振り返ってはいけない

 スマホを確認しながら、ようやく目的地へと辿り着いた。

 周辺を見渡すと、やはり夢に見た場所に間違いない。

 何度も夢で目にしているからか初めて訪れた気がしなかった。

 不意に後ろから声を掛けられた。

 振り返るとそこに同い年くらいの女の子が立っていた。地元の子だろうか。


※「もしかして、この一本道を通る気? この道はでる道だよ。でると言っても、何かが見える訳じゃないから安心して。せいぜい後ろから声を掛けられたり、変わった音が聞こえてくる程度だけど。それでも通る気なのなら誰かに声を掛けられても、決して振り返っちゃだめだよ。振り返っちゃうと……帰ってこれなくなっちゃうから……。そんなの……嫌でしょ……? 何があってもこの道を通り抜けるまでは絶対に振り返らない、約束だよ?」


 帰ってこれなくなるとは、心霊スポットとして死者の道と呼ばれる所以ゆえんだろうか。

 女の子の忠告を聞くも好奇心の方が勝り、この道を通る旨を伝えると女の子は悲しい表情を見せた。

 その為にこの場所までやって来たんだ。

 しかし、女の子の表情に嘘偽りは感じられない。

 この道を通る間だけは女の子に従い振り返らないようにしよう。

 夢に見た長い一本道へとゆっくり足を踏み入れた。

 真っ直ぐの道をしばらく歩いていると、後ろの方から足音が聞こえてきだした。

 後ろの方から誰かがこちらへ向かって近付いて来ている。

 ここは一度、女の子の忠告に従い振り返る事はしない。

 その場で立ち止まり耳を澄ましてみる。

 その足音は自分が立っている真後ろまで近付くと、ピタリと止まった。


 「だーれだ?」


 耳元で低い男の声が聞こえた。

 振り返ってはいけない。

 この場は聞こえないフリをして、一時やり過ごそう。

 男の問いかけには意に介さないまま、小さく深呼吸を数回繰り返す。


 「聞いてた話と違うじゃねーか」


 男は気怠そうに一言吐き捨てた。

 背後から踵を返して去っていく足音が聞こえた。

 面識の無い相手に対して、いきなり背後から「だーれだ?」なんて声を掛けるのは明らかにおかしい。

 とにかく今は先へ進もう。

 数分歩いていると、 道端にたくさんの花束が置かれている光景が視界へと映り込み、思わず足を止めてしまった。

 恐らく、此処で誰かが亡くなったのだろう。

 どこからか、しとしと雨が降る音が聞こえてきた。

 その雨音は次第に激しくなり、まるで大雨模様だ。

 突然、自動車が急ブレーキをする時に発する音が鼓膜をつんざいた。

 直後に自動車が何かに衝突し、鈍く重苦しい音がした。



「うぅ……痛い……助けて……誰か……苦しい……」


 女の声が聞こえた。

 眼前の光景になんら変化はない。

 だとすると、助けを求めるか細い声を発する女は後ろ側にいる事になる。

 思わず振り返ろうとした際、ある事に気付き何とか踏みとどまった。

 常に大雨が降る音がしているのに、どこにも雨は降っていない。

 助けを求める声に応える訳にはいかない。


「うぅ……痛いよ……苦しいよ……お母さん……お母さん……」


 振り返ってはいけない。

 この悲痛な濡れた声も振り向かせようとする為のものだ。


「チッ、薄情者」


 舌打ちの後に一言聞こえた途端、降り頻る大雨の音が止んだ。

 常にまとわり続けている薄暗い靄を振り払えた気がして、ほっと胸を撫で下ろす。

 ここに棲まう何者かが、あの手この手を使って振り向かせようとしている。

 落ち着いて行動しなければならない。

 再び、歩を進める。


「おはようございます」


 男の声だった。

 どうやら後ろから挨拶されているようだ。


「こんにちは」


 挨拶の言葉変わった。


「こんばんは」


 また挨拶の言葉が変わった。


「おやすみなさい」


 おやすみなさい?

 どういう意味だ?

 振り返る事はしないけれど、思い掛けない無い挨拶に思わず足を止めてしまった。


「おやすみなさいおやすみなさいおやすみなさいおやすみなさいおやすみなさい」


 おやすみなさいの言葉に反応を示してしまい、男に付け入る隙間を与えてしまったみたいだ。

 発する言葉の羅列られつ鬱陶うっとうしくて思わず振り返りそうになった。

 ここは涼しい顔をして足早に通り過ぎよう。

 しばらく歩いていると、男は諦めたのか挨拶の声が聞こえなくなった。

 歩き疲れて、だんだんと足取りが遅くなってきた。

 夢の記憶では、そろそろ一本道が終わる頃だった。


「やっと会う事ができたね、ずっと君を待っていたよ」


 背後から穏やかで優しげな声を投げ掛けられた。

 夢の最後に出てくる人影だと瞬時に理解できた。


「振り返ってごらん、きれいな景色が見れるよ」


 まだこの道を通り抜けていないけれど、振り返っても大丈夫なのだろうか?


「僕に会う為、ここまで来てくれたんだろう? もう我慢しなくて良いから、振り返ってごらん。もしかして……この道に関する噂を気にしているのかな……? それなら気にする必要はないよ、ただの噂なんだから」


 前方に視線を向けると、数十メートル先に女の子の姿が見えた。

 この一本道へ足を踏み入れる際に、忠告してくれた同い年くらいの女の子だった。

 慌てながら大きな動作で手招きをしている様子だった。


「早くこっちへ来て! 急いで!」


 女の子はこちらへ向かって大声で叫んでいた。


「絶対に振り返っちゃダメだめ!」


 突然、全身に怖気を感じた。


「き”み”も”お”い”で”よ”」


 何重にも声が重なって聞こえた。

 不吉な予感が凄い勢いで全身を駆け巡った。

 振り返らず、一気に走り抜けようと思った。

 背後から何重にも重なったおぞましい声が響いていた。

 途中でつまずきそうになったけれど、どうにかこの道を通り抜ける事ができた。

 その直後、耳元で怪物の様な野太い声が聞こえた。


「ち”く”し”ょ”う”……あ”と”す”こ”し”だ”っ”た”の”に”……」

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