第10話 団地付近の浮遊霊
渉とは一先ず別行動を取ることとした。
「気をつけろ」
渉が別れ際にそう言った。
別行動を取った理由は、時間が惜しかったからだ。渉は星雲荘の調査、巳継は常盤麗子への接触をそれぞれ行う。
巳継は傘を取りに帰ることもせず、頭の天辺から足の先までずぶ濡れになりながら走った。これ以上雨が強まれば、巳継は行動できなくなる。
噂の幽霊は誰かに恨みを持っているのだろうか。誰かに会いたいのだろうか。この世に留まり続ける理由が未練だけならば、その場に留まることはないはずだ。団地付近の心霊話は巳継が生まれる前から伝わるような古い話で、そのような霊が想いを抱く相手となると、その想いの対象は既に死んでいる可能性がある。それに気づけない霊はこの世に留まり続け、漂い続ける。運悪く霊同士で接触することがなければ、会話することもなく、何十年という途方もない時間を一人で過ごし続けることになる。……霊の中でその恨みが忘れ去られ、完全に消え失せてしまうまで……。そうなれば、たとえ成仏できたとしても、そこには苦痛しか残らないだろう。なので、この幽霊が悪人でないなら、ただ単純に話を聞いて力になりたいという気持ちもある。
今回、その霊が常盤麗子であるかどうかを確かめる必要があった。常盤麗子だった場合、どんな理由でこの世に居続けるのか。それを聞いて、初めてこの事件を知ることができる気がしていた。それは、隠された遺体を見つけるという本来の目的ではないが、その目的を達成するために必要な通過点だ。
古い団地の角。
昔はこの一帯で一番整備されていたであろうこの道は、今では車通りの少ない狭い道となっている。
雨脚はまだ強くなかったが、人々から忘れ去られたその幽霊は、道路のど真ん中にぽつんと立ち尽くしていた。
噂では、この霊は雨になったら現れるという。
新聞記事を思い出した。
あの日も丁度、嵐だった。
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巳継は気を落ち着けながら霊に話しかけた。
「常盤麗子さんですか?」
「……なぜ私の名前を」
想像とは違う、若い女の声だった。
よく見ると、すらりとした二十そこそこの若い女だということが分かった。幽霊特有の質感のなさはあるが、それでもかなり綺麗な人なのではないかと思った。表情は深く俯いていて、身長の劣る巳継から見ても良く分からない。
「……どうしてこの世に留まり続けるんですか?」
「お前には関係ない」
聞くのが嫌になるような、悲しそうな声だ。
「お願いします。あなたの声を聞けるのは僕だけです。他にもいるかもしれないけど、僕はこのあたりでそんな人見たことないんです」
常盤麗子は応えない。
「あなたが亡くなってからもう三十年経ってます。三十年です」
「そう、もうそんなに……」
常盤麗子はぽつりとそう漏らした。
単純に訊いて答えてくれるだろうか……。いや、きっとはぐらかされるだろう。
「誰かに会いたいんですか?」
「……お前に面識などないはずだ」
「誰ですか? ……小林さんですか」
常盤麗子の目が少し見開かれた。
「……知っているのか」
妙な勘ぐりほど当たるものだ。
「小林さんは知っていますが、小林さんの名前を出したのは勘です」
「なんだ、当てずっぽうか」
常盤麗子の声は少し幻滅しているようだった。
「小林忠久さんなら、もう亡くなっています」
「……何?」
「ご病気だったみたいです」
常盤麗子の声に驚きが混じった。
「病気? そんなこと一度も」
ようやく会話が続きそうな気がした。
「がんだそうです。恐らく、あなたが亡くなった後に発症したんだと思います」
「……それはいつの話だ?」
「小林さんが亡くなったのは十年前です」
「そうか。私はそんなときも、ずっとこんな場所で……」
じっと常盤麗子を観察しているが、相変わらず表情はわからない。しかし、悔しがっているような、自分を責めるような声だと思った。
「小林さんは先ほど成仏されましたよ」
「そう……。わざわざそれを言いにここへ?」
「はい」
「ありがとう」
「……あの、できれば、少しお話を聞かせてくれませんか?」
「話?」
「三億円強奪事件に関係していますよね。もう時効が成立していますが、その関係者が最近亡くなったかもしれません」
「……関係者?」
「豊田直人という人物をご存じないですか?」
「知らないわね」
「そうですか……。何者かと争って刺されたらしいんです。もしかしたら、まだ犯人は生きているかもしれません」
「なら、気をつけなさい。あなたも嗅ぎ回っていたら殺されるわよ」
「……誰にです?」
「知りたいのはそれね?」
常盤麗子は薄く笑う。
「……僕の考えてることが分かるんですか?」
「知らないでいい世界もあるのよ。そんな世界に身を置いているとね、他人の感情を常に気にしないと、恐ろしくて眠れなくなっちゃうの」
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