第36話 人間としてどうなんだろうな?

 俺は、小針浜さんの身体を見下ろしていた。

 両腕を失い、黒いバンギャファッションを大量の血で濡らしている。

 この出血量だ、おそらくあと数分で絶命するだろう。

 よくもまあ、俺をあれだけ銃で撃ちまくってくれたな。

 俺じゃなかったら百回は死んでるぜ。

 俺は周りを見渡す。

 ほかの生き残った隊員たちは完全に諦めて、武器を捨て膝立ちになって両手を頭につけている。

 もう、脅威はなくなったのだ。

 戦闘中ならともかく、戦闘はすでに終わり、俺が殺されることもない。

 だったら、目の前で死にかけているこの女性を死ぬに任せることが俺の正義だろうか?

 よくわからん、とにかく若い女を殺すのは気分が悪いし。

 そう思って、俺は小針浜さんに手の平を向けた。


「ガムイティン アング リワナグ ノグ マグ ヒトゥイン ウパング タクパン アング マグ ツガト、アット パラヤイン アング サキト! 小治癒ヒール!!」


 魔法の詠唱の効果で、小針浜さんの出血が止まる。

 大量出血のせいで真っ青だった顔色も戻って来る。

 だけど、すまんな、ここまでだ。

 完全回復するまで治癒させると、また撃たれかねない。

 ので、両腕が復活するほどの魔法はかけてやらない。

 俺だって自分の身は守りたいからな。


 小針浜さんのほかに生きている隊員は四人、みな完全に武装を捨てている。k

 ……終わったな、あとは帰るだけだ。

 あれ?

 一人足りないような……。

 と、そこでダンジョンの薄暗い通路、その先の暗闇に目を凝らしていたミャロが叫んだ。


「なんかおじさんがでっかい筒をこっちに向けてるにゃですよ……?」


 瞬間、さきほどベルゼビュートを粉砕したあの武器のことを思い出した。


「ジャベリンだ!」


 なんてこった、あんな対戦車ミサイル、……一発二千万円するとか聞いたことがあるぞ!

 オオカミの空、どんだけ資金が潤沢なんだよっ! ってかどっから米軍装備を手に入れてんだまじかよ。


 とかいっている場合ではなかった。

 あんなもん発射されたら……。


 そりゃ、俺とミャロは防護魔法でなんとか防げるかもしれんが、このダンジョンの通路全体を守ることはできない、せいぜい足元にいる小針浜さんは守れても、他の隊員は爆風でふっとぶだろう。

 敵とはいえすでに降伏した人間をただ死なせるのは……。

 瞬時の間に俺は考え、俺はミャロの背中に抱きつき、そして叫んだ。


「ミャロ! このままそいつに向かってダッシュしろ」

「はいにゃです!」


 だったらもっと手前で防げばいいだけだ。

 俺を背負ったミャロはとんでもないトルクで加速し、あっというまに時速数百キロに及ぶスピードで暗闇に向かって走る。


 ――間に合えっ!


 そしてたどりついたそこには。

 ジャベリンを肩に担いだおじさん課長がいた。

 突然現れた俺達に驚愕の表情を浮かべたが、そのまま発射ボタンを押す。

 ブシュッ!

 と長さ一メートル、円筒形のミサイルが発射されたそれと全く同時に、俺はその眼の前でミャロの黒髪の匂いをかぎながら叫んだ。


防護障壁バリアー!」


 発射されたばかりのジャベリンは、数メートルも飛翔しないうちに俺のバリアーにぶちあたり、


「………………くそっ!」


 というおじさん課長の言葉と同時にその弾頭を爆発させた。

 ドーーーーーーーンッ!

 とダンジョン内すべてを揺るがせるほどの衝撃、爆炎が一帯を包む。

 魔法障壁越しとはいえ、頬を焦がすような熱風を感じ、その衝撃波のせいで俺とミャロはゴロゴロと地面を転がった。


 障壁の向こう側はそれどころじゃない、もはや灼熱地獄。

 爆炎、黒煙、熱と衝撃。

 ……これじゃあ、あのおじさん課長は肉片ひとつも残らないだろう。


「……これで敵はみんなやっつけたのかにゃです?」


 ミャロが立ち上がってそういう。

 俺はミャロを吸っているとはいえさすがに魔法を連発しすぎて足腰がたたない。

 ミャロの足にすがりつくようにして、いや、だめだ、まじで身体に力が入らない。

 目を開くことすらできないほど披露している。


「ミャロ、もうちょい吸わせて……」


 そう言って俺は目を閉じたまま、すがりついているミャロの身体に鼻をおしつけてすーっと息を吸った。


 ん?


 なんか、いつもと違う香りだなあ。

 ええと、なんだろ、いつもよりもなんつーかこう……。


「ふひゃぁっ!? コーキ、バカ、コーキ、そこは、そこはおしりにゃ……! おしりのにおいはだめにゃ! ひゃ、ひゃ、ひゃあ……! 恥ずかしいにゃですよ、うひゃ、なんでそこに鼻を突っ込むのぉ!?」


 ……なるほど、ミャロのおしりって、こーゆー匂いなのかあ。

 俺は抵抗するミャロを無視して、ミャロのおしりの割れ目に鼻をつっこんでその匂いを嗅いでいた。

 うーーーん、わりといい匂いがするよなあ、フェロモンってやつだろうか……。

 ……いつもよりパワーがもらえている気がするけど、これって人間としてどうなんだろうな?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る