幼少期編

1 悪役王女、ディアナ

 月の女神の御力に包まれしルネ=クロシュ王国。


 この国は二千年前、月の女神の加護篤い土地に興った国である。


 月の女神の血を引くとされる王族と、月の女神によって選ばれる聖女――月の神子によって豊かさを保っているこの国は、王族が政を司り、聖女が神事を司る。一年に一度、王都の神殿にて魔力の奉納を行うことで、聖女はルネ=クロシュに豊かな実りを齎すのだ。

 この国では聖女・月の神子は、王族と同等に尊重されるべき存在だ。というのも、聖女は単なる象徴的存在ではなく、真に王国を支える存在だからだ――つまり、聖女がいなくば、国はたちまち荒れ果て、大地は枯れてしまう。



 ――そしてそんな国に、伯爵の娘でありながら、妾腹めかけばらと家族全員から虐げられる少女がいた。



 彼女の名はシャルロット。

 豊潤な魔力と、誰をも魅了するような、閉月羞花の美貌を持つ可憐な少女だ。


 そんな可哀そうなシャルロットは、ある時、転機を迎える。魔力の多さを評価され、王の唯一の娘、王女ディアナの侍女として召し上げられたのだ。


 ――しかし、白金の髪に黄金の瞳を持った美貌の王女の側仕えに出世した彼女を待っていたのは、実家とほとんど変わらない苦痛の日々だった。


 しかも、月の神子に選ばれたにも関わらず、シャルロットはその地位を王女に奪われた。王女が聖女として功績を上げるために必要だからと、魔力を吸収する王家の宝玉によって力を奪われ、さらには心を通わせたはずの婚約者にまで裏切られる。


『今までご苦労様、シャルロット。わたしの可愛い、役に立つお人形。――でもね、もう宝玉に魔力がたっぷり溜まった。だから、もう、あなたは要らないわ』


 さようなら。最後まであなたが大嫌いだったわ。

 いけしゃあしゃあと言い放ち、しかし顔には少女漫画のヒロインみたく華やかな笑顔を浮かべた王女に、シャルロットは思った。



 ――わたしの方がお前のことを嫌いだが?????


 

 シャルロットは誓った。この女とクソバカ婚約者とついでに実家に目にものを見せてやると。

 真の聖女でも我慢の限界だった。


 ――不遇の聖女にとって幸運だったのは、王女が自身につけた護衛騎士であった美貌の青年・イーノが追放された自分についてきてくれたことだった。

 しかもなんとこのイーノーー魔族を統べる闇の神の子孫たる絶世魔王が継嗣・アインハードだったのである。

 対立関係にあるルネ=クロシュの内情を調べるために自ら騎士として城に潜入していたらしいイーノあらためアインハードは、シャルロットこそが真の聖女と気づいていたのだという。そしてアインハードは彼女に言った。


『俺と手を組まないか? 君を散々利用しつくした王族を斃し、新しい国を造ろう』


 そうしてシャルロットはアインハードの手を取り、次期魔王と聖女の最強タッグは、ルネ=クロシュ王国を亡ぼして魔国オプスターニスに併合してしまう。

 そうして王女を処刑し、聖女と次期魔王は爽快ざまあを成し遂げたのだった――。



 ――と、いうのが『魔国聖女物語』第一巻のあらすじである。




「…………は?」


 そして。

 ぱちりと目を覚ました俺は、目の前に広がっている光景に、ぽかんと口を開けた。寝起きの眠気も、気怠さも一瞬で吹き飛んだ。

 なぜなら見慣れた室内灯の代わりに、そこには真っ白い絹の紗幕が広がっていたからだ。


「は…………? はあああああ????」


 なんだこれ。もしかして、天蓋か? 

 えマジ? マジでお姫様ベッドとかについてる、あの天蓋?


「ちょ、ちょちょちょ待ッ……何? 何??」


 どうなってるんだこれは――!


 確か……俺は、『魔国聖女物語』を読みながら自宅の階段を降りようとして、盛大に足を滑らせたのだ。そこまでは覚えてる。……それで、頭をしたたかに打ち付けて――そこから記憶がない。そこで多分意識を失ったんだろう。

 しょうがなかったんだ。ちょうどいいとこを読んでて、閉じるのが億劫だったんだ。めちゃくちゃいいシーンだったんだよ、ついにお縄になったド性悪王女が醜く抵抗して、シャルロットがそれをビシッ! と制圧するシーン!


 ――じゃなくてだな!


 慌てて起き上がろうとして、身体がおかしいことに気がついた。

 異様に体が軽い。なんだか全体的に縮んだ気がする。肌に触れる服の生地のやわらかさも、明らかに男子大学生俺(十九歳)が寝間着にしているスウェットのそれと明らかに違う。あと、自分の尻で踏んでいる、金色とも銀色ともつかぬ髪。



 そして極めつけに――ナイ。

 何がないって、ナニがナイ。下品で悪いけどナイものはナイ。



「おいおいおいおいおい……」


 嫌な予感がした。――とてもとても嫌な予感である。

 見たことのない天蓋、軽くて小さい身体、白い手足、シルクのネグリジェ、プラチナブロンドの髪、行方不明の息子。

 俺は天蓋付きベッドを抜け出すと、豪奢に調えられた部屋に仰天しながらも、隅に置かれた姿見の前に立った。


「は……」


 果たして、そこに立っていたのは天使もかくやというような美少女だった。

 ――美少女、だった。

 そして俺はこの美少女に見覚えがあった。そう、ちょうど『魔国聖女』のクソ王女を小さくしたような感じの――。



「ッッッふざけんなオイィ――――――!!!!」

 


 ジーザス!!!


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