第17話 ラスト・オブ・ラスト

「はー、そうやってわたしだけを置いていくんですね、お二人は」


「元気を出して、円山さん。私だって処女だから」


「あのぅ……恥ずかしいんで、掘り返すのやめてもらってもいいですかね」


「なに恥ずかしがってんのよ、もっとこう自信ついたとか、そういう感想ないわけ? あたしまで恥ずかしくなってくんじゃん……」


 一時間が経ち、こころと縁が戻ってきた。一線を越えて一戦を終えた恋次と結愛はどこかオトナの雰囲気を纏い、こころから見ても、し終わったあとの男女だった。


「一年以上も……守り続けてたものをこうもあっさりと……手放しますかね、普通。お二人の関係性、ちょっと憧れてたのに」


「むしろ遅すぎたのよ。私が少し煽るだけで、実践してしまうのだから、いつでも火は起こせたということ。さあ、本題に入りましょう。六角君、心の準備はできた?」


「はい。俺はもう迷ったりもビビったりもしないと思います。あいつが本当におかしくなって結愛や円山にまでちょっかいを出してくるようになったら……嫌ですし、今はまだ二人との関係も露呈はしていません。この段階で決着ケリをつけます。もうあの頃の俺はどこにもいないんだって、あいつにわからせてやりますよ」


 恋次は拳を握りしめる。

 結愛がぽんと恋次の肩に手を置く。

 こころが拍手をしてくれる。

 縁が微笑む。その笑顔にはどこか母性のようなものを感じる。


「鉄は熱いうちに打て、よ。六角君。返信が欲しいと躍起になっている今なら、あなたは優位に立てる。私が策を授けるわ」


 縁は恋次に、ある作戦を提案した。

 結愛とこころが「おお」と感嘆の声をあげる。


「びょ、平等院先輩ってえっぐいわね。絶対敵に回したくないわ。復讐とかそうゆう心残りしそうなものじゃなくて、真っ向からのカウンターってわけね」


「いやあ……しかし、この作戦。確かに恋次先輩にしかできませんね。冴えないオーラと結愛先輩への揺るぎない好意。そこにキステクと……」


「おそらく清水柚姫さんという子は自己顕示欲の塊。簡単に言えば、承認欲求が強すぎる。六角君がやり直す気はない。でも仲直りはしたいと切り出せば、必ず『やり直す』ところまで持っていこうとするはずよ。であれば、仲直りをしたい、というこの一点を彼女なりに曲解させようとしてくる。あなたはそれを真っ向から迎え撃って、清水柚姫さん自身にわかってもらうの」


 恋次は縁から貰った作戦を反芻し、脳内でシミュレーションする。


「……真っ向から迎え撃って、本気で好きな人ができたとあいつに伝えることはできるかと思います。もう俺はお前が知ってる俺じゃないって。……ただ、その、真っ向から迎え撃つための、キスの部分なんですが」


「あたしもちょっとそこは気になったわね。仲直りのキスをしようって向こうから言ってくる確率ってひゃくぱーじゃなさそうだし」


 結愛が恋次に同調する。

 縁はルーズリーフに過剰書きした作戦に、ボールペンでもう一つ書き足した部分を見せる。


「こ、これだけで……大丈夫なんですか?」


「もちろん、絶対ではない。だけど今の六角君には十分すぎる武器が揃っているから。結愛さんのことを思い浮かべて遠くを見ながら下唇をなぞる。これだけで勘のいい女子なら、女の陰を察するはず。煽れば向こうから奪おうとしてくる。そこで清水さんが『仲直りのキスをしたい』と強引な手段に出てくれば、そこからは六角君の領域。私、舌を絡めたわけでもないのに、じゅんっとしちゃったもの」


「そ、そうなんですかあ? 平等院先輩、恋次先輩とディープまではしてないんですか?」


「してないわ。これ以上は危険だと思って、さっと終わらせたの。沼にはまれば抜け出せなくなるでしょ。それはもう思い出とは言わないから」


「……そ、聡明かと」


「れ、恋次、やっぱりこの人只者じゃないわ」


「……お、俺のキスってそんなにやばい代物なのかな」


「「「(こくり)」」」


 恋次の問いに、結愛とこころと縁がうなずく。


「さあ、準備は整ったわ。作戦決行は夜。人気が少ない夜なら、外でもそういうムードを作れる。六角君は、必ずやり遂げて」


「さ、最後に一つだけ確認を」


「どうぞ」


「えと、その結愛。円山も……。い、いいのか、俺が、その、柚姫とキスをしてしまっても」


 恋次は不安げに結愛とこころを見る。

 二人は顔を見合わせ、にっこりとほほ笑む。目が笑ってないのに笑っているという、アレだ。


「一回だけね。一回でズドンと仕留めてこないと、あたし恋次のこと嫌いになっちゃうかも」

「同感です。同感です。ここは、一回です。最後の最後ですよ、恋次先輩」


「わかった。あいつから仕掛けてくれば、その一回で終わらせる」


「心の準備はできたようね。文面は私が考えてあげる。それぐらいの『ズル』はしてもいいでしょ? 六角君の人徳の賜物よ」


 縁は恋次が柚姫に送るメッセージの内容を考え始めた。


 結愛、こころも手伝ってくれるらしい。


 恋次は決めた。もう迷わないと。

 柚姫に自分の気持ちをハッキリ伝えるんだ、と。



 ※



《恋次君、どうして返してくれないの?

 ブロックしてないってことは、

 私……まだ本気では避けられてないんだよね?》

《連絡が遅れてごめん。

 ちょっと人と会ってて》


《人?》

《そ》


《学校で仲良くしている人?》

《うん》


《ちなみに。

 聞いていい? 女の子、とか》

《そそ》


《今から会えないかな?

 少しだけ》

《会う理由が》


《え? だって私……恋次君の元カノだし。

 こんな終わり方嫌だよ。

 一度だけ、チャンスをください》

《仲直りはしたい。夜なら》


《何時?》

《20》


《なんか……冷たくなった?》

《昔遊んだ公園。また後で》


《わかった。ありがとう、時間を作ってくれて》


 ※


「こ、こんなあっさりな文面でいいんだ。なんか俺……あいつとやり取りしてた時は、すごい長い文章を……書いてた気がするんだけど」


「ほら、女の子って想像力が豊かだから。短い文面の方が想像力をかきたてられるの」


「あ、あたしは長文でいいからね。恋次にこんな淡白なメッセ送られたら、なんか焦りそうだし」


「わー。結愛先輩ってすなおー……。恋次先輩が悪い人だったらころっと騙されてますよ。でも、この、冷たくなった? に対しての、昔遊んだ公園って抜群の返信ですよね。場所を伝えながら、まだ思いも少し残ってそうな……平等院先輩って、ほんと何者なんですか?」


「私って昔から性格が悪いの。ああ、この先生ってこういうイジワルしてくるんだと思ったら、その点を何が何でももぎ取りたくなる。あえて、問題文に横線を入れたりして、この言い回しがムカつくってアピールしたりしちゃうから」


「ま、まあ……先輩っぽいというか、らしいというか」


「とにかく、これで準備は整ったわね。恋次、オトコ見せなさいよ。あんたはあたしの初めての人になったんだから、情けなく撃沈して帰ってきたらぶっ飛ばすわよ」


「うーわ……惚気ですよね、それ。なんか聞いてて気分が悪いので、結愛先輩は口を開かないでもらえます」


「な、なんでよ」


「わたしはこの人とヤりましたー、もうわたしの男ですー、ってアピールが節々から感じ取れるので。恋次先輩、この人多分、清水柚姫よりめんどくさくなると思いますよ」


「それは私も少し思ったわね。産寧坂さんってどちらかというと、重たい人のような気がするもの。見た目はそうではないのだけど」


「あ、あたしをいじるのやめてもらえますー……?」


「……あはは」


 作戦決行まで、あと三時間。





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