打者は打席の前にいるか後ろにいるか。どんなスイングをしてくるか。


 高見がカーブを投げるとキャッチャー坂崎のサインで分かった。

 なら、振り遅れる可能性がある。右打者が振り遅れたらどちらに来るか。


 ここだ! と友樹は構える位置を変えた。

 打球が抜けた。友樹は背後を振り返ることしかできなかった。


 ライトから送球が来るも、出塁を許してしまった。


 予測するということは、それが外れたときに痛い目に遭うということ。なんて怖いことだと、頬に跳ねた泥を落としながら友樹は顔を歪める。


「どうした?」


 新藤に駆けよられ、友樹は心が重苦しくなる。

 自分の勝手な挑戦でチームに迷惑はかけられない。新藤に曖昧に頷くことしかできなかった。


 次の打球は友樹には手を出せないレフトフライだった。スリーアウト。


 七回裏。

 あと一点取れば延長に持ちこめる。


「打て! 新藤!」

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