キミがまた笑える日が来るまで
空野そら
第一章:僕らに慣れるまで
第一章:プロローグ【始めは名前から】
俺には幼馴染がいる。そいつは男女構わず魅了するほどの美貌の持ち主で、誰にも優しく、誰からも慕われていた奴だった。陰とは真反対の存在で、陰キャと関わることなんてないはずだった。
そして幼馴染の俺とも関わることなんてもうないと思っていた。
だがある日、その幼馴染はボロボロになった姿で俺の家を訪れてきた。その姿は普段の様子からでは全く想像ができない程で、例えるなら何十回も使い回したボロ雑巾のようで。そんな幼馴染をそのまま追い返すなんてこと、俺にはできず、そのまま受け入れてしまった。
幸いにも両親は快く受け入れて、幼馴染の両親にも事情を話し、条件付けで俺の家に同居の関係となった。
それから幼馴染は部屋に引き込まり、学校を休み続け、気付けば高校二年生の二学期を迎えていた。
「じゃあな~」
「おう、また明日」
夕陽が差し込む教室で親しい男友達に別れの言葉を交わして俺は教室を後にする。放課後に関しては特に学校ですることは無いので、そのまま昇降口へ降りて外靴を履き、帰路を辿る。
変わり映えのないいつもの帰路を無心で歩くと、いつの間にか自宅に着いていた。そして、一度深呼吸をして肺の中の空気を新しくしてから玄関扉を開ける。
そして家の中に足を入れて、扉を閉めたところで背中に視線を向けられているのが分かる。疑問に思ってゆっくり背後に視線を向けると、そこには少し怯えるように立つ成長した幼馴染の姿があった。
「......どうかしたのか?」
「............」
「......部屋から出れたことはすごいことだと思うぞ」
久しぶりに姿を見た幼馴染にどんな言葉を掛けてよいものなのか分からず、取り敢えず今まで引きこもっていたのにも関わらず、今日は部屋から出てきていたので素直に褒めてみることにした。だが違ったらしい。幼馴染は無表情ながらも怒ったように部屋へ戻ろうとするので急いで腕を掴み引き留める。
そんな俺の行動に驚いたのか、幼馴染は勢いよく振り返る。しかし、顔は合わせようとせず、水色の水のような瞳は震えていて、怯えているようだった。
勇気を出して出てきてくれたのに怯えさせてしまったらこれからも閉じ籠ってしまうのではないかと考え、瞬時に白い、華奢な腕を掴んでいた手の力を抜く。
すると幼馴染は目で追えないほどの速さで腕を体へ寄せると、二階へと通ずる階段と廊下を隔てる壁の陰に隠れてこちらの様子を伺うように顔を覗き込ませる。
取り敢えず久しぶりの印象は最悪になってしまったらしい。そんな風に困ったように後頭部をポリポリと掻いていると、リビングへ通ずるドアがキィという音を立てて開く。
「あれ? 帰ってきてたの?」
「あ、うん、ただいま」
「はいお帰りなさい......って突っ立ってどうしたの? 手を洗ってないなら洗ってほしいんだけど」
「いや、まあ、アイツが部屋から出てきたんだよ」
「...嘘!? 本当!?」
「本当だよ、ほらそこにいるぞ」
「わ~! 出てきてくれたのね~! ささ、そんなとこに居ちゃ寒いでしょ、リビングに行こ、ね?」
声を高くして壁の陰に隠れていた幼馴染に遠慮なしに近づくのは俺の母の
内心一気に詰めすぎなのではと思っていたら案の定、幼馴染は困ったように智美紀を見上げていて、次に俺に対し助けを求めるような視線を向けてきた。......こんな時にも絶対に目を合わせないようにしていた。
ただ流石に人に慣れていない幼馴染に詰めすぎなので、何とか抵抗する智美紀を幼馴染の体から引き離すと、優しい声音で囁くように告げる。
「......まあ、俺らの久しい印象は悪いかもしれんが、この家の中なら仲間しかいないから、少しくらい気を休めても大丈夫だと思うぞ。あと、母さんのためにもリビングに来てやってくれ、ただ無理はしなくていいからな」
「...............」
コク、と頭を少し縦に振った幼馴染を見て慣れない笑みを浮かべると、そそくさと洗面所で手洗いうがいを済まし、また幼馴染に構ってる智美紀を引き離してからリビングへ足を運ぶ。
リビングに着くと、智美紀はリビングを後にした用事を思い出したらしく『じゃ、母さんは二階にいるから』とそれだけ残して姿を消す。
幼馴染はソファに座る俺をドアの近くで見てるだけで、決して近づいて来ようとしてこない。俺は適当にスマホを突いていたのだが、誰かに見られながらスマホを突くというのは少なからずも気まずさがあり、電源を落として制服のポケットに入れると、ソファの空いている部分をポンポンと叩いて幼馴染に言葉を飛ばす。
「え~っと、そこに立ったままは辛いだろ、空いてるから座ったらどうだ? 俺に退いてほしかったら退くから」
「...............」
何も反応しないが、静かにこちらへ近づいて来たので、俺はなるべく多くのスペースを渡すために、ソファのギリギリまで寄る。ソファの前に立つと、プルプルと震えた手でソファのシートを撫でてからゆっくりと身を預ける。
横目で幼馴染の姿を確認したが、ソファに座る幼馴染は肩を
どんな言葉を掛けて、どう会話を続けていけばいいのか分からず、思いついたことを片っ端からいってみることにする。
「家の中、というかリビングとか、風呂とか、そういうところには自由に行っていいからな? その行動が間違っていたとしても強く怒ることはないから......」
「............」
「え~っと......あ、そうだ、呼び名はどんなのがいいとかあるか? なかったら木村か、菜美って呼ぶが......」
特に反応がない。そのため、俺は少し躊躇いはあるものの、仲を深めるためにも幼馴染の名前で呼ぶことにする。まあほぼ同居の状態で苗字というのはどこか他人行儀のようなものがあるからな。
「じゃあ、
始めは名前から、そこから徐々に、一歩一歩進んで行けばいい。そう考えて、ソファに深く身を預けるのだった。
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