第2話「結界術について」
同年同日
時刻は昼休みの午前12時。一部の生徒にとっては退屈極まりない学業の中でも唯一の楽しみと言っていい時間。教師による授業終了の号令と共に、生徒たちはランチタイムへと滑り込む。
男子は男子。女子は女子と別れてテーブルをくっつけ、簡単なテーブルを作り、自分たちが持ってきた昼食を卓上に置き、そこから賑やかな談笑が始まる。
中には弁当を持ってこずに学生食堂に足を運び、自分の好みのメニューを券売機の前で悩みに悩みながら選んで食堂のおばちゃんたちに渡し、完成したものを食べる。
ありふれた、ありきたりな
だが、そんな平和な風景とは縁のない場所がある。
学園新聞部において「近づけずの空き教室」というオカルト染みた噂が付いている3階の端っこにある使われなくなったと思われる空き教室。
曰く、その「近づけずの空き教室」に足を運ぼうとすると頭の中に「帰れ」とか「来るな」の文言と思考が浮かび上がって、気が付くと近づけずに既に引き返しているような状態になっているのだという。
噂が噂を呼び、中には「チャレンジ」と称して近づこうと試みた者たちもいたが、やはり同じことで以降は誰もが不気味に思うようになって近づこうとはしなくなった。
「――――――という触れ込みで、この教室に部外者は近づけないようにしたのです」
「近づけずの空き教室」、もとい「オカルト研究部部室」こと「特殊調査活動部」の中で持参した弁当を食べながら
「ようは、暗示の術式を刻んだ
そう言うのは自作のおにぎりを口に運ぶ
「それは私がこの結界を構築する時に設けた“
つまり、3階全体に結界が張られていて、誰もこの「空き教室」に対して疑問を抱いたり近づいたりすることは出来ないらしい。
「そーいや、弦木ってどれぐらいの範囲の結界を張れるんだ? 話を聞いていると結構結界術とかすごそうだなーって思うんだけど」
「それは気になるな。今後の参考にさせてもらいたい」
シンプルな好奇心から頼孝は環菜に聞いた。結人は今後彼女と共闘するのなら、彼女の実力の一端ぐらいは知っておいた方がいいだろうと耳を傾ける。
「そうですね……。ちょっとざっくりですけど、私個人の魔力と術式だけでは厳しいですが、東京ドーム一つ分ぐらいの結界を張ることは出来ますね」
「―――――マジ?」
「ぶっ」
だが返って来た答えは出来るか出来ないとか、それ以前のスケールのお話だった。
その返答に頼孝は陽気な顔を真顔にさせて啞然とさせ、結人は一口飲んだお茶を噴き出しかけた。
「ですがこれは外因結界の話ですね。外に弾いて内部に入らせないようにすることだけしか出来ないですが、内因結界なら私のアレンジした魔術式をある程度付与することで結界内の空間にある程度色んな効果を付与することが出来ます」
「……それ、シンプルに強くないか? それが出来るんだったら、あの
「良くないですよ。安易に結界を広げすぎても、一般人を巻き込む可能性もありますし、広ければ広いほど魔力の消費量が多いですし、そこに何かしらの魔術式を付与したらそれはそれで負担が増えます。それぐらいの結界を張るなら、時間をかけて入念入りに準備をしておかないといけません」
「それもそうか。そこまでやったら流石に
合理的な観念から結人はそのように考えた。
現時点では使う予定のない奥の手と合わせれば、周辺の被害を考慮しないという条件でなら最大の成果を出すことは出来るだろうとも。
だがそれは最終手段とするように考えている。もしそうなった場合、敵だけではなく自分にとっても後が大変なことになることは目に見えているからだ。
「市民体育館であの右腕が黄金のヤツがやっていた結界……。
結人は市民体育館で戦った、クリュサ・オルゴンがやろうとしていたことを思い出して言った。
戦っている中で「
それについての疑問を思い出し、改めてこの手の専門家であろう環菜に聞くことにしたのだ。
「恐らくですが、あの界域を街にまで広げようとしていたのではないかと思います。市民体育館を結界の基点、あるいは中心地にして街を丸ごと引きずり込んで異界化しようとしていたのかもしれません。そうなれば、多くの一般人があの結界の中で殺されていた可能性があるでしょう。予想ですので、確かなことはわかりませんが」
「やっぱりそんな所か。大層なこと言っていたが、結局は虐殺をしようとしていたってことじゃないか。クソ、あの時手足を切り落としてでも捕まえておくべきだったな」
彼女からの説明を聞いて結人は改めて逃がしたことを悔いた。
万が一、クリュサ・オルゴンの「界域」が街にまで及べば、結人自身の手にも負えない惨劇が広がっていたであろう。
その前に結人がクリュサの右腕を切り落とし、無力化に成功したのでそうはならなかったが、結果的にあの「ルーラー」と名乗る「灰色の黎明会」のリーダーと思わしき男に連れていかれたので捕まえることが出来なかった。
自分が
「それはそれとしてさ。今後どうする? あの資料を基にあの連中……『灰色の黎明会』とやらを調査するべきなんだろうけどさ。アテとか、なんかないの? あ、葛城、このおにぎりもらうわ」
頼孝は環菜に聞きつつ、結人のおにぎりをもらう。それに対して結人は眉間に皺を寄せるが、別に腹が減っているわけでもないので良いとした。
「それについてはちゃんとアテはあります。市民体育館の一件で色々ありましたけど、機関の方で調整をして、協力者を派遣してくださることになりました。ですが、前も言いましたけど、草薙機関の方は多忙ですので人員を割けない状況下にありますから、直接協力してくれるのは限定的です」
「マジか。でもまぁ、来てくれるだけありがたいと思わねば。その御仁……じゃなくてその人はいつ来るんだ?」
古臭い口調になりかけていた頼孝だったが、そこから言い直して聞いた。
「そうですね。もうそろそろ来る頃合いかと」
「え?」
頼孝が変な声を出した瞬間「特殊調査活動部」の教室が勢いよく開かれた。
「はーい、どーも皆さん! 青春しているー? 呼ばれて飛び出て助っ人のお姉さん大登場ー!」
「どちらさまー!?」
ジャジャーンという効果音が出てきそうな飛び出し具合とそのハイテンションと共に、破天荒な登場の仕方をしてきた女性に対して、結人は思わずおかしな声と共にびっくりしてしまった。
……この時、結人は思いもしなかった。
この女性がきっかけで、いや彼女が現れたことが分岐となって自分の運命が大きく変わり始めていくことに。
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