イシバカゲロウ
まだ海部政権の頃、週刊文春が大好きだった。
毎週欠かさず読んでいた。
当時、「トマソン」という本が話題になっていて、何度か文春が取り上げていた。
「トマソン」がどういう本かというと、街を歩いていると、たまに変な建築を見かけるのである。ありえない場所にドアが付いていたり、階段が付いていたり。
それを、赤瀬川源平が「トマソン」と命名し、本にしたのである。
私は直接「トマソン」を読んだ訳ではないのだが、週刊文春がモノクロのグラビアで紹介した写真を見て笑い転げていた。
最高に笑えるのは田舎の看板や立て札であった。
例えば、黄色い看板に「キケンな子供がいます」と書いてあったり、
別の看板には「不審者を殺せ」と書いてあったり、どこかの店内の案内板だと思うのだが、「お客様各位 お気づきの点がございましたらどんな小さな事でも我慢してください」と書いてある。
しかし、最初はただ面白いだけだったが、そのうち怖くなってきた。
というのは、「家族ゲーム」という映画を思い出したからである。
この映画の主人公は高校受験を控えた中学生とその家庭教師である。その中学生の父親を伊丹十三が演じているのだが、この父親はあきらかに退行しているのである。
精神年齢が、たぶん4歳か3歳程度なのである。
彼が退行した原因は間違いなく家庭である。
「ものぐさ精神分析」の岸田秀によると、欧米人の男にとって自分の妻は自分の「女」だが、日本人の男にとって自分の妻は自分の「母親」だという。
家庭が温室とか保育器とか子宮になって、夫がどんどん退行する事もありうると私は思う。というか、そういう実例があるみたいで、「家族ゲーム」はそれを描いたのである。
だから、「トマソン」的なまぬけな看板の作者にも、そういう人間が多いのではないかと思った。
そして、現在の総理大臣の石破茂もそういう人ではないかと思った。
根拠はない。ただ、このひとを見ていると、そんな風に見えるのである。
日本にも、数は少ないが有能な政治家は居る。しかし彼らが有能なのは個別の理由によるものだ。
それに対し、無能な政治家はどいつもこいつも構造的な原因によって無能になった。
つまり、日本には政治家を無能にするための構造が複数存在するのである。
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