第4話 30名の花嫁候補

「花嫁ゲームの参加者にはそれぞれ控室をご用意しております。お部屋のルームキーをお受け取りください」

「ありがとうございます」

 

 私は頭を下げてから、部屋のルームキーを受け取る。どうやら参加者には控室が与えられ、そこで待機することになっているようだ。

 部屋がどこになるかはランダムだと聞いたけど……。私がもらったルームキーの部屋は二階の203号室だった。

 

 203号室のドアを開けると、そこは十畳ほどの広い空間だった。ビジネスホテルのシングルベッドよりは少し大きいくらいのベッドとデスクと椅子があり、テレビや冷蔵庫もある。そしてその上に一枚の紙が置かれていた。

 

『花嫁候補の皆様。当施設のお部屋をご用意させていただきました。どうか、おくつろぎください』

 

 どうやら他の参加者も同じ待遇らしい。私はソファーに座って一息つくと、壁にかかった絵が目に入った。前のオーナーの趣味なのか、花嫁企画が飾ったのかわからないが、客室にはピカソのレプリカが飾られている。

「アヴィニョンの娘たち」という絵だ。

 この絵を見ていると、なぜか心がざわめく。

 まるで、遠くから誰かにずっと監視されているような……。私はどうしてしまったんだろう?

「花嫁ゲーム」の謎を解明するはずが、いつの間にかアヴィニョンの娘たちの絵に心を奪われていた。

 しばらくその絵を眺めていると、急に眠気が襲ってきた。


「そうだ。ゲームが始まる前に、少し横になっておこう」

 

 私はそのままソファーに横になる。すると、ソファーはちょうどいいサイズで、私の体を優しく包み込んでくれるようだった。まるで雲の上にいるようだ。

 

「いい気持ち……」

 

 そしていつの間にか私は眠りに落ちていた。

 どのくらい眠っていただろうか? 目を覚ますと、シャンデリアの光が目に入ってきた。ここは……?

 私は椅子から体を起こして辺りを見回す。

 

「えっ!?」

 

 驚いたことに、その部屋は私が先ほどまでいた控室ではなかった。

 そこは、広間。丸テーブルが各所に配置されたパーティールームだった。

 私はそのテーブルの椅子で眠っていたようだ。しかも、いつの間にか光沢のある赤いドレスに着替えさせられている。


「これはどういうこと……?」

 

 状況が飲み込めない私だけど、ドレスアップした他の花嫁候補の女性たちも不安げな顔で、私と同じように戸惑っているようだった。

 どうやら同じ境遇らしい。しかしなぜ私たちはこんなところにいるのだろうか? 確か私は控室の、ソファーで眠っていたはず……。


「これって……」

「全員……花嫁候補?」

「これから何が始まるの!?」

 

 突然の出来事に動揺する女性たち。

 そんな状況の中、広間の照明が消えてステージの上だけがライトアップされた。

 

「ようこそ、30名の花嫁候補の皆様」

 

 スピーカーから声が流れる。どうやら施設の館内放送のようだ。

 

「これよりゲームを始めます」

 

 ゲーム? やはり、これが花嫁ゲームの開始なの? 私がそう思っていると、ステージに一人の男性が上がってきた。黒いスーツに黒い蝶ネクタイを付けている。彼はマイクを手にすると挨拶を始めた。

 

「初めまして、私、この施設、水沢レジャーランドの支配人を務めております、クロガネと申します」

 

 少しだけ会場がざわめく。

 

「これよりゲームの説明を始めます。皆様にこれからお集まりいただいたのは、当施設で開催されているゲーム『花嫁ゲーム』に参加していただくためです」

 

 そのためにここへ足を運んできたのだからゲームに異論はない。しかし……。

 

「な、なにこれ!?」

 

 一人が声を上げた。それは他の参加者も同じだったようでみんな動揺している。

 私たちの右手には、それぞれ指輪が付けられていたのだ。飾り気のない、分厚い指輪はそれだけで存在感があって、薄暗い会場内でも鈍い光を放った。

 

「お気づきになった方もいるようですが、皆様の右手にはシルバーの指輪を付けさせていただきました」


 支配人からのアナウンスが入る。

 指輪をする習慣のない私は、右手薬指の付け根がむずむずして、指輪を外したくなった。

 でも、そうしたらダメだ。これはおそらく……。

 

「ちなみにその指輪ですが、致死量の毒針が仕込まれています」


 支配人はニヤリと笑って言った。


「毒針!?」


 参加者たちは息をのんだ。


「どういうこと!? こんなの聞いてないわ! 帰る!」


 女性の一人が叫んで、席から立ち上がる。

 そして、指輪を外そうと左手に力を入れた。


「あっ! 無理に外さないでください!」


 支配人が叫んだが、彼女はそれを振り切って指輪を外そうとした。すると……。


「きゃああっ!」


 指輪から針が飛び出し、彼女の指に突き刺さってしまった。そして、血があふれ出す。


「痛っ!」


 それが彼女の最期の言葉だった。


 彼女は痙攣を起こしたように小刻みに震え、白目をむくと「バタン!」と大きな音を立てて床に倒れた。そして、そのまま動かなくなってしまう。


「ひっ……!」

「いやああっ!」


 私たちの悲鳴がこだました。目の前で起きたことが信じられない。でもこれは現実だ。


「皆様、指輪を無理に外そうとしないようにお願いします」


 突然、入り口から黒い棺桶を担いだ執事風の男たちが現れると、手慣れたように死んだ女性を棺桶に入れて会場の外へ運び出した。

 

 衝撃だ。まるでドラマの撮影のような非現実的な光景に、私たちは動揺する。

 しかし、支配人は何事もなかったかのようにアナウンスを続けた。


「指輪を外そうとしたり、この施設内から一歩でも外へ出た瞬間に毒針が全身に回って死んでしまいますので、ご注意ください」


 彼の言葉に参加者たちは愕然とした。

 

「そんな……出られないじゃない……」

 

 絶望した声をあげた女性は、涙を浮かべている。

 

「私たちはゲームに負けたら殺されるの!?」

 

 一人の勇気ある女性が声を上げた。

 その推測を裏付けるように、支配人は笑いながら言った。

 

「殺される? とんでもない。ゲームに勝てばいいだけです。無事にここを出られれば、毒針の効果はなくなりますのでご安心を」

「どういうこと……?」

「皆様にはこれから『花嫁ゲーム』に挑戦していただきます。これからいくつかのゲームに勝ち抜いた一名が、モナークさまと結婚する資格を与えられます」


 モナークさま。支配人は花婿のことをそう呼んでいるのだろうか。


「失礼ですが、モナークさまとは?」と別の参加者が尋ねた。

 

 支配人は微笑みを浮かべると、口を開いた。

 

「モナークさまはこのゲームの勝者と結婚できるお方です。素晴らしい人格者で、あなたたちが生き残るための、たった一つの希望です」

 

 支配人は嬉々として語り続けた。女性参加者たちは呆然としているか、青ざめた顔をしている者ばかりであった。

 ゲームに勝てば生還するが、負ければ死が待っている。

 これは、顔も知らない花婿の相手の座を賭けたデスゲームだ。

 

「狂ってる……」

 

 参加者の誰かがつぶやいた。

 まったく同感だった。この状況で平静を装っている支配人が恐ろしい……。


「さて、ルールについて説明を始めます……」

 

 と、そこで支配人が咳ばらいをした。私たちは息をのんで支配人の言葉を待つ。果たしてどんな恐ろしいゲームなの?

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