お菓子な日常
雪野スズネ
第1話 入部希望
「ここかな……?」
ぼくは扉の前に立ち止まり、手元の地図と看板を見比べる。この扉を開けるべきだろうか?ぼくは扉の前で行ったりきたりしていた。だが、決心がついた。扉の前でピタリと止まって深呼吸をする。落ち着け、ぼく。まずはノックをして、そのあとすぐに扉を開いた。
「失礼します」
このとき、ぼくの胸は微かな期待と――大きな不安でいっぱいだった。
部屋には二人の女生徒がいた。おそらく、先輩であろう。一人はメガネを掛けており、優雅に本を読んでいる。もう一人は……ひたすらサンドバックを殴っていた。あれ?
ここってそんなことするとこだっけ……?想像との違いに困惑する。何をして良いのかわからない。
ぼくは立ちすくむしかなかった。すると、メガネの先輩がこちらに気づいて声をかけてくれた。助かった!
「こんにちは。あなた……入部希望者?とりあえず中に入って。どうぞ」
「は、はぁ」
ぼくはそのまま部屋に入っていく。そしてカーテンで仕切られたスペースに案内された。
「ここで待っていてくれる?今準備してくるから。」
「は、はい」
しばらく待っていると、さっきの二人がティーセットを持ってきて正面に座った。まるで面接みたいだなと思った。
「それでは面接を始めます」
本当に面接だった。
「えぇ?聞いてないんですけど……。」
ぼくは必死で訴えかけたが、二人は無視して話を進める。
「では、面接番号と名前を教えてください」
「だから――」
「教えてください」
「1年2組出席番号25番 響拓斗です」
ぼくは面接番号とかは無視して話を進めた。二人の先輩は先ほどからあからさまにこちらを見ながら笑っている。クスクスと。なんだかこちらを見つめる2人の目は久々の獲物を見つけた獣のよ……。
「では、スリーサイズをお願いします」
「ヴぇ!?」
それはあまりにも唐突だった。そんなことを男であるぼくに聞いてなんの意味が……。いや、意味なんて無いのか……?
「は、測ったことないです」
「男で測ってたら嫌だわ」
さっきまでサンドバックを殴っていた先輩が鼻で笑いながら答える。こっちだって女がサンドバック殴ってたら嫌だわチキショー!
「では、後日測ってみましょう」
もう一人の先輩が満面の笑みで衝撃発言をする。は、反応に困るな、そんな風に考えていると「冗談よ」とイタズラっぽく笑う。可愛い。なんか胸がドキドキしてきた。
「じゃあ、次は志望動機だ。ほら、早く言えよ」
理不尽な先輩が怒気のこもった声で、睨みながら聞いてくる。さっきまでとは大違いだ。
「ぼ、ぼくは純粋に……」
「嘘付け変態!!」
真面目に志望動機を述べようとしたのにまさかの変態扱いである。
「ぼ、僕は変態なんかじゃない!……です」
さすがの理不尽にぼくは我を忘れて叫ぶ。こんなのあんまりだ!
「あ?この部活が何をする部活かわかってんだろ?」
さらに怒気を強め、キツい口調で責めてくる。めちゃくちゃ怖い。
「そ、それは……」
「んで、ここに入る奴らってのがどんな奴らかっとのもわかってんだろ?」
「う……」
図星だった。それはこの部屋に入る前で危惧していたことでもある。そう、そ
の理由とは……。
「ズバリ!お前は“女”が目当てなんだろう?こんな“お菓子を作る部活”に男が来る理由なんざ、それしかないもんな!」
そう、ここはお菓子を作る部活。正式名称『お菓子研究会』通称かしけん。普通、男なんか入ろうとは思わない。しかし、僕の趣味はお菓子作りなのだ。別にかしけんに入る動機がないわけではない。だが、周りから見れば……女の子目当てだと見られてもしょうがない部分があることはわかっていた。それが不安材料の一つでもあった。現に興味がなかったわけでは……ないわけだし。
「ぼ、ぼくはお菓子が作りたいんです!」
ぼくは無駄に胸を張って言った。
はっきりと、大きなった声で。二人の先輩の視線が怖い。そして……。
「ふむ。確かに女だけが目当てというわけではなさそうだな」
沈黙を破ったのは厳しいほうの先輩だった。
「まぁ、うちの部員に手を出せるとも思えないしな。よし、入部を認める!」
先ほどまでの厳しい態度が一気に柔らかくなる。それを見て、ぼくも全身から
力が抜けた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、今日からお前も立派なかしけんのメンバーだ!」
こうして、ぼくこと響拓斗は晴れてメンバーとなれた。最も今日は見学の予定だったのだが……まぁいっか。
「……確かにさーちゃんの言うことにも一理あるわね。それになんたって部長権限ですものね、わたしも認めるわ。」
優しいほうの先輩もすんなり認めてくれた。とりあえず安心していいのかな?入部はほぼ確定したみたいだけど。
「私の名前は西園寺紗百合。よろしくな!タク!!」
厳つい先輩、西園寺先輩は自己紹介のあと、いきなりあだ名で呼んできた。先ほどまで変態扱いされていたのが嘘のようだ。案外、さっぱりした性格なのかもしれない。
「さーちゃんはこう見えてかしけんの部長なのよ」
優しい先輩がさらりと教えてくれた。ぶ、部長だったのか……。
「わたしは神崎真理。よろしくね、響くん」
優しい先輩、神崎先輩も自己紹介してくれる。
「本当はあと5人くらい居るんだが、生憎忙しいそうでな。紹介はまた今度になりそうだ。」
さりげなく心配していたが、さすがに二人きりの部活ではないようだ。良かった。それにしても、他の先輩も気になるなぁ。
「さっきはいじわるしちゃってごめんなさいね」
そう言いながら、神崎先輩がお菓子を持ってきてくれた。
「あれって、一種の入部テストなの。変な人が入らないようにって。気分悪かったでしょ?本当にごめんなさい。でも、響くんは変な人じゃなさそうだし……。これからは楽しい時間が過ごせそうだわ。ありがとう。これ、好きに食べていいからね」
「あ、ありがとうございます」
いやぁ、神崎先輩は優しいなぁ。さっきまで部長の厳しいテストを受けていた分、優しさが心に染みる。
「結局、今日はタクだけか、体験入部希望者」
部長がつまらなさそうにつぶやく。
「いろんな部活があるんだもの。初日は大手に人が集まるものよ」
「そんな中で真っ先にうちに来たタクはよっぽど菓子づくりが好きなんだな」
「はい!大好きです!」
「でも、そんなにお菓子づくりが好きなら悪いことしちゃったかしらね……」
「え?」
神崎先輩の意味深な言葉にぼくは思わず反応してしまった。
「あのね、この部活は基本“食べる”部活なのよ。お菓子づくりは二週間に一度だけ。お菓子を“食べて”研究するの」
「えーと?“食べる”だけ……?」
「市販のお菓子から高級お菓子、各自の手作りお菓子なんかのありとあらゆるお菓子を“食べる”普段の部活はそんな感じだ。たまに研究の一環ということで作るんだ」
部長の解説で拓斗は全てを把握した。この部活、お菓子研究会はお菓子を“作る”のではなく、“食べる”部活なのだ。いっぱいお菓子が作れると思っていたぼくのテンションは下がった。とても裏切られた気分だった。だが、よくよく考えてみると、名前にお菓子を“作る”って入ってないよな……。
「もしかして、入る気無くしたか?」
部長が軽い調子で聞いてくる。
「う、うーん。どうしましょ――」
ぼくは躊躇いながらも遠慮しようした。が、神崎先輩が唐突にこんなことを言った。
「日本じゃ滅多に見ないケーキとか持ってきてあげるよ?」
その言葉を聞いて、ぼくのテンションが一気に高まる。というのも、ぼくはいろんなお菓子を作りはするものの、現物を食べたことなんてほとんどない。そんな憧れのお菓子が、この部活で食べることができると聞き、ぼくは躊躇いを捨ててこう言い放った。
「絶対に入部します!」
美人でやさしい先輩と貴重なお菓子……この部活に入らない理由なんてぼくには思いつかなかった。
「さて、そろそろ帰るか」
部長が伸びをしながらつぶやく。外は日がかなり落ちていた。
「響くんは電車?」
「いいえ、徒歩で来てます」
「駅の方からかしら?」
「そうですね、駅の前を通ります」
「じゃあ、一緒に帰りましょっか」
「はい……え?」
結局、ぼくは先輩と帰ることになった。
「タクは明日も来るのか?」
部長も一緒だ。ちょっとだけガッカリ。
「はい。その予定です」
「はぁ~やっぱり後輩ってのができると浮かれちまうもんなんだなぁ」
部長がにやけながら言う。厳しい顔しか見てなかったので、拓斗は不意に見たにやけ顔に思わず見とれてしまった。
「さーちゃんて意外と可愛いでしょ」
神崎先輩が拓斗の耳元で囁く。ぼくは驚きと恥ずかしさで耳まで真っ赤になってうつむく。心の中を読まれた?もしかして先輩はエスパーなのか……?
「なにナイショ話してんだぁ?私も混ぜろよな!」
部長がぼくと神崎先輩の肩に手を回してきた。
「いや~明日からが楽しみだ。新入部員を一人確保できたし、これから何して遊ぶか考えちまうぜ。タクも楽しみにしてろよ。絶対後悔させねぇからよ」
部長が満面の笑みで語る。ぼくはその言葉に胸を打たれた。ぼくみたいな、男のくせに趣味がお菓子作りな奴を部員として認めてくれたのだ。さらに、入部テストのように拒絶されると思いきっていたぼくには今の部長の言葉がぼくに対する信頼の表れのように感じたのだ。
「さーちゃんは急に懐くからね。最も、本人は黙っている間にいろいろ考えているらしいんだけど……」
「細かいことは気にすんな!」
部長が笑いながら肩に回した腕にさらに力を入れる。ギュッと抱きしめられるぼくは部長と神崎先輩の体温が伝わってきて非常に幸せだ。
「ところでさーちゃん」
「なんだ?」
「響くんがいやらしい顔してるわよ」
「!?」
神崎先輩の爆弾発言にぼくは声も出なかった。驚きの表情で固まるぼく。部長はそっと神崎先輩の肩から手を離し。ぼくの肩に回した腕をそのまま首に回す。部長の表情は見えないが、空気でわかる。きっと殺意の表情だ。な、なにか言い訳を……。
「あの……」
「響くん!なんでそんな変なこと言うの!」
笑顔でぼくに投げかけた神崎先輩の言葉は、部長のこころの引き金を引いた。街中にぼくの断末魔と神崎先輩の楽しげな笑い声が響いた。
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