第15話「五行の間・会議」
弦木家本家・地下大会議室こと「
その名の由来は互いに影響を与え合い、天地万物が変化し、循環するという五行思想から来ており、その由来から転じて「五家」がそれぞれバランスを取り合うことで秩序を守るという意味合いとなった。
通常、年間を通しても「五家」の長たちが集まることはない。そして、近年起きている夜交市での「異変」により、この場に集うことになった。
五芒星に見立てた円卓に五家の長たちがそれぞれ座っている。座っている椅子にはそれぞれ五行をモチーフに作られた特注の椅子であり、使われている材料にすら魔術的価値のあるものが使われた、一種の
「この面子が揃うのは、
張り詰めた空気の中、最初に切り出したのは「
2人の場合あくまで建前上は環菜の護衛としてこの場にいる。先ほどのやり取りで事後承諾という形になったが、もしダメであれば外で待機する予定だった。
元々これは賭けだ。素性を怪しんで藤十郎が周囲に「捕らえろ」と言われる可能性もあったし、そうなった場合頼孝はともかく結人の方がどのような動きをするのかがわからない。
結果的に藤十郎が環菜を信用していることもあって通されたのだが、環菜自身そこが最も緊張した場面でもある。
「ええ。私としても、このように皆々様と揃ったことはまたとない機会です。大変嬉しいですよ」
そう語ったのは「
顔に皺を作りながらも、フォーマルな仕立ての良い紺色のスーツに国内メーカーの腕時計と大粒のルビーの指輪を左手の薬指につけており、一つ一つの仕草が優雅で片眼鏡を着けている所なども、まるで大正時代からタイムスリップをしてきたかのような、時代錯誤な印象を与えた。
彼は諸外国、主に西洋から日本に移住して根付いた魔術師たちで構成された新興組織「
「……これも主の導きなれば。この異変も神の与えたもうた試練として、共に乗り越えるべき事でしょう。あ、この緑茶も中々の美味しさがありますね」
祈るような声色で湯飲みに入った緑茶を一口飲むその女性は、「北水の座」に座る、夜上家現当主、
彼女も顔に皺を刻みながら、
彼女はバチカンの裏組織「天遍教会」に所属する人物でもあり、日本に存在する組織「島原十字会」に席を連ねている。かつてはヨーロッパでいわゆる「異端狩り」の務めを行っていた人物で修道服を着ているのは「清貧の徒としての気持ちを忘れないため」であると言われている。
「……ふん、呑気なことを。夜交市で起きている異変に胡坐をかいている場合ではない。隠居しようがしまいが、今すぐにでも対策を練らねばならぬだろう」
律華を睨みつけるのは、霜田家魔道の現当主、
中々緊張感を隠しきれないのか、腰掛けている「
彼も零禅と同じ「
「それを話し合うのが今回の会議でありましょうぞ。夜交を襲う未曽有の危機に今こそ、我らが一丸となって立ち向かうのでございます!」
そのように意気込むのは、「
顎に蓄えた白い髭とどこか偏屈な印象を与える顔つきの老人男性。服は和服で胸元には江取工房のエンブレムと同じもの……江取家の家紋が入ったブローチをつけている。
彼は草薙機関に所属しており、代々一子相伝の呪術を伝えている家系であることは環菜が草薙機関から仕入れた情報で共有されている。
“いや、あの女いるのかよ……。しかもなんか似合わねぇ……”
結人は夜上律華の隣に控えている女性……
彼女も律華の格好に合わせるように修道服に身を包んでいる。初対面の彼女の印象が邪魔して柚希の修道服姿が似合うように見えなかった。
「此度の会議は
そして最後に、こちらも和服に身を包んだ妙齢の女性、諸木斎が挨拶した。中年女性で顔に僅かに皺があるが、大木を思わせるほどに伸ばされた背筋と佇まい思わず結人も目を惹かれた。生命力に溢れているともいう。
「今回の議題は、皆々様ご存じの通り、夜交市各地で発生している霊脈の乱れ、怪異の発生件数の増加。そして……異世界帰還者たちによって構成された、『灰色の黎明会』を名乗る外様の魔術組織によるものと思われる大規模な犯行です」
「――――――――」
来栖の言葉に会議場の空気が一気に張り詰めたものとなる。
無駄を嫌うかのように、それ以上の混沌を拒むように。それまではある程度の個性を醸し出していた五家の長たちが彼らの立場に相応しい風格、あるいは威厳によって空間が満ち足りる。
実質、自分たちの領土に等しき夜交市が外敵によって攻撃されているという事態は彼らでなくとも、「領地持ち」の魔術師たちにとっては禁忌そのものであり、戦争行為だ。仮に半世紀過去の時代に同じことが起きれば、表の社会にも影響を与えるほどの戦争が繰り広げられただろう。
時代の移り変わり。相成れない科学文明の発展によって、ますます影の存在と化していく彼らにとって、文明の光が濃いほど神秘の陰はより深くなり、表に在ってはならないものとなっていく。されど彼ら無くして文明の秩序は守られないのもまた事実だ。
故に、表社会に大きな影響が出ない内に解決をせねばならない。それこそ、神秘の陰に生きる彼らの責務である。
「現在起きている異変……。怪異の発生件数の増加であれば、今回のような会議を開くことはなかろう。一定周期で起きるものだからな。だが、今回の異変に外様の者たちが関わっているのならば、話は別だ。江取の、滝浪の。貴殿らの管理地の霊脈の乱れが例年よりひどくなっていると聞いている。原因はわからぬのか?」
藤十郎が、江取実光と滝浪零禅の2人をそれぞれ見ながら言った。
「お主に言われなくとも、我ら江取家もこの問題に直面してからは傘下の者たちを使って原因究明のための調査、浄化の徹底を行っておるわ。じゃが、各地の霊脈の基点の瘴気だまりの発生数が多く、少しばかり切羽詰まっている所ではある」
実光は額に浮かんだ汗を拭きとりながら言った。
「
零禅は隣に佇む黒いスーツに身を包んだ女性秘書から渡された資料を手に取りながら言った。
「現状、江取家の方が少々解決に手間取っていると見ました。我々の方でも影響は少し出ておりますが、教会の方の支援のおかげで均衡は保たれております。今、我々夜上家の者の手がいくらか空いておりますが……」
律華が言った。
教会とは言うまでもなく「天偏教会」のことだ。そちらにコネクションを持っている夜上家だからこそできることで、彼女の人望もあるのだろう。
“だが、あの女はなぜここにいる? それほどまで余裕があると言えば聞こえはいいかもしれないが、先代の「防人」であることと何か関係があるのか?”
いくらコネクションがあるとはいえ、あくまで夜交市は草薙機関の管轄だろうし、実質海外組織である「天偏教会」の人員を使うことに違和感を覚えた。国内に傘下組織があるからとはいえ、草薙機関がそんな簡単に介入を認めるものなのかという疑問が一つ。
そして環菜の先代の「防人」である柚希がなぜいるのか気になる。かなりの実力者で直系であるかもしれないとはいえ、事態が事態だから異変がある所に足を運んで問題解決をしたりするのではないかと結人は考えた。
「……いや。その申し出はありがたいが、我々の霊地で起きている問題は我々で解決させていただきたく。幸い龍脈は汚染されていない故、我ら江取家の者らを総動員すれば、汚染された霊脈を何とかできよう」
実光は自信ありげにそう言った。
龍脈とは霊脈の一番大元にあたる、最も純度の高い霊脈である。木が例えるなら根っこに近い範囲の霊脈を差し、高純度の魔素が循環しているのだ。この龍脈が汚染されると繋がっている霊脈を伝って汚染が広がり、最悪自然環境そのものにも悪影響を及ぼす。
「……」
その言葉に結人は疑念を持つ。
現状、江取家の管理する霊地である
あれと同じ状態で汚染されている場所があるとしたら、江取家に所属する魔術師たちを動員しても対処が出来ないのではないかと結人は考える。シンプルに戦力が足りない。
そして実光の実子にあたる、協力者の
江取家は草薙機関と直接関係がある。その草薙機関からの調査員を内部に入れたら異常、あるいは不正の類が露見する可能性を視野に入れて応援を拒否していると考えるのが自然だろう。
「……現在、草薙機関に在籍する『防人』の数は限られている。保護した異世界からの『帰還者』の協力にも限度がある。一般人出身も多いからな。魔道に触れながら魔道と関わることを拒む者もいる。そんな中で此度のような異変において、戦力の出し惜しみは良いことではない。手掛かりや足取りが掴めておらぬ以上、防戦に入るしかあるまい」
政勝がそのように言った。
彼の言葉から考えると、結人も把握していない所で何人もの異世界からの「帰還者」に協力を仰いだりしているらしい。
……明言していないが、彼らもそこまで切羽詰まっている状況なのだ。
“おおかた、予想していたとはいえ、実際にはそれぐらいヤバイ状況だということか”
独自に調べた情報だけではわからないことも多いということを実感する結人。
「致し方あるまい。だが、今後の方針としては少しでも多く『灰色の黎明会』とやらの侵略者共の情報をかき集め捜査し、一刻も早く捕らえること。今の段階では情報が少ないからな。皆の者、それでよいか?」
藤十郎の言葉に、他の長たちは静かに挙手をした。
「……異論は無し。では、短いながらも今回の会議で出された案は
諸木斎がそのように言うと、静かに“会議”が終了するのだった。
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