第17話 第4ゲーム「はなむけの言葉」①

 トウコの遺体は、執事たちによって棺桶に入れられて、どこかへ運ばれていく。


「こんなの……いやだぁ!」


 ジュラは泣き崩れた。

 私はジュラの肩にそっと手を置いた。彼女は私の顔を見るなり、すがりつくような目をする。でも私は彼女から目を背けた。


「どうしてアカネは平気そうなの?」


 ジュラは私を責めるような声で言った。


「そんなことないよ……私も悔しいよ」


 そう言ってみたものの、私の気持ちはどこか宙に浮いている。

 目の前で人が死ぬのを何度も見てきたから、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。


「こんなのおかしいよ! トウコが……トウコが可哀想だよ……。警察官? そんなのどうでもいいじゃん……」


 ジュラはしゃくり上げるように泣き出した。彼女の目から大粒の涙が流れ落ちる。私はその背中を擦ることしかできなかった。

 他の皆は神妙な面持ちで私たちを見ている。誰も口を開かないため、大広間には彼女の泣き声だけが響いていた。



 ◇


 

「では次のゲームを始めましょう」と支配人は言った。

 私たちは大広間に集められる。そこはプレゼントゲームを行った場所だ。巨大スクリーンがあり、そこには「第4ゲーム」と書かれていた。


 プレゼントゲームをしたときは大勢の花嫁候補がいたが、今は私を入れて4名まで減っている。あの時はモナークさまとテレビ通話が繋がっていたが、今回はどのように使われるのだろうか。


「第4ゲームは「はなむけの言葉」です!」と支配人は言った。

 

「モナークさまとの結婚が決まったと想定していただき、参加者にそれぞれゆかりのある方にメッセージをお願いしました。その方とは今、テレビ電話が繋がっています」

 

 支配人はそういうと、画面にはピンク色の薔薇を背景に『はなむけの言葉』と表示された。


「なお、このゲームではモナークさまによって審査され、モナークさまの心を動かすメッセージをもらった方3名が最終ゲームに進んでいただき、1名が脱落となります」

 

 説明が終わると、さらに画面が切り替わり、40代くらいの女性が映し出された。彼女は目と目が離れていて、どこかで見た顔だなと思っていたら、ジュラの面影があった。

 

「あっ、お母さん!」

 

 ジュラが真っ先に反応して声を上げた。

 

「ジュラ! こんなところにいたの? アパートも解約されていたし、どこに消えたのか心配してたのよ!」

 

 女性は目を潤ませている。ジュラは画面に駆け寄った。

 

「お母さん、会いたかった……」

 

 ジュラは画面に向かって手を伸ばす。

 

「あなたが無事でよかったわ。今、あなたはどこにいるの?」

「花嫁ゲームに参加しているの。お母さんと同じようになりたくないと思ってたのに……私も彼氏に騙された。それなら、ゲームに参加して素敵な人に選ばれた方がいいと思って、それで……」

「ジュラ……! ごめんなさいね。私がもっとしっかりしていれば……」


 お母さんと呼ばれた女性は画面の向こうで泣き崩れた。

 

「でも、私はもう大丈夫だから……心配しないで」

 

 ジュラはそう言って母親を慰めた。親子の感動的な再会だ。でもこの茶番に何の意味があるんだろう? こんな調子でモナークさまの心を動かすことができるのか疑問だ。私は冷めた目で画面を見つめていた。

 

「感動の再会はお済みですかね? せっかくですから、お母さまから彼女へ応援のメッセージをお願いしましょう」

 

 支配人がそう言うと、女性は「分かりました」と頷き、息を整える。

 

「ジュラ、私はあなたのことをいつも応援しているわ! だから……」

「お母さん……ありがとう。私、頑張るよ」

 

 ジュラは涙を溜めて母親に答えた。母親は鼻をすすりながら言った。

 

「ジュラ、あなたは私の自慢の娘よ。一歩を踏み出したあなたにはきっと最高な未来が待っているわ」

 

 女性はそう言うと、画面から消える。

 ジュラは寂しげな表情でそれを見つめていた。

 

「親子の絆は素晴らしいですね! 感動しました!」


 支配人は大袈裟なリアクションを見せた。……白々しい演技だ。私は呆れた顔で支配人を見た。彼はまったく意に介していない様子で話を続ける。

 

「次はどなたでしょうかね?」

 

 支配人がそう言ったときだった。突然、切り替わった映像を見て思わず「あっ!」と声を上げてしまった。

 画面には叔父さんの姿があったからだ。彼はカメラに向かって手を振っている。

 

「アカネ、元気にしてるか?」

 

 叔父さんは優しい声で言った。

 

「蒼介さん! どうしてここに……?」

 

 私は画面に近づいた。鼻の奥がツンとする。会いたいと思った人に会えて、泣きそうになってしまった。

 

「花嫁ゲームの主催者から、アカネへの応援メッセージをお願いされてね。それでやって来たんだよ」

「そうなんだ……」

「アカネはきっとこの過酷なゲームの中で心細い思いをしているだろう。でも、僕はいつもアカネの味方だからね」

 

 叔父さんはそう言って微笑んだ。私も思わず笑顔になる。私は叔父さんのことがずっと好きだったんだ。そんな懐かしい気持ちが沸き起こった瞬間、支配人が割り込んだ。

 

「なるほど! お二人はご親戚ですか?」と支配人はニヤリと笑う。

 

 私は心の中でムッとしたけれど、叔父さんに迷惑をかけたくなかったので黙っていた。すると叔父さんが口を開いた。

 

「実は、俺の姪なんです」

 

 叔父さんは照れ臭そうに言った。支配人は「おお!」と感嘆の声を上げる。

 

「アカネさま……なんと素晴らしいことでしょう! 叔父さまに再会できるなんて……!」

 

 支配人がそう言うと、他の参加者からも拍手が起こった。私は恥ずかしくなって俯くことしかできなかった。でも叔父さんと再会できて本当に嬉しかったんだ。

 

「では叔父さまからもメッセージをお願いします」

 

 支配人に促されると、叔父さんはカメラに向かって話し始めた。


「10才でアカネの両親が死んでから、二人で親子のように生活してきました。彼女は勉強も頑張って、国立の大学に入ってくれたことは、俺の自慢です。大学入学後は親戚たちが手のひらを返して養子にならないかと言ってきましたが、もちろん断りました。俺の大事な娘です。奪われてたまるものか……って、つい親心が出てしまいました。アカネが花嫁に選ばれて家に帰ってきたら、お祝いに特製の唐揚げを作ってあげたいです」

 

 話を聞いている間も、私はこの人が好きなんだとわかった。顔も声も、彼の人となりも。叔父さんが向けてくれる愛情は家族愛だと知っているけれど、私は一人の男性として愛している。

 私はただ、叔父さんが作ってくれた唐揚げを食べたい。そう思った。

 

「叔父さま、ありがとうございます」支配人は言った。

「アカネ、頑張れよ」と叔父は最後に言った。私は大きく頷いて返事する。

 

 映像が切れた後、ジュラが私の近くに寄ってきた。「いいなぁ……」と羨ましそうに呟く。彼女はまだ母親への未練が残っているようだけれど、叔父さんのメッセージを聞いて、少し前向きになったように見えた。

 

「では次の方に参りましょう!」


 支配人はそう言うと、画面を切り替えたのだった。

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