第17話 マルチバトル

 数十分経って家から出てきた伽羅奢と共に、バスを乗り継ぎ大学のキャンパスまでやって来た。


 シャワーでさっぱりした伽羅奢とは対照的に、俺は三十度を超える外気のせいですっかり汗だくだ。コンビニにでも行って待てば良かったのに、何故俺はこうも律義に部屋のすぐ外で待ってしまったのか。壁の向こうからうっすら聞こえたシャワーの音が魅惑的すぎたせいだ。


「じゃあ、とりあえず昼飯でも食おっか」


 二限が終わるにはまだ早く、今なら学食も空いている。俺たちは人通りの少ないキャンパス内を学食に向かって歩き始めた。


「昼飯? おい愛音。講義とやらはどうした」

「あれ、午後からだって言わなかったっけ」

「まだ始まらないのか? だったらこんなに早く家を出る必要など無かったではないか!」


 さっさと講義を受けて帰りたかったのか、伽羅奢がジトっとした目で俺をねめつける。


「あのね、伽羅奢。言っとくけど講義中はみんなゲームなんて出来ないの。メンツ集めてマルチバトルやるなら、昼休みしかないんだからね。講義ギリギリの時間に来たって、マルチバトルやらずに帰る事になるだけだよ」

「……ふむ、なるほど。一理ある」


 それにしても、伽羅奢の美少女っぷりはキャンパス内でもひときわ目立っていた。

 普段はズボラ女子の代表格みたいな恰好をしているくせに、今みたいにしっかりとアイロンをかけた白いTシャツを着ている伽羅奢は、それだけでランウェイを歩くモデルのように見える。さすが、「美少女」と自称するだけの事はある。


 学食に着いた俺たちは、ここでも人々の視線を集めながら、日替わり定食を買って窓際のカウンター席に腰かけた。この席にしたのはもちろん言うまでもなく、目の前のヘンテコな流線形のオブジェがゲーム内の「ジム」だったからである。それに気付いた伽羅奢が、定食そっちのけでゲーム画面に食いついている。


「でかしたぞ愛音! あと三十分で星五のレイドバトルが始まる! すぐに人を集めろ!」

「良いけど……伽羅奢、ちょっと協力してくれる?」

「なんだ」

「これやってよ、これ」


 俺は両手をグーにして顎に添え、上目遣いで相手を見つめるポーズをとった。伽羅奢が俺をこき使う時にいつもやる、アレだ。


「ああ、あれな」


 冷めた声で面倒くさそうに言いながら、伽羅奢はバッチリ甘えん坊美少女ポーズを決める。


「良いねえ! 最高! 伽羅奢、可愛いよ! 日本一!」

「ふん、当然だ」


 アホみたいな掛け合いをしながら、目ぼしい友人たちに写真を一斉送信した。「一緒にゲームしたいんだってさ。すぐに来て」とメッセージを添える。これが効果てきめんで、授業が終わった途端、わらわらと十人以上の野獣たちが集まってきた。


「おいおいおい、愛音。誰だよこの美少女は」

「お、恭介。来ると思った! こっちは俺の幼馴染の興津おきつ伽羅奢がらしゃ。マルチバトルがしたいんだって。協力してよ」

「もちろん! もちろん、もちろん! ガラシャちゃん、初めましてぇ。俺、高山恭介。このゲームすっげぇ久しぶり! ガラシャちゃんは結構やってるの?」


 フレンドリーな恭介に対して、伽羅奢はツンとすました猫のような目を向ける。デレる恭介の顔を見たかと思えば、興味なさげにまたスマホに視線を落とした。


「ちょっと伽羅奢! せめて返事くらいして!」

「いや、良いって良いって良いって。いきなりこんなに沢山の男に囲まれたら、そりゃそんな態度にもなるよ。しょうがない、しょうがない」


 鼻の下を伸ばした恭介が、広い心で理解ある態度を見せる。他の野獣たちも、伽羅奢のこの塩対応を見てもなお、果敢に彼女に声をかけている。


「ねえガラシャちゃんは何学部?」

「ガラシャちゃんは他になんのゲームするの?」

「ガラシャちゃん、今度一緒に遊ぼうよ」

「インスタ教えてよ」


 四方八方から声が飛ぶ光景は、さながら伽羅奢を攻略するマルチバトルだ。これには伽羅奢もうんざりした様子で顔を上げた。


「あのなあ、キミたち。くだらない事を喋っている暇があったら、チーム編成くらいしっかりやってくれないかね? キミたちは何をしに来たのだ。バトルをしに来たのではないのか? レイドボスの弱点属性もわからないような奴は、次から来なくていい。戦力にならないような奴はいらないのだよ」


「ちょっと伽羅奢! せっかく集まってくれたみんなに、なんてこと言うんだよ!」


 これには友人たちも怒って帰ってしまうんじゃないか、と思いきや、友人たちは俺の顔を立ててくれているのか、はたまた伽羅奢のビジュアルの良さでかなり大目に見てくれているのか、ただ固まっているだけである。ああ、この空気感。体が縮み上がる。


「当たり前の事を言っただけだ。……それで、やるのか? やらないのか?」


 伽羅奢が問う。俺は慌ててみんなに向けて付け足した。


「嫌だったら大丈夫だから!」

「いやいやいや、全然平気。やろう」


 恭介が言う。

 めちゃくちゃ微妙な空気のまま、バトルが始まった。

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