07 作業

「この箱いっぱいに素敵なものを詰めましょう」


 明くる日、朝食後に現れた殿下はわたしの提案に虚をつかれたようだ。

 塔の資料庫で向かい合って座ったまま、しばしの時間が流れる。


「箱を、詰める……作る、ではなく?」


 殿下の疑問に大きく頷いてユルドゥスの箱を殿下とわたしの間に置いた。窓から入る光に照らされて輝く寄せ木は本物の星にも負けていない。

 確かに作ることで学べることも多いだろうけど、わたしはそんな技術を持ち合わせていない。知識はあっても、髪一本の単位で組み立てていくことは無理だ。たくみわざは積み重なれ、続けるからこそできる。

 一生をかけてやる価値は十二分にあるけれど、わたしの目的はそれではない。もちろん、殿下の目標となるものでもないだろう。

 困惑に満ちた青い瞳をまっすぐに見つめる。


「はい。殿下が素敵だと思うものを詰めます」


 わたしが笑ってうながしても、殿下の顔は晴れない。


「素敵なもの、とは?」

「殿下の好きなもので構いませんよ」

「好きなもの……を入れてどうするんだ」


 さすが殿下だ。目先に惑わされずに、意図を読み取ろうとする。


「配ります」

「配る?」


 目を丸くしてオウム返しをした殿下が初めて年相応の少年に見えた。

 ただしと付け加えたので、緊張が走る。


「配る相手に、あなたの仕事を見せてくれと頼むのです」

「……全く知らない人にか」


 殿下は、やはり察しがいい。

 自然と笑みがこぼれるのを感じながらユルドゥスの箱を指で撫でる。


「わたしの仕事を教えるだけでは幅がせばまりますわ。知識を得るためには、先人の力を借りた方が容易いこともあります」

「見て学べ、か」


 なるほど、と付け足した殿下に頷いてもらえたので、悟られないよう息をついた。もし仮に出来ないと拒まれでもしたら、面白い方法が思いつかなかったから。

 腑に落ちた顔をされていた殿下が、また深刻なものに戻ってしまう。

 何に悩んでいるのかしら。

 居心地の悪そうな殿下の青い瞳が遠慮がちにわたしを見る。


「好きなもの、と言われても特に思い付かない」

「わたしは花と綺麗な石を詰めて配りましたよ」


 それは、と言いかけた殿下はわたしの顔を見て頬を赤められた。

 何かはずかしいことでも思い出したのかしら。


「金や宝石を詰めるなら、たやすいが」


 悩む殿下の口からこぼれた言葉に、わたしは苦笑いをしてしまった。高価なものを与えるのであれば、命令したも同じだ。誰も彼も簡単には仕事を見せてはくれない。関係と信頼を築いて、受け継いできた手法をほんの少し教えてくれる。

 幅広い知識もだけど、繋がりを作ることも、大切だ。

 仕様がない。わたしの取って置きで手を貸そう。


「金や宝石は実験に使われた方が楽しいと思いますよ」

「……錬金術に詳しいのか?」


 先を読んだ問いに、笑顔で頷いた。


 ✶ ✶ ✶


 星のことを調べたいから書庫にこもると言う殿下に甘えて、錬金術の授業は昼からすることにした。貴重な時間を洗濯と昼ごはんの準備、晩ごはんの下ごしらえにあてる。

 昼ごはん代わりに干し果と木の実を旦那さまにお出しした時に話をすれば、興味を持たれたらしい。わたしと殿下がごはんを食べ終わるのを部屋の端で待って、小屋までついてきた。

 あらかじめ並べておいた機材の前に立ったわたしは興味深そうに眺める殿下の横顔に懐かしさを覚えた。鹿と人で全然ちがうはずなのに、なんだか不思議。

 最初に、注意事項を示して殿下が頷いたことを確認する。

 さぁ、本題に入っていこう。


「錬金術で金が作れたらいいのですが、まだ術式は解明されていません」


 なので、と間を取って、今回の実験に使うものを机に置く。


「銅と鉛で、似た物を作ります」

「偽物ということか」

「いいえ。黄銅という名前を持っていますわ」


 ああ、と殿下が呟く。宮殿内にも、黄銅で作られたものがあるのだろう。

 星鹿ユルドゥスゲイキの塔の横の小屋には最低限ながら、頑丈な造りの石窯や調理場が備えられていた。資料庫を兼ねている塔の内部へ余分な火や煙、水を持ち込まないためにも必要だったのだろう。

 特にわたしが気に入っているのは石窯だ。腕のいい職人が作り、手入れもされている。月日は感じられるが粗が全く見つからない。

 白く燃える薪がはぜた。

 台の上に置いていた袋を殿下の前で広げる。


「殿下、銅を磨いていただけますか」


 太陽や月を模した小さな飾りは、作らせすぎた、と過保護が過ぎる父が譲ってくれたものだ。

 くすんだ色をした飾りを殿下は不満も見せずに丁寧に磨いていく。

 作業に没頭する姿を横目に、ふいごで火力と温度を上げた。


「錬金術は誰に教わったんだ」


 声をかけてきたのは殿下だ。

 口を挟めない星鹿ユルドゥスゲイキは耳を小刻みに動かしている。



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