第8話

「ユータ、ナツ、居るの?」


 高橋さんと激しいキスをしてから間もなくして、チアリーディングチームの入口の引き戸が開いて誰かが入ってきた。

 ちょっと生意気な年頃の女の子の声とくれば、小泉さんしか思い当たる節がない。


「……ッ!」


 僕たちはとっさに気まずい雰囲気となって、お互い顔を合わせないようにした。

 さっきまで舌を絡めてキスしていたのが嘘のようだ。

 小泉さんは僕たちのことを知ってか知らずか、お互いの顔をじろじろと見つめた。


「アンタたち、うまくやってくれたじゃない。しかも初手でディープキスなんて、やるわね」


 小泉さんの顔は、どことなくチビッコプロデューサーのドヤ顔のようにも見えた。

 ……ってことは、小泉さんはすべてを知っていたってことか?


「小泉さん、まさかこうなることを考えて動いていたのか?」

「そうよ。気づいていなかったの? ナツ、あの後からずーっとアンタのことを気にしていたのよ」

「あの後って……学校祭の後から?」


 僕は高橋さんの居る方向を向くと、彼女はコクリと頷いた。

 学校祭の時に僕が高橋さんのことを励まして、そのことがきっかけとなって告白と初手ディープキスとなったというわけか……。

 励ましたついでに、高嶺の花を落としたってことか。


「カノン、あの時の模様はちゃんと収めていた?」

「もちろんよ! フォーム確認用にスマホを用意しているからね。あとはこれをこうして……」


 小泉さんは今朝僕が自習していた時と同じように、素早くスマホの画面をタップしている。

 様々なことをやってきたせいもあって他校の知り合いが多いと聞いていたけど、まさか……。


「できたわ。はい、送信……っと!」

「小泉さん、一体何をしたんだよ」

「見てわからないの? ジュニアチアリーダー時代の友達に送ったのよ。『アタシのオナコーのフレ、ピを作ったわ』ってね」


 ピってカレピ……、もとい彼氏、だよな。ってことは、僕のことを友達にばらしたのか?


「もちろん、写真入りよ。ほら!」


 小泉さんは軽く頷くと、僕と高橋さんにトークルームが映し出されたスマホを見せてくれた。写真はキスしているところをズームしている感じだけど、肝心の僕の顔は全く見えない。見えるとしたら、高橋さんの顔がギリギリ見えるか否かといったところだ。

 ただ、トークルームのタイトルは……『ジュニアチア時代の知り合い』ってどういうことだよ!


「まさか、ジュニアチアリーダーをやっていた時のフレに送ったのか?」

「もちろんよ。これでアンタの名はここの区内の子だけじゃなくて隣の区やあの私立高校にも知られるわよ」

「そうなると、僕は逃げられなくなるってことか」

「逆に考えてみなさい。アンタ、幼なじみからサヨナラされたでしょ。それならいっそ退路を断って、ナツと付き合ってみたらどうよ? アタシの友達も応援……というか、むしろアンタたちを引っ掻き回すかもしれないわよ。何せナツ以上に魅力的な子たちばかりだから」


 そう言って、小泉さんはポーズを作ってウィンクを飛ばした。

 ……ただでさえ高橋さんだけでお腹がいっぱいだというのに、さらに魅力的な女の子たちが控えている、だって? 一体どういうことだよ?


「高橋さん、その……大丈夫?」

「大丈夫だよ、私は。だって、これから楽しいことが起こるんだもの。君と私との、ね」


 そう一言だけ言い放ち、高橋さんは意味深な笑顔を浮かべた。

 突然のキスの次はそれを拡散されてしまった僕は、一体これからどうなるのだろうか。

 人生全ての答えは己の中にある、ただこれだけを信じて努力を重ねる……。


「コラ、何やってんのよ二人とも!」

「ごめん、カノン」


 ……そうなればいい、かな。


 ただ、この時の僕は気がつかなかった。

 この出来事が、一生の運を使い切っても手に入れることができないURウルトラレアクラスの美少女たちとのファーストコンタクトのきっかけになったということを。

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