神力…?


「ねえねえ、幸。神力を分け与えられた子供って知ってる?」


 チャイムが校内で鳴り響き、講義の終了を告げる。友人達が挨拶を交わし次々とスタジオから出ていく中、幸は自分の机の上に散らかった道具達を片付けながら、うんざりとした顔で溜息を吐いた。

 また始まったと思いながら片付けを続ける。


「日本には全ての事柄に神様があると考えられているの」


 友はぐるぐると回るキャスター付きの椅子に反対向きに座りながら言葉を続ける。  

 此奴は相手が話を聞いていようが聞いていまいが如何でも良いんだ。自分さえ語れればそれで満足なのである。

 だから幸も、友が納得するまで話をさせてあげようと考えていた。


「だってだって、物に息を吹きかけるだけで神様が誕生したり、顔を洗うだけで生まれるんだよ? ウケるよね」

「……アンタ、神様大好きなんじゃ無いの?」


 幸は動かしていた手を止めて、床の上を優雅に転がる椅子に座る友を一瞥する。

 今まで散々聞かされてきたからわかるのだが、この友は生粋の『神様』好きだ。特に日本の。実家が神社だというのもあるかもしれないが、此奴はそれ以上の何かがあると思う。

 そんな友の口から出た神様を侮辱するような口調に幸は少々身を引いた。


 天罰が降るぞ、この野郎と思いながら――。


「大好きだよ。何、今更」

「………」


 当たり前かのような純粋な顔を向けられ、幸は益々身を引いた。止まっていた腕を動かして机についた汚れを落としていく。

 そんな幸の側へ足で床を蹴りながら椅子に座ったまま友は近づいた。なんだか別の生き物のような動きをする変人だ。


「で、でね。私が聞いてるのは『神力』のこと。幸は知ってる? 神力」


 珍しく此方に回答を求めてくるので、幸は机を拭く腕の速度を落として考えるふりをした。


「神力……。まあ、名前ぐらいは? 聞いたことがあるけど」


 恐らく、読んで字の如くだろう。『神』に『力』。神様が持つ力のことだと思う。

 友は椅子で一回転した。体を大きく仰け反らして回る。

 目が回らないのだろうか?


「じゃあ、その神力を持つ子供って面白そうじゃ無い?」

「……は?」


 友は回るのをやめてピタリと止まった。目が合い幸はドキッとする。


「神のみ持つのを許された力を、私達みたいな人間が持っていたら、それってすごく魅力的だと思わない?」

「いや、ごめん。全然思わない……」


 話の筋が全く見えない幸は再び机を拭くことに集中する。だいぶ取れてきた汚れだが、布巾には汚れがうつっている。ある程度綺麗にすれば問題ないだろう。幸は机を拭く事を終わりにし、今度は自分の道具を鞄にしまい始めた。

 その様子をじっと見守っていた友は、少しだけつまらなそうに言う。


「幸って、本当につまらないくらいに現実主義よね。そんなんじゃ彼氏できないよ」

「それ関係ある⁈」


 思いっきり振り返ると、友は口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。揶揄うのが生き甲斐みたいな人にとって、今の幸の反応は好物以外の何物でもないだろう。

 幸は口角を下げて鞄のチャックを閉める。


「じゃ私もう行くね。この後バイトなんだわ」

「そう」


「……帰らないの?」


 ついてくる様子のない友を振り返り、幸は首を傾げる。友はまだ椅子に座ったままで、自信の机も片付いていない。

 友は笑顔で顔の横に手をあげる。


「やる事あるから。じゃあまた明日」


 幸は目を細めた。

 自分から神力について語り始めたくせに、結論はないし、何を聞きたかったのか、言いたかったのかわからないし。幸の心の中には妙なモヤモヤが巣を張っている。

 退出をせかされるような笑顔と別れの挨拶をされ、幸はスタジオを出た。




 結局、心の中のモヤモヤが解ける事なく電車に乗り込んだ幸は、ポケットから携帯を取り出した。

 開閉を繰り返す出入り口とは反対側のドアに寄りかかり、ガラスの向こう側から差し込む光が携帯の画面に反射した。


「神力……子供……」


 指を流暢に動かし検索ボタンをタップする。すると画面にグルグルのマークが現れ幸は空を仰いだ。低速だ。今月は節約してきたつもりなのだが、どうやら考えが甘かったらしい。

 携帯の画面に小さく表示された今日の日付を見て、一人暮らしを始めてから早くも一ヶ月が経とうとしていたことに気がつく。

 ふと顔を上げて外に目をやると、電車は丁度橋の上を走っていた。ガタンガタンと音を立てながら電車は進み、海へ向かう川の上を走る。

 すると突然電車が大きく揺れ、幸は前のめりになった。軽く持っていた携帯が手の上から浮いて床の上に落ちる。


『強い風により速度を落として走行しています。強い揺れにご注意下さい』


 音質の悪い車内に響いた放送により、何かトラブルがあったわけではないとわかる。幸もホッと胸を撫で下ろした。


「強い風……」


 川の波は少しだけ荒立っているように見えたが、車内にいるので実際どれくらい風が強いのかわからない。ドアがガタガタと揺れはするが、さして気にならなかった。


「あの、携帯……」

「あ、有難うございます」


 落ちた携帯を拾ってくれたのは私服の青年だった。細く白い手首の隙間から見えた華奢なアクセサリーがキラリと光った。

 幸は軽くお辞儀をして携帯を受け取る。青年はすぐに電車の吊り革を握って反対側に並んだ。

 最近の若者の間では、アクセサリーが流行っているのかな……――。私が学生の頃なんか男性がアクセサリーをしていたら、すぐ揶揄われていたのに。今も一応学生だけれども、今は周りに気を配っている余裕などない。自分のことでいっぱいいっぱいだ。

 顔を上げると目に入った広告のポスター。『人生百年。多様性の時代』と大きく書かれた文字の下には最近よく目にする若い俳優が載っていた。


「……多様性、ねぇ……」


 携帯に目を移すと運良くヒビも入らなかった画面には、検索結果が出ていた。

 一番上には、子供の名前の付け方。それから神社に、なんだか怪しそうな集団のサイト。料理屋の名前から、企業の名前まで。

 幸が期待しているような検索結果は出てこなかった。


「というか、何で検索してるんだ私……」


 まんまと友の口車に乗せられたような気がして馬鹿馬鹿しくなった幸は画面を消そうとしたその時――。

 最後にスクロールした画面にうつった文字に目を奪われた。


「日本に実在する……視える者達……?」











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