親友♀と毎日キス練してる件

暁貴々

本編

回想編

第1話 ファーストコンタクト

 性の6時間。

 それはイブの午後九時からクリスマスの午前三時まで、一年間に最も男女の営みが多いハッピータイムのことを指す。


 恋人がいないものにとっては、むなしく過ぎ去る時間。

 恋人がいるものにとっては、聖なる夜の幕開けを告げる鐘の音。


 なにが『聖なる』どぁ! ……ただの『性なる』じゃねえくぁ!

 と半ば恨めしい気持ちを抱く人も大勢いるだろう。


 しかし異性の友達がいれば、一夜のアバンチュールを楽しめる可能性もある。

 それが『友達以上恋人未満の親友』という関係性なら、なおさらだ。


「……れん、じ――……」


 粘り気のある糸が恋次れんじ結愛ゆあの唇を繋ぎ、プツリと切れる。

 いわゆる親友同士のキスは、ここのところ『オトナのキス』へと進化していた。


 二人の唇がまた触れ合い、今度は大胆に舌と舌を絡ませ合う。


 お互いの体液が混ざり合い、くちゅくちゅといやらしい水音を立てる。


 上気した男女の吐息が交じり合う。どちらからともなく顔を離し、お互いを見つめ合う。


「結愛……」


 潤んだ瞳と、火照った肌。

 恋次と結愛はなんとなく、相手を求めてはいけない気がして目を逸らした。


 例えそれが『性の6時間』というエンペラータイムのさなかであっても、やはり親友と一線を越えることは躊躇われた。


「ま、また一段とうまくなったんじゃない……?」


 ロングストレートの派手髪を右手で軽く払いながら、結愛は恥ずかしそうにそう言った。


 いわゆるペールピンクというヘアカラーで、自分に自信がないとなかなかできない髪色だ。

 繁華街を歩いていれば一日に数人は見かけるものの、実際にどう声をかえたらいいのか分からない煌びやかな異性、という印象が強い。


 ぱっちりとしたアーモンド型の瞳をメイクでさらに大きく見せ、くっきりした目鼻立ちをしている。


 思春期男子の理想であるボンキュッボンを体現したボディの持ち主であり、制服越しでもわかる腰のくびれと胸とお尻のむちむち加減は、恋次の劣情を刺激する。


 控え目に言って、そのへんのグラビアアイドルよりもグラマーな女の子だ。ギャルっぽさは否めないが、そのギャルっぽさはむしろ結愛の魅力を引き立てている。


 こんなにもレベルの高い女の子と親友でいられる自分は、世界一の幸せ者だと恋次は思った。


「そ、そうか? 結愛も……スゴくうまくなったよ」


「ま、マジ?」


「マジマジ」


「キスレベ、いくつになったと思う?」


「総合評価でAは超えてるんじゃないか?」


「そ、そかそか。ま、恋次がそうゆーなら、けっこーうまくなったんかもね……」


 結愛は髪をいじりながら、頬を赤らめる。


 沈黙。


「あ、アニメでも観るか。俺まだ今季のアニメそんなにチェックしてないけど、結愛はなんかオススメとかあるか?」


「そ、そうね。えーっと……『キス魔マホウ少女メルティ』とか、おすすめかも」


「キス魔、ね。もしかして、俺のキスあんまよくなかったのか……?」


「ち、ちがうちがう! めちゃくちゃよかったから。もーそれこそ元カレよりもぜんぜん……恋次はさ、どだった? ……元カノさんよりあたしのキスの方がよかった?」


「ああ。俺は結愛のキスのほうが断然好きだ」


「そかそか、よかった」


 もう付き合っちまえよ、と、どこかの誰かがツッコミを入れたくなるような幸せオーラを撒き散らす二人。高一のゴールデンウィークから冬まで、ずっとこの調子なのだから世話がない。

 

「ね……アニメ観ながらしてみる? ほら他のことしながらでも上手なキスができるようになればさ」


「え……あ、ああ。そうだな。うん、そうするか……」


 いつものことながら、結愛は恋次をその気にさせるのが上手かった。

 そして二人はまたキスを始める。今度はさっきよりももっと激しく、お互いの口の中を貪るように。


{んむ、ンぅむっんっむ、ん~……♡ぢゅるぅ♡れろぉぉ……♡}


「ぁ……やば、変になりそー……」

「結愛……激しすぎ」


 結愛は恋次の首に腕を回し、恋次はそんな結愛の細い腰を抱き寄せ、二人はさらに激しく舌と唾液を絡ませる。

 熱くて、ぬめっていて、溶けるような、恋人同士のキスよりももっと淫らで、貪欲なキス。


 味があるかと聞かれれば、そんなものはないと思う。

 けれど、鼻を抜ける女の子特有の甘い香りが、そのまま舌に伝わってきそうなくらいに濃厚で、ちょっと高めのバニラアイスのような味わいがあった。


 意気投合してからというもの、毎日欠かさず『キス練』に励んでいる男女のそれは、そこらの高校生よりもよっぽど熟練度が高い。


 六角ろっかく恋次れんじ産寧坂さんねいざか結愛ゆあ


 二人がどういう経緯で、どのようにして意気投合し、友達以上恋人未満の毎日キスをする関係になったのか。

 それを説明するには、高校一年生の春まで時計の針を戻す必要があった――





 ――〝もう死にたい……〟


 同年同月同日同刻どうねんどうげつどうじつどうこく

 同じことを考えている男女が、同じ場所で同じ言葉を呟いていた。


 山科川の堤防沿いにある、桜の並木道。春の陽気が穏やかに降り注ぎ、ソメイヨシノの花弁を美しく照らしていた。

 しかし二人の男女は、その陽気をまったく感じていない。それぞれ項垂れるように背中を丸めて桜並木を歩きながら、同じ言葉を繰り返す。


 六角恋次と産寧坂結愛。

 

 二人は同級生だ。

 補足するのであれば、この春から京都府立沓涼高等学校(略してトウリョウ)に通うピカピカの一年生である。


「もう、死にたい……」

「もう、死にたい……」


「もう……死にたい……」

「もう……死にたい……」


「……あのぅ、さっきから同じ言葉ばかり呟いてますけど、大丈夫ですか?」


「……そ、そっちだって、さっきから同じことばっか呟いてません……?」


 どんよりとした空気を漂わせ、まったく目を合わせずに会話する男女。傍目から見たらおかしな光景でしかないが、しかし当事者たちはいたって真面目だった。

 そこで二人ははたと気づく。同じ制服、同じ学年を示すネクタイの色。恋次と結愛は、まったく同じタイミングで互いの顔を見やった。


 一瞬の沈黙。そして二人はどちらからともなく名乗りを上げた。


「あ、トウリョウの一年三組、六角です」


「同じく一年三組の産寧坂です……って」


「え、同じクラス……?」


「……みたい、ね」


 こんな可愛い子が同じクラスだったら絶対憶えてるはずなんだけどな、と恋次は思う。

 とはいえ先週入学式を終えたばかりの高校一年生だ。クラスメイトの女子の顔など、まだほとんど憶えていないのが現状だった。


「でも……ピンクの髪の子なんて、いたかな?」


「……さっき染めてきたの。色々あってさ……」


 なるほど、と恋次は納得した。


「あっ、あたしのことは結愛でいいから。名字で呼ばれるのあんまし好きじゃないし……」


「じゃあ俺も恋次って呼んでくれ。ところで結愛は、なんで死にたいんだ……?」


 その質問に結愛は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにまた暗い顔に戻ってしまう。そして少し言いづらそうに口を開いた。


「彼氏に浮気されたのよ……しかも、もう飽きたとかでポイッと捨てられちゃって」


 恋次は絶句した。

 こんな可愛い子を捨てる男がいるのか? 顔もスタイルも抜群なのに、いったい何が不満だというんだ? と。


 しかも結愛はポイ捨てされてこうして落ち込んでいる。ということは性格も悪くないはずだ。ピュアな子なんだと思う。


 恋次は驚きのあまり、しばらく二の句が継げなかった。

 それよりも驚いたのは『恋人にフラれた』という共通点が一致していたことだった。


「ま、マジか。実は俺も……彼女にフラれたんだ。しかも……イケメンに寝取られた。……もうどうでもいいや、みたいな?」


 そう。二人は恋愛関係で失敗したばかりなのである。

 そして偶然にも今、この桜並木で出会ってしまったのである。


「うっそ、マジで……? 恋次も災難だったわね」


「そっちこそ災難だったな……めちゃくちゃ可愛いのに、浮気されるんだな……」


「か、可愛い……ってあたしのこと?」


「他に誰がいるんだ。ま、俺の場合は俺に魅力がないから仕方ないんだけど……」


「そんなことないわよ……あんたイイヤツだってわかるもん。あたしを元気づけようと頑張ってくれてるし」


「そ、そうか?」


 結愛はまっすぐに恋次の瞳を見つめながら、こくんと頷いた。

 その仕草にいちいちドキリとしてしまうのは、きっと彼女の美貌のせいだけではないだろう。


 二人は川縁に降り、堤防の斜面に並んで座った。そしてしばらく無言で空を眺めると、どちらからともなく口を開く。センシティブな話題になることは、なんとなくわかっていた。


 しかし二人は、どうしても誰かに聞いて欲しかったのだ。だから恋次も結愛も、その話題に躊躇うことなく触れていく。


 そして――……


「……ちょ、うそでしょ! あんたがあの清楚ビッチの元カレなの!?」

「そっちこそ、あのヤリチンイケメンクソ野郎の元カノだったのか!?」


「ちゃんと……手綱にぎっときなし……自分の彼女寝取られてんじゃないわよ……」


「悪い。昔は……ああじゃなかったんだ。もっと大人しくて地味で……でも中三の時にイメチェンして、そっから色んな男子が言い寄ってくるようになって……遅かれ早かれこうなる運命だったんだって今は思ってる」


 恋次の元カノの名前は、清水しみず柚姫ゆずき

 中二から中三にかけて付き合っていた女の子だ。学校は違ったが家も近く、同じ塾に通っていたためかすぐに打ち解けた。そして恋次は彼女に告白し、付き合うことになったのである。


 眼鏡とおさげの三つ編みが似合う、おっとりとした物静かな少女だった。

 付き合い始めてしばらくは、本当に楽しかった。毎日が幸せで、このままずっと柚姫と一緒にいられると思っていた。


 しかし柚姫がイメチェンし黒髪清楚系美少女になってからというもの、彼女の周りには男子が群がり始めたのである。


 毎日が不安だった。そしてある日、事件は起きた。

 柚姫がイケメンに身体を許してしまったのだ。つまりは抱かれ寝取られたのだ。


 しかもそいつは彼女持ちだった。まさかその元カノが結愛だったとは思いもしなかったが。

 浮気したやつらがくっついてイチャコラしている考えると、怒りで頭が変になりそうだった。


「……そもそもの原因は浮気された俺なんだよな……結愛にも迷惑かけたな」


「ううん……えらそーなこと言ったけど、こっちこそゴメン。あたしに魅力がないから、浮気されちゃったんだと思う……」


「そんなことはない。お前の元カレは見る目がない。俺の主観だけど……今まで見てきた女の子の中で、結愛が一番可愛いと思うぞ」


「ちょ、あんたね……そのフォローは優しいを通り越してキザっぽくない?」


 結愛は耳まで真っ赤になりながら、恋次と距離を取る。


「す、すまん。他意はないんだ……ただ本当にそう思っただけで」


「そ、そう? あ……ありがと……」


「……ま、その、なんだ。話聞いてくれて助かった」


「こ、こっちこそ……ありがと。あたしもけっこーヤバかったし、恋次が話聞いてくれたから……その、ちょっと気が紛れたかも」


「そっか。じゃあ……またな結愛」


「うん……またね恋次」


 二人はそれぞれ立ち上がり、別々の方向へと歩き出した。

 春の陽気はぬるくて、心地よい。


 しかし傷心中の男女の胸の中には、まだ春めききれない部分が残っていた。


 その、一瞬咲きかけた心がなんなのかを知るのは、かなり先のこと――……


 こうして二人はファーストコンタクトを果たした。そしてこの出会いが、恋次と結愛の運命を大きく変えることになるのだった。




_____

続きが気になった方は、

フォロー・評価(☆☆☆を★★★に)をお願いいたします。

ランキング入り目指して頑張ります……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る