チャーミングの冒険

 ついに、運命の歯車が動き出したわ。

 とうとうきたというわけね、この時が!


 わたしはフォレストガンプ大森林を飛び出して、大空を羽ばたいた。


 わたしの名前はチャーミング。

 旅先案内人ともいわれる、妖精種フェアリエよ!


 案内人といっても妖精だから人族じゃないわ。精霊族の一種ね。

 

 そう言えば、今でこそエルフは亜人に分類されてるけど、元を辿ればあの子達も人族と精霊族の混血だから、わたしの親戚みたいなもんよ!


 まぁそんなことはどうでもいいとして、わたしは今、森を出て運命の人を探すことに決めたの。

 

 そう……運命の人を!

 わたしは今までずっと、この大森林にこもっていたわ。


 なぜって?

 それはもう決まってるでしょう!


 だってここは……わたしの生まれ故郷だもの!!


 えっへん!

 わたしはこの大森林で生まれ育った妖精なのよ。


 あっちの大草原や向こうの山々で産まれた子もいるけど、ほとんどはここで生まれたの。

 たまーにだけど、ドライアドと間違えられることもあるわ!


 まったく失礼しちゃう!


 それにしても、わたしの同族はどうしてこんなにも閉鎖的なのかしら?

 森の外の世界に憧れることはあっても、なかなか出て行いこうとしないの。


 みんな怖がりすぎだと思うわ。

 確かにわたしたちは、森から出たら生きていけないかもしれない。


 喧嘩したら、大ネズミにも勝てないし。

 でもね、外にはもっと面白いことがたくさんあるはずよ!


 わたしはそれが見たいの。

 わたしはそれを見せてくれる人に、出会いたいの!


 そして一緒に冒険するのよ! きゃーっ!! 素敵すぎるわ!!


 その人とならきっと、楽しいこといっぱいできると思うんだ~♪


 だからわたし、森を出ることにしたの!

 でも一人で出るなんて危ないから、お母さんたちに内緒でこっそり出てきたんだけど……。


 ……大丈夫よね? 心配になってきちゃった。

 わたしの家族はみんな心配性だから。


 ううん、迷っている暇はないわ。

 こうしている間にも時間は過ぎていくのよ。


 急がなくっちゃ、急がなくっちゃ!


 早くこの森を抜けて、運命の人を見つけなくっちゃ!!


 そうすればきっと、素敵な未来が待ってるはずだわ。


 運命の歯車が動き出したのは本当よ。

 わたしの加護が、それを証明してるもの。


 ほら、今も誰かがわたしを呼び続けている。


 方角は王都の方ね。

 人族は嘘をつくからあんまり好きじゃないんだけど、仕方がないわ。


 運命の相手のことはよく知らないけど、知っている。


 小さくて、青髪で、女の子みたいな男の子。

 その子の名前は多分、シアン。


 わたしの加護がそうささやいてるの。


 この世界に生まれたばかりの、小さな命。

 まだ自分の力を知らない、無垢なる魂。


 でもだからこそ、成長の可能性を秘めているとも言えるわ。

 この子がどんな風に育っていくかわからないけれど、いずれ必ず大きく羽ばたく日が来るはずよ。


 十五歳なんて妖精のわたしにしてみれば、赤子のも同然なんだから!

 ふふん、見てなさい!


 わたしがちゃんと導いてあげるわ!


 こうして、わたしことチャーミングの冒険が始まったってわけ――――。




 ●◯



 真夜中。

 見事な満月が浮かぶ空の下。


 月下美人と呼んでも差し支えないくらいに美しい人物が一人、月を見上げている。


 その人物の名は累という。

 銀色に輝く白髪を夜風に揺らしながら、累は呟いた。


「おいおいナイリよ……そりゃ美しくねえぜ。いくらなんでも強引すぎるだろ。タルロスを奈落に落とすなんてよぉ」

 

 累はそう言うと、視線を落とした。

 そこには自分の影ではない何かがある。


 その影は地面に這いつくばるようにして、頭を抱えていた。

 影の正体は、ナイリと呼ばれた人物なのか、はたまた彼に取り憑いている何者かなのか。

 

 それはわからない。

 ただ言えることは、自分の影の中にいるナニかが苦しんでいるということだけだ。


「わタしは……あなたの為を思って……」


 影の中から微かに聞こえてきた言葉に、累は呆れた表情を浮かべる。

 それからため息をつくと、面倒くさそうな口調で言った。


「タルロスはおれの手下だ。あんたのオモチャじゃねえ」


 その声には確かな哀愁が込められている。


「許して……累、許して。ファントムが斬られちゃたの。わタしの可愛い可愛いファントムがぁ」


 影の中で、泣き叫ぶ女の声が響き渡った。

 その悲痛な叫びを聞き、累は舌打ちをする。


「お願い累……仇を、仇をとってぇ」


「あんたは過去の亡霊だ。亡霊の指図は受けねえ、死人の声に耳を傾けるやつぁ、自分テメエがねえって証明してんのと同じだからな。

 おれはあんたがいなくとも、美しく咲いてみせる」


 悲痛な叫びを上げる影の声を聞きながらも、累はその影に背を向ける。

 そして肩越しに振り返ると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 それから無言のまま、その場を後にする。

 残されたのは、影だけとなった。


 しかし影が動くことはない。


「ファントムの兄貴がやられただと……国盗りは思ったよか、うまくいきそうにねえなぁ」

 

 累は独りごちる。

 それから、その口元に笑みを浮かべて、夜空に浮かぶ月に向かって手を伸ばす。

 

 その手に掴もうとしているものは、一体なんだろうか。

 

 それを理解している者は誰もいない。

 だが一つだけ、わかることがあるとすれば……。


 累という人物が、何か途方もない野望を抱いており、そのために動いていることだけは確かだ。


 

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