第21話 それではさようなら ※チルチル目線
俺は自室に戻り、子ども達にぐっちゃぐっちゃにされた頭をなんとか整え、なけなしの金を叩いて買ったタキシードを着る。
そして、用意していた大きなバラの花束と指輪を手に、部屋を出た。
向かった先は、お嬢の部屋――ではなく、使用人休憩室だ。
結構な人数の使用人仲間がそこにいて、俺はほっとする。
一方、俺の姿を見た使用人達は、俺のタキシード姿を見て爆笑しだした。
「ちょっ、チルチルお前、なんだよその格好」
「似合わねーな! 赤い薔薇って、これ何本はいってんだ?」
「お嬢様にプロポーズでもすんのかよー」
「そうだよ、悪いか?」
俺の言葉に、その場の全員が石のように固まる。
「ま、まじか」
「えーと、本当に?」
「ああ」
「へぇ、ようやくか。なんだよ、お前ら仲良いと思ったらやっぱりそういう仲なんじゃねーか」
「あんなクズに嫁に行く前に捕まえとけよ! 何してんだよもー」
「いや、振られにいくんだよ。お嬢は俺とは絶対に結婚したくないんだってさ。さっきお嬢が侯爵様達に言ってるの、聞いちまった」
再度、使用人休憩室の空気が凍る。
俺は自嘲しながらも、皆に向かって頭を下げた。
「今までお世話になりました。皆がいるから、この家は安心だな」
「……お前、何言ってるんだよ」
「いや、だから振られにいくって言っただろ? そうしたら、このままここで勤め続けるのは無理だしさ。今日ここを出ていくよ」
「ちょっと待ちなよ、そんな。言わなきゃいいんじゃないの? 振られるのが分かってるのに、そんな……」
「言うって決めちゃったからなぁ」
から元気で笑う俺に、使用人達はしんと静まり返っている。
「皆、元気でな。じゃあ行ってくる」
そうして俺は使用人休憩室の扉を開く。
花束があると、いまいち前が見えにくいな。
そんなふうに思って花束を横によけると、開けた扉の向こうにお嬢が立っていて、「きゃあ!」と令嬢のような悲鳴をあげてしまった。
「お嬢! どうしたの、こんなところに」
「――どういうこと?」
「え?」
「出ていくってどういうこと? わ、私に無断で、辞めるつもりなの」
おっと、お嬢はどうやら、盛大に誤解させる変な部分だけを切り取るように聞き取ったらしい。
プロポーズのくだりは聞こえていなかったようだ。
「無断じゃないぞ、今からちゃんと言いに」
「言ってもだめよ! 絶対許さない!」
「えー、そんなこと言われても……」
「絶対だめ!!」
息を切らしながら、お嬢は手を握り締めてぶるぶると怒りで震えている。
うーん、こいつはどうしたもんかな。
まあどうせ振られるんだし、ここで言っちまうか。
「な、なによ、そんな格好して。プロポーズにでもいくつもりなの」
「うん」
息を呑むお嬢に、周りの使用人達も手に汗を握りながら気配を消している。
「わ、私の知ってる人?」
「それはまぁ、そうだな」
「その人と結婚するの」
「今から申し込んで、断られにいくんだ」
「チルチルを断るなんて何様なの!?」
「お嬢が怒んないでよ」
断る本人のくせに、なんだよもう。
「そんなチルチルを大事にしない人なんかにプロポーズとかしないで!」
「いやー、結構大事にしてくれてると思うよ。だけど、俺とは絶対結婚したくないんだってさ」
「何よそれ! 見る目がないわ!」
「うん、そう思うだろ?」
俺は持っていた花束を、肩を怒らせて息巻いているお嬢に差し出す。
お人形みたいなくりくりした大きな水色の瞳が、これでもかと見開かれて、差し出された花束を見つめていた。
「キャロル。俺、キャロルを愛してるんだ。結婚してほしい」
なんか色々考えてたけど、緊張しすぎて、出てきた言葉はその辺に落ちてそうな普通の言葉だった。
声は震えたし、手も震えてる。
俺って何にも持ってないだけじゃなくて、本当に格好悪い男だな……。
なんでも持ってるお嬢には、やっぱり相応しくないんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます