第75話 結局

 衣装が何倍にもマシになった感動を噛みしめる間もなく、俺達は自治体の指示に従い、配置に着いた。

 主な仕事は子供を今回のイベントに参加してくれる家への誘導と俺達からのお菓子の配布。俺達までコスプレ必要がないのではと思ったのだがそこは主催なりの気遣いなのだろう。

 子供達の騒ぎ声が聞こえてきた辺りで俺は手に持っている籠を確認する。

 今回はたけのこの威信をかけた戦いなので思い切ってアソートを3袋買った。公平を期すためにちゃんときのこも入れてある。不本意ではあるが。


「白守さんは何持ってきたんだ?」

「おせんべいにデリシャス棒にレタス権三郎とかぁ」


 籠を漁って色々見せてくれる白守さん。せんべい以外には共通点があることに気付いた。


「それ文化祭の出し物きっかけで買っただろ?」

「え~分かる?」

「まぁな」


 そりゃあな。ほとんどが白守さんが文化祭の時に買っていたものだ。まぁ、それだけ思い出深い品だったのだろう。


「それよりもきのこはどうしたんだ?」

「へ? いきなり茸?」


 俺の言葉に素っ頓狂な声を上げる白守さん。やはり、というべきか俺と白守さんの間で会話が成り立っていない。

 でも俺が一応、きのこも持ってるからフェアにはなるか。


「まぁ、いい。不本意だがきのこも持ってきたからな」


 籠を持ち上げて見せると白守さんが興味深そうに見るがすぐに別の方へと向いた。

 何事かと思ったがこちらに子供達が来たからだ。それぞれ個性的なコスプレをしており、何とも可愛らしい。


「トリックオアトリート!」

「はーい。どうぞ」

「好きな方1つ取ってな」


 子供達の視線に合わせて屈み、籠の中身を見せるように差し出す。

 キラキラとした目で籠を覗く子供達。まず1人目、男の子が白守さんの籠からせんべい、俺の籠からきのこを取り出した。


「き、きのこかぁ……。たけのこにしない?」

「だってきのこの方がチョコ多くておいしいじゃん」


 俺の誘導も空しく、当然といった様子で突っぱねる男の子。

 ま、まぁ子供には分からんか。は、ははは。

 幸先の良くない結果に内心でかわいた笑いを浮かべる。


「わたしはたけのこ~」


 すぐさま女の子が俺の籠からたけのこを取っていってくれた。小さな同志の存在に思わず笑みが浮かんでしまう。

 白守さんはお菓子をもらって喜んでいる子供達に小さくはにかんでいる。


「おねーさんとおにーさんありがとー!」

「ありがとうございます!」


 元気よく手を振って離れていく子供達に小さく手を振り返す。

 子供達がこちらに背中を向けたのを確認して大きくため息をついた。


「どうしたの?」

「あーいや、今のところきのこの方が人気でな」


 たけのこを取ってくれた女の子以外は全員きのこを取っていった。考えてみれば当然の結果だ。例外はいるかもしれないが子供はチョコが好きだ。

 ならばこの場においてはチョコの比率の高いきのこの方が人気なわけで……。


「そこまでこだわる理由は良く分からないけど、まだ最初のグループなんだから、ね?」

「まぁ、それも……そうか」


 まだ釈然としない感じはあるがなんとか気持ちを切り替え、次の集団を待つ。

 白守さんと雑談をしているとほどなくて次の集団の声が聞こえ始めた。


 ***


「はぁ~~~~~~……」

「その、落ち込まないで」


 8組目の集団を見送ったあたりで俺は大きくため息をついてしゃがみこんでしまう。傍から見ると落ちてるバナナの皮みたいになっているだろうな。

 それもそうだ。やはり子供達はきのこばかり取っていった。果てには俺に気を遣ってきのこを取ろうとした手をたけのこに変えて持って行ってくれた子が出て来るほどだ。

 子供に気を遣われるとは……俺は何をやってんだか。


「な~んか馬鹿馬鹿しくなってきた……」

「よく分からないけど、気負い過ぎないようにね?」


 勝ってるからってなんて余裕だ……。本来ならこっち優勢なはずなのに。まぁ海外だときのこ派が多いらしいが。


「お~い! そろそろ交代だぞ」


 遠くから他のクラス委員のメンバーが声をかけてくれた。

 秋とはいえまだ暑いので主催の厚意で休憩時間をもらえることになっている。


「ほら、行くよ」

「そう、だな」


 身体を重くしている空気を吐き出しながら立ち上がり、休憩場所へと向かう。その間、手に持っている籠の中はなるべく見ないようにした。

 ほどなくして休憩場所──着替えた控室のある所に到着する。着た時にはなかったテーブルと椅子が用意されていた。他のクラス委員はそれぞれ好きなところに腰を下ろし、雑談や持ち込んだお菓子をつまんだりして休憩している。

 俺達も適当な席に腰を降ろす。──っとその前に。


「ぶはぁ」


 怪盗が変装を解除するか如く衣装を剥ぐと優しく秋の空気が俺を撫でる。

 背もたれに衣装をかけて椅子に座った。


「お疲れ様」

「白守さんは暑くないのか?」

「ちょっと暑いけど寺川君ほどじゃないかな?」

「そりゃな」


 そう言って白守さんにおどけて笑って見せた。白守さんはどこか安心したような笑顔を浮かべてこちらを見つめる。


「あ、ちょっと待ってね」

「ん?」


 俺の返事を聞く間もなく白守さんは俺達の荷物が置かれている控室へと走っていった。

 その後ろ姿を目で追うことしかできず、少し待っていると白守さんが巾着を持って戻ってくる。


「はい。これ、食べて」


 そう言って白守さんが出してきたのはラップに巻かれたおにぎりだ。ただのおにぎりというわけではなく、見たところ炊き込みご飯のおにぎりのようだ。

 油揚げに人参、筍に茸──


「寺川君の言ってたことは良く分からなかったけど茸も筍も私は好きだよ」

「あ──え~っとその……」


 今までの違和感に合点がいったのと同時に気まずくなった。

 白守さんは自分の家の和菓子以外のお菓子をほとんど知らずに育ってきたというのに……。

 そりゃ前知識もないのにきのこかたけのこかと言われたら戸惑うわけだ。

 目に手を当てて大きくため息をつく。それから不思議そうな顔をする白守さんからおにぎりを1つ受け取った。

 ラップをはがし、口にほおばる。普通にうまい。安定してうまい。茸のうま味や調味料の味が調和している。筍の食感もアクセントとなってとてもいい。


「その……口に合わなかった?」

「あ、いや、違うよ。美味しい。マジで美味しい」

「よかったぁ」


 おにぎりを食べても黙り込んでいたのが心配だったのか白守さんが声をかけてくる。おにぎりをぺろりと平らげてそう答えて見せると白守さんは表情をほころばせた。


「寺川君は何のこと言ってたの?」

「ああ、そうだな。ちゃんと説明しないとな」


 俺が一息ついたタイミングで白守さんが疑問を投げかけてくる。頷いてお菓子を入れた籠を前に出した。


「俺が言ってた『きのこ』がこれで『たけのこ』がこれ。古来より日本ではこの2つのどっちが好きかで争い続けてな。古事記にも書かれてるんだ」

「その時代にチョコはないから嘘だと思うよ」


 白守さんは小ボケに真面目にツッコむな。まぁそんなところが可愛んだが。

 せっかくなので各1袋ずつ白守さんに渡す。すると白守さんは物珍しそうに包装を色々な角度で見始めた。


「んでまぁ、俺はたけのこの方が好きってわけ」

「こんなのもあったんだね~」

「まぁ文化祭の時は置かなかったからな。カテゴリー的に駄菓子じゃないから候補にすら出てなかったしな」


 説明していると白守さんが期待のまなざしをこちらに向けていることに気付いた。──なんだこの可愛い生物は。


「どうしたんだ?」

「これ、もらってもいい?」


 2つの個包装をこちらに向けながらウキウキな表情をで聞いてくる白守さん。

 本当に自分がきのこだのたけのこだの騒いでたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「いいよ。おにぎりのお礼も兼ねてな」


 元より上げるつもりだったからな。特にたけのこは余りそうだしな。

 返事を聞くや否や白守さんは個包装を開けて食べ始めた。観察しながら食べる様は俺達がお菓子を配った子供達と似ている。

 その様子をほっこりとした気持ちで見ていると食べ終わったようで白守さんは小さく手を合わせた。


「ご馳走様」

「お粗末様? 白守さんのこと考えずに変に突っかかってごめんな」

「ううん、気にしてないよ。私もおかしいと思ってたのに何も聞かなかったのが悪いし」


 素直に謝罪の気持ちを言い、仲直りのようなものをする。別に俺がから回ってただけなので喧嘩、として成立しているか怪しい。

 モヤモヤが解消したところでいつものように雑談に戻るとしますか。

 そういえば白守さんはきのことたけのこを食べるのが初めてだったよな。


「白守さん的にきのことたけのこどっちが好き?」

「ん~どっちも美味しかったけど私はきのこの方好きかも」


 ──この日、俺の顔から表情が消えた。

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