さまよいびと ―みちづれ―

はくすや

長距離列車の乗客

 その日私はリラから列車に乗った。ロマーナへ行き、そこで何度目かの観光をしてそれを紀行文にするつもりだった。

 十数年前の大戦が嘘だったかのように列車の旅は平穏に紡がれる。それを記して小遣い程度の身銭みぜにを得るのが私の日常となっていた。

 ただ、平和になったとはいえ、どこに行っても治安が保証されるわけではない。みすぼらしい格好をしていてもスリやきに狙われることはある。だからひとり旅は常に緊張の連続だった。

 定員八名の三等室には私以外に二名しか乗っていなかった。初老の男と二十代の若者だ。

 初老の方は牛革の鞄を大事そうに膝の上に載せ両手で抱えていた。おそらくは盗難対策として地味でありふれた身なりを装っているのだろうが、袖からはみ出た腕時計は黒い盤面に金色の針とフレームが輝き、シャツについたカフスボタンには遠目からも何やら高貴な紋様が窺い知れた。

 貴族かとも思ったがその小柄で小太りな体躯から商人ではないかと私は思った。一等室か二等室にいてもおかしくはない男だ。敢えて三等室に入ったのは何らかの事情があるのだろう。

 私はいつものように観察と妄想を続けた。

 二十代の若者は軍人くずれに見えた。背は高く、一見細身であるがそれは無駄な脂肪がついていないからだ。

 長袖のシャツを通してよく鍛えられた筋肉が窺える。そして周囲に視線を走らせる精悍な顔。私は何度か目が合いそうになって冷や冷やした。

 足元に箱形の鞄があり、革製の包みに入った棒状の武具がくくりつけられている。細身の刀剣であろう。列車が国をまたぐ度にその使用目的を問われるのは必定ひつじょうだった。

 半島にあるどこかの港町から南の大陸へ向けて船に乗るのだろうか。あそこには未開の地が多く、さまざまな魔法石を手に入れることができるから一攫千金を夢見る者は多い。その護衛として雇われる元軍人がいても不思議でなかった。

 列車はエゼルムンドの領地手前トロンでひととき停車した。ここから前半分はそのままエゼルムンドへ向かい、私たちの車両を含む後ろ半分は切り離され南へ下り、ロマーナに向かうのだった。

 その駅で私たちの車両の客が一人増えた。小さなリュックを背負った小柄な少年のようだ。ようだと形容したのは中性的な雰囲気が漂っていて性別不明だったからだ。

 目深にかぶったキャスケットから赤い髪がはみ出ている。首のまわりに小さなマフラーが巻かれていて、は確認できない。シャツの上から見て胸はあるのかないのか判断できなかった。膝まであるハーフパンツの先からレギンスに包まれた脚が出ている。その形や足の大きさから少女なのではないかと私は認識を改めた。

 女のひとり旅は訪問先によってはとても危険だ。男のをする少女がいても不思議でない。だから私も含めて誰も彼女に話しかけることはなかった。あまり干渉して余計な気を遣わせたくなかったからだ。

 やがて車掌が検札に訪れた。ふた手に分かれるため目的地に間違いがないかどうかの最後の確認だ。それで私たち四人は同じ駅で降りることがわかった。商業都市フローラだ。

 商人らしき初老の男は商用で訪れるのかもしれない。軍人くずれの若者は何をするのだろう。フローラは港町ではない。しかし東西南北からの流通の拠点でもあるから何か旅に必要なものを手に入れるために立ち寄るのかもしれなかった。

 私の最終目的地はロマーナだったが、その前にフローラに滞在して、観光する予定だった。

 やがて列車は動き出した。フローラまでおよそ二時間だ。何度も旅をしている私には見慣れた風景が窓の外を通りすぎていった。とはいってもほとんどが小高い山と田園風景だったが。

 私は小用のため車室を離れた。列車は南下して次第に暖かい地域へと入っていく。

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