美少女ニートは謎と共に生きる

@nonameyetnow

第一章 近所の女児誘拐事件

第1話 盗撮してきてくれないか

 中学校の体育倉庫はひどくカビ臭かった。

 独特なこもった空気の中、とびきり美人でとびきり自己中な幼馴染が大きなボールカゴの前に立っている。ただの掃除の時間だったのに、体育倉庫は今、公開処刑場のようになっていた。同級生の女生徒たちが、バスケットボールの入ったもうひとつのボールカゴを、俺の大事な幼馴染にぶつけようとしていたからだ。


 ――危ない!


 笑いながらカゴを滑らせた同級生の手を離れ、重量感のある鉄製のカゴは幼馴染の彼女に一直線だ。

中学生の俺はカゴに向かって咄嗟に手を伸ばしていた。けれど、二十歳になった自分が過去の自分の耳元で囁いている。


 ――こうなったのも、お前のせいじゃないのか? 偽善者。


 中学生の俺は何も言えなかった。二十歳になった俺も、黙ってその光景を見ていた。



 暗転。



 麻雀牌をジャラジャラと混ぜる音で、俺は目を覚ました。

 ああ、やべ。寝落ちしてた。

 深夜一時。大学の同級生のアパートにたむろって麻雀を楽しみつつ酒を飲んでいた俺、乙ケ部おとかべ 愛音あいとは、夢うつつのまま友人たちの麻雀をぼんやりと眺めた。牌のぶつかる音に紛れてスマホの震える音がする。あれ、俺のスマホかな。しかもこの長さ、通話の着信だ。


「はぁい」

『愛音。夜分遅くにすまないが、ちょっと盗撮してきてほしい』

「うん。……ん? はあ? 盗撮ぅ?」


 思わず大きな声が出る。そんな俺を家主がするどく睨みつけた。


「おい、静かにしろよ。また苦情が」


 ――ドンッ!


 家主が言い終わらないうちに、隣の部屋から壁を殴る音がした。二十五分ぶり、今晩三度目の苦情である。いい加減、ブチギレたお隣さんが乗り込んできてもおかしくない。


「ごめん。俺、外で電話してくるわ」


 床に置きっぱなしのレモンサワーの缶をよけつつ、俺は逃げるように玄関を飛び出した。いたって普通の木造二階建てアパートは、血気盛んな大学生の俺たちには少々音の伝播が良すぎる。俺はつま先立ちでトコトコと階段を駆け下りると、忍者の如く無音で敷地を走り抜けた。


 真っ暗な道路に走り出て、アパートから数メートル距離を取る。闇に飲まれながら電話相手である幼馴染、興津おきつ 伽羅奢がらしゃを小声で怒鳴りつけた。


「ちょっと伽羅奢! 意味わからんのだけど! 急に何? 盗撮? 俺を犯罪者にしたいわけ?」


 反発する俺に対し、伽羅奢は気だるそうに息を吐く。彼女は、女性らしい綺麗な声でまったりと反論した。


『そうは言っていないであろう。私はただ盗撮を頼んだだけだ』

「だからぁ! それが犯罪なんだってば! 犯罪! わかる?」


 俺の至極まっとうな意見は、伽羅奢の気だるげなため息で吹き飛ばされた。なんでだよ、ため息をつきたいのはこっちだ。そんな俺の思考を読み取った伽羅奢が話を続ける。


『ああ、そうだな。確かに盗撮は犯罪だ。その通り。だがな、愛音。現状、キミが盗撮してくれないと私は犯罪者になってしまうのだよ』

「犯罪者? 俺じゃなくて、伽羅奢が?」


 意味がわからない。けれど、伽羅奢はため息と共に『ああ、そうだ』と肯定する。


『私は何もしていないのに、だ。いいかね、愛音。想像したまえ。事実無根の冤罪で可愛い可愛い美少女幼馴染が勾留されて良いと思うか? キミのその八方美人の胸は痛まないのかね?』

「八方美人は余計だよ! でも伽羅奢、何しちゃったのさ。捕まるって何?」


 犯罪という単語が、伽羅奢の「可愛い」「美少女」という肩書には似合わない。

 もちろん、大学進学を期に悪い遊びを覚えてしまった友人は大勢いる。が、進学しなかった伽羅奢はそんなものとは無縁だったはずだ。というか、あり得ないんだよな。

 だって彼女、ほぼ社会から孤立しているニートだぞ!

 俺の困惑と心配をよそに、伽羅奢はのんきにあくびを嚙み殺した。


『まあ良い。詳しい事は明日話すよ。私も寝たいのでね。とにかく明朝、いや、もう今日か。朝四時頃からとある家の前で張り込んで、出てきた人物の写真を撮ってきてほしい』


 伽羅奢の頼みに思わずスマホの時間を確認する。


「え、は? 四時? 三時間後じゃん! え、起き……いや、寝れ……?」

『どうせ徹夜で遊び歩いているのだろう? その流れでよろしく頼むよ』

「ちょっ、待っ」


 拒否する間もなく伽羅奢は電話を切った。それが人にものを頼む態度か! なんて抗議する暇さえない。うちの美少女幼馴染は一方的すぎる。

 けれど俺はこの依頼を無下には出来なかった。彼女の言った通りなのだ。見た目だけならアイドルにだって負けないほど可愛い可愛い美少女幼馴染の頼みとあっては、俺にはどうしても拒否できないのである。

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