第4話「準備へと」
「特殊調査活動部」の第一回作戦会議は滞りなく終わり、昼休みの終了と共に3人は自分のクラスに戻り、午後の授業に励む。
そこからはいつもののように授業が進行し、これといった特別な授業はなく、日常の一風景として時間と共に生徒たちはそれぞれ教師からの教えをノートに書きこんだりしている。
環菜は僅か短期間ながらも優秀な成績で入学したという経緯が知られているせいか優等生として周囲に知られている通り、非常に真面目に授業に取り組んでおり、時々質問をするなどをしたり、学習ノートに事細かく書き込んでいく。
欠点のないように思えるが、タブレットを扱う授業の際ではどことなくぎこちない様子で周囲にタブレットの細かい使い方を聞き込み、それをノートに書いたりとせわしない。
頼孝は授業が退屈なのか、途中で教師に隠れて居眠りをしたり、適当に聞き流したりしている。だが要点は抑えようとしているのか、教師が「ここが大事」と言った所では学習ノートに書きこんだりするなど、変な所で真面目そうだ。しかし数学の授業に関してはほぼ門外漢、もとい苦手意識があるらしく、ほぼ居眠りしてやり過ごしていた。
「……」
そんな2人の様子を見ながら、結人は窓の外を見ながら、教師の授業や講義をラジオ感覚に聞き耳だけ立て、授業や学業とは一切関係のないことを頭の中で考えを巡らせている。
初めから聞くに値しない雑言には微塵も興味ない。
あるとすれば、その必要最低限の情報の取捨選択の中から選別されたものが有益か否か。
たまに混じる教師一人一人の人生観や道徳などにも興味ないし、そんなものは巣に近づく虫の羽音とさえずりと何も変わらない。6時限目にあった道徳の授業はただのピロートークと何も変わらないと耳栓を用意したくなったほどだ。
「おーい、葛城。この箒、悪いけどロッカーに全部ぶちこんでくれん? 机みんなで一気に動かすからさ」
「ああ、いいぞ。くれ」
授業が終われば掃除の時間。クラスメイトと協力して掃除を手際よく済ませ、終業に向けて終わらせる。
そうして最後の
葛城結人は「周囲に協力的で特に特徴もクセもない男子生徒」を演じながら学業に励んでいる。彼にとって学校に通う理由は「当たり障りのない一般人のフリ」をしやすくなるように高校の卒業認定をもらうことだけが目的で、既に働き口そのものが存在している彼にとって3年間の学生生活は無駄な時間でしかない。
「これで集まりましたね」
学校の正門から少し離れた場所。通りや歩行者の目に付きにくい、狭い路地裏で結人、環菜、頼孝の3人は合流した。
「今夜はどうする? 昼休みで夜上が言っていたことが本当だとすれば、例の二家の管理地域の調査をすると思うが」
結人は昼休みで夜上柚希が言っていた、江取家と滝浪家の管理する霊地の調査をするべきだと言った。
「それについてですが、そちらについては明日からになります」
「なんでだよ。怪異の発生件数が増えている原因がわかっているなら、早く動いた方がいいだろ。こういうのは早期解決が一番じゃないのか?」
「無論、事態の早期解決は『防人』として重要であることは十分承知しております。ですがシンプルに準備が足りません」
「準備? 何の準備をするつもりなんだ?」
「……葛城君、貴方は私がこれから何をしに行くのかわかりますよね?」
環菜はジト目で結人を見る。
「何をしにって、『灰色の黎明会』とやらが占領している可能性がある区域に……、ああ。なるほど。そういうことか」
彼女が言おうとしていることを理解して、結人はすぐに納得した。
「そりゃあ、戦うための準備だろ? これから行くのは敵地への潜入調査みたいなものだし。昨日の市民体育館、手ぶらで戦っていたわけだから、ちゃんと準備してからじゃないといきなり不利とかあるかもだろ?」
「そういうことです。今後、不法魔術師より法則や能力がわからない『帰還者』たちを相手にする以上、装備や道具は十分に準備しておかなければなりません。正直な所、昨日葛城君が相手にした『帰還者』、私が単独で戦っていたら足止めか少し負傷させるぐらいのことしか出来ませんでした」
「マジか。あれ、割と面倒くさい
市民体育で結人が戦った
“……いや、逆に言えば
そう推察した結人は環菜の言葉に大言壮語はないだろうと考えた。
共闘し始めてまだ2日程度しか経っていないとはいえ、環菜が嘘を言ったりするような人間ではないと結人は理解しているし、直接的な戦闘を見たわけではないが、実力者ではあるだろうと予測はしている。
「そういうわけですので、今夜は明日の準備期間とします。私も家に帰って装備を整えて出張りますので、2人はそのつもりで。葛城君、よろしいですね?」
「わかったけど、なんで俺は名指しなんだよ。準備ぐらいちゃんとするぞ」
心外だと結人は抗議するように言った。
「昨日の戦い方を考えてのことです。確かに貴方は強いですが、下手をすればその強さが仇になってしまうからです。だから十分に装備を整えておくべきだあと言っているのですよ」
つまりはそういうこと。
結人の戦い方はどちらかと言うと、暗殺者として動いた方が一番効果的で効率は良い。
市民体育館のような戦闘はあくまでオマケ。結人自身も真正面で戦うよりは破壊工作、暗殺などを始めとした諜報活動の方が多かったしその機会も少なかったので環菜の指摘は間違っていない。
「……ったく、お前にそんなこと言われなくてもわかっているよ。それに、この世界の魔術師連中の面倒くさいところ、俺もよく知っているから、確かに準備はした方がいいだろうな」
「? それ、どういう意味?」
「お前には関係ない。いらん首を突っ込むな。多々見はどうする?」
彼女の指摘を迷いなく切り捨て、結人は頼孝に聞いた。
「あ、ああ。オレも家に帰ってある程度備えはしておく。能力の都合上、体が資本だから、これといった準備は出来ないかもだが……」
「そうか。まぁ、それはそれでいいだろ。準備の良し悪しはそれぞれあるだろうし。俺も武器のアテはあるし、また明日な」
「お、おい! 葛城!」
そう言って、結人は2人に背中を向けて歩き出した。
「……」
去って行く結人の背中は既に近寄りがたい物々しい雰囲気をまとっていた。着ている学ランも相まって、違和感もあるが、それでも周囲に悟られないようにしていることを感じ取れる。
「彼、は……」
だが、その先の言葉を環菜は上手く言葉に出来ない。
どうしてか、去り行く結人の背中がどことなく悲しげな、寂しそうに見えた。
それを上手く表現できるような言葉を、今の彼女にはどうしても思い浮かばなかった。
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