第13話「弦木家の事情」
弦木家は江取家とは異なり、記録に残っている範囲だと800年以上の歴史を持つ家系であった。元は陰陽道に連なる家で家名も現在のものとは違ったと言われているが、過去の戦争によってその文献が紛失してしまっているらしい。
その関係から歴史の表舞台には基本的に関わらず、情報媒体がまだ発達していなかった時代の裏社会に君臨していた旧家という、正真正銘の魔術師の家である。……だが家名が変わる前の陰陽道に連なるという家という話も残された文献によると信憑性が薄いらしい。
日本に3つ存在する、最も古い魔術組織「草薙機関」とは既に700年以上の関係があると言われ、近代化に伴う方針変換を取り決めた幕末の時代以降もその立場と地位が揺らぐことはなかった。
そして現代の弦木家は表向きには「弦木グループ」と呼ばれる財閥で明治時代における表向きの地位は華族であった。古くから輪祢町はおろか夜交市に根差した弦木家はその影響力は日本各地にも広げている。
夜交市の都市開発にも大きく関わっており、古くから夜交市に住まう人々から話を聞けば、弦木家がどれほどこの街に色々なものを残してきてきたのかがわかるぐらい。
そして、
弦木家は全国にその影響力を持つ家であるが、魔術師の家であることは魔術世界においては常識である。
三女として生まれた彼女は生まれながらにその出自から周囲に疎まれ、更には兄と姉からの蔑みをもって育った。
彼女は実父、忠秀が愛人に手を出して生まれた、いわば妾の子であった。一般社会においてそれは不倫行為と呼ばれるもので正妻から生まれたわけではない彼女の素性は父の忠秀も扱いに困ることになった。結果、母は多額の手切れ金を支払われたことで環菜を置いて失踪、彼女はわずか2歳の頃に実母と別れることになった。今となってはもう顔すら覚えていない。
そんな生い立ちもあってか、初めから環菜に「弦木グループの跡目争い」という戦いに主役としても脇役としての出番はなかった。初めから妾の子である彼女を表舞台に立つ資格すらなかった。
『お前に相応しい舞台と人生を用意してやろう。忌々しい我が家の魔道をお前1人で受け継ぐのだ』
その代わりとして、弦木家の魔道を受け継ぐに相応しい素質を秘めていたことが発覚し、そう告げられた。
弦木家が魔術師の家でもあることに嫌気が差していた父・忠秀の方針によってまだ幼い環菜の意思は一切汲み取られることなく、彼女は5歳で魔術師としての人生のみしか与えられなかったのだった。
幸い、魔術師としての才能があったおかげでそれ以上環境がひどくなるようなことは一切なかった。
しかしそんな彼女でも、幼いながらに自分が父親に愛されていないこと、母親には捨てられたこと、兄と姉には蔑まれていることには寂しさを覚えていた。
生まれながらにして親から彼女に与えられたのは親愛とは無縁の孤独と自分の意思なんて初めから無視された
だが、8歳の頃に彼女に転機が訪れた。
『その娘はここ100年、弦木家に生まれなかった希少な人材だ。己の責務を背負いきれぬバカ息子とは大いに違う。よって、この子は儂が預かる』
それは年に一度の親族会議での出来事。
その鶴の一声を上げたのは、前弦木グループ総帥にして現弦木家魔道の当主、
環菜の素質を見抜いた祖父によって、彼女は祖父の弟子となり、本格的に弦木家の魔道を叩き込まれることになった。
だが、祖父から教え込まれた魔道の数々と教育には、両親からは感じられなかった愛情が確かにあった。“より良い後継者を育成するため”という打算的なものであったとしても、確かに彼女は愛されていた。
そんな祖父という後ろ盾を得ながら、普通に小学校、中学校と通いながら、若くして魔術師としての経験を積み上げた。気が付けば同年代の魔術師の中でも強い部類に入るほどまでになった。
物心つき始めて、自分の人生にようやく意味を持つことが出来るようになってきた。祖父のおかげで自信を取り戻すことが出来たし、環菜自身も魔術師としての自分に折り合いをつけることが出来たのである。
―――――だけど、現実というものは、彼女が思っている以上に、とても理不尽だった。
◇◆◇
「私がこの街で『防人』としてやっていけているのは祖父の推薦があったからというのも大きいのです。魔道の家としての弦木家と表向きの弦木グループとしての弦木家はある意味別物。弦木グループに居場所のない私には、本来魔道の家としての弦木家にしか居場所がありませんでした。『防人』という立場ですら私の居場所……いや人権を保障する身分とかでしかないのです」
重苦しそうに、そして自身の
「……」
そんな彼女を、
妾の子として生まれたことで一方的に、物心つくそれ以前に人生を決められ、真っ当な愛情を与えてもらえず、祖父に引き取られるまで不遇な日々を送っていた。
そして祖父に引き取られて、弦木家の中で明確な「自分」を持つことが出来たのはきっと、結人が思っている以上に、ここ最近なのかもしれないと考えた。
結人には生まれた
「防人」の立場になければ自分の居場所どころか、人権すらまともに保障される身分ではない。魔道の家としての弦木家にしか居場所がなかったと言っても、それは正しい意味での居場所ではない。根っからの一般人出身である結人や頼孝には想像のつかない話ではあるが、それがどれほどろくでもないことなのかだけはわかる。
……きっと、彼女の口から詳細に語られていないだけで、“なにか”をされたのであろうという想像がついてしまうぐらいには。
「それと、今回の一件とどういう関係があるんだ。今言っていたことは、あくまで前提なんだろ」
淡々と結人は環菜に聞いた。
これまでの彼女の口から語られた背景はあくまで本題の前提条件であることを結人はわかっていた。
「明日、近年の夜交市での異変を話し合うために弦木家で緊急会議が行われます。本家……魔道の弦木家と関わりがある者のみで父と祖父、母を含めた複数名が参加します。当然、その会議には私も参加します」
夜交市での異変……もとい「灰色の黎明会」によるものと思われる魔術テロ、そして霊脈の異変に伴う怪異の発生数の増加に伴う会議を行うということらしい。
草薙機関は国家機関のようなものであるが、土地について細かいことに詳しい弦木家なら、草薙機関に頼らなくても治安維持を含めた対策を取ることはあるだろう。恐らくそれについての話し合いを行うのだろうと結人は考えた。
「この会議は、この夜交市に根差した他の魔術師たちとの会議も行われます。当然、この会議は秘密裏に行われますので公には知られません。そして、この会議には江取家の現当主も参加します」
「「!」」
環菜の言葉に、結人と頼孝は反応した。
「じゃあ、こっちに帰ってきた理由は……」
「はい。今回、その緊急会議は弦木家本家で行われることになっているのです。そこで……。その……」
「?」
だが、そこから先を言おうとしたが、環菜はどこか言い淀んでいる。
結人はその言葉に関する事に縁がない故に、そんな彼女の仕草がよくわからず首をかしげ。
頼孝は
「そこで……、弦木家は―――――」
「―――――――――」
その先の言葉を聞いた、虚ろな結人の眼は静かな昏い炎のような色が宿り。
その先の言葉を聞いた、頼孝の眼は少年のものではない老練した目を伏せた。
「……本当に、どこも本当に、ロクでもないことばっかりだな」
あまりの内容に、少年はこの世界で初めて、明確で形容しがたく言葉に出来ない感情に眉をひそめたのだった。
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