第7話 空から女の子が!?を《鳥男子》でやってみるとこうなる。
――一方、ななと入れ替わったトキは……。
「結局、早退して帰ってきてしまった……」
駅のトイレから出て、ひとり呟く。鼻の片方には、鼻血止めのティッシュが詰められていた。
ななの家への道を、カバンを肩にかけてとぼとぼ歩いていく。人通りはないが、歩道の横を車が通るたびに、ビクッと身体を震わせてしまう。
しばらく道路沿いを歩いていたが、耐えきれずに田んぼ道のほうへ歩を進めた。
「ん? あれは……」
田んぼの一角に、鳥がいるのを見つけた。アオサギとダイサギとコサギが、田んぼの中を歩いている。トキが食べ物を探しているといつも寄ってくる、顔見知りの鳥たちだ。
「お前たち、そこになにかあるのか?」
思わず話し掛け、サギたちのそばへ近づこうとした。けれども、サギたちはこちらを見ると、一斉に飛び去ってしまう。
田んぼの畦で、トキは動きを止める。まだ稲の伸びていない水面には、ななの顔が映っている。
「この姿だと、鳥たちは警戒してしまうか……」
ぽつりと呟き、その場にしゃがみ込む。水面に映る少女の顔を見つめながら、小さくため息を吐いた。
バサッ。
不意に、背後から翼の羽ばたく音が聞こえた。
「いつにも増して
振り返ると、青灰色の後ろ髪を襟足でひとつに結んだオオタカが立っていた。薄く
「オオタカは、俺を避けたりしないのか!?」
思い詰めていたトキは、そばに来てくれた鳥に対し、感極まって立ち上がった。
オオタカがぴくりと片眉を歪め、距離を取る。
「そうか、オオタカは他の鳥に嫌われているから、この気持ちがわかるのか」
トキは震える手を自分の胸に当てて、オオタカへと歩み寄っていく。
「教えてくれ。俺はいったいどうすればいいんだ」
オオタカは一歩一歩後退し、翼を広げて飛び去ろうとする。
それを見て、トキは思わず手を伸ばし、肩をつかんだ。
「逃げないでくれ! 今は俺のそばにいてくれっ!」
目を潤ませて上目遣いで見つめてくる視線に、「チッ!」と舌打ちが返ってくる。
次の瞬間、着ているセーラー服がつかまれ、身体が地面に押し倒された。
「貴様、アイツと違うな」
鋭い双眼が視界を覆い、首元を強く押さえつけられる。トキは息苦しさに顔を赤らめて喘ぎながら、首をふるふると横に振った。
「オ、オオタカ!? 待て、落ち着け! 話を聞いて……っ!?」
「うるさい黙れ、アイツはそんなに可愛くない!」
のどかな田んぼ道の真ん中で、少女の甲高い悲鳴が響くのだった。
* * *
――その頃、トキと入れ替わったななは……。
「ごちそうさま。ふぅ、生き返った~」
わたしは並べられたお皿の前で両手を合わせてから、膨らんだお腹をさすった。
台所からカーくんが出てきて、空いたお皿を片付け始める。
「なな、もういいのか?」
「うん。もうお腹いっぱい。カーくんが美味しく作ってくれたおかげだよ」
メニューはドジョウばかりだったけど、かば焼きや天ぷら、佃煮やすり身の団子と、カーくんがいろんなアレンジをしてくれた。
一時は空腹で死にかけたから、満腹でこんなに幸せになれたのは初めて。
「ミサゴさんも、ありがとうございました。この恩は一生忘れません」
わたしはテーブルの向かい側に座るミサゴさんへ、頭をさげた。
今わたしたちがいるのは、ミサゴさんの家。公園で動けなくなったわたしを、ミサゴさんは車に乗せて、家まで連れて行ってくれた。それで、魚屋さんから新鮮なドジョウをたくさん買ってきてくれて、カーくんが調理して食べさせてくれた。
「……ほんまに、お嬢ちゃんなんやな」
わたしとトキが入れ替わったことは、もう話している。ミサゴさんは未だに信じられない様子で、目をパチパチさせながらわたしを見つめている。
「はい! わたしはななです! バードウォッチング大好きななです! お腹いっぱいになったら、なんだか鳥が見たくなってきちゃった。鳥、どこかにいないかな? 鳥、鳥、鳥~!」
「お嬢ちゃんであるのは、間違いないみたいやな……」
ミサゴさんも、どうやら納得してくれたみたい。
わたしは縁側から庭へと飛び出して、辺りを見回す。残念ながら鳥は見当たらない。そういえば、わたし、大事なことを忘れているような……。
「あっ、なな。トキが来るよ」
ふと、ミサゴさんに寄りかかってお昼寝していたカワセミくんが、目を開けて声を掛けてきた。耳に入れていたなにかを、スッとポケットにしまったのは気のせいかな。
「タァァアアアアーーーっ!?」
女の子の声だけど、この独特な叫び方は……!
わたしはハッと頭上を見た。空からセーラー服を着た少女が落ちてくる。あれはわたし、いや、わたしと入れ替わったトキだ。
「トキっ!?」
わたしはとっさに両手を伸ばし、落ちてくる少女を受け止めようとした。
トキは足を下に落ちてきて、わたしに気づいて手を伸ばしてきた。セーラー服のスカートがめくりあがる。わ、わたしのシマシマなマリンカモメさんが、丸見え!?
「きゃぁぁああああーーーっ!?」
わたしは伸ばしていた両手を引っ込めて、自分の顔を覆い隠す。
足もとで「ぐぇっ!?」と、地面になにかがめりこむ音がした。
「もう、トキ! スカートくらい押さえていてくださいよ!」
「テメェ、ななの身体に怪我させたら承知しねぇって言っただろ!」
「帰り道もいろいろやらかしてたみたいだね、トキー?」
地面に倒れたトキのめくれたスカートをさっともとに戻して、わたしは声を荒げてしまう。縁側にカーくんとカワセミくんもやってくる。
わたしの姿をしたトキは、泥だらけでボロボロで、起き上がってもそのまま地べたにへたりこんでしまう。
「オオタカ、連れてきたんか?」
「気持ち悪かったから持ってきただけだ」
庭の少し離れた場所に、オオタカが降り立った。ミサゴさんが近づいて、声を掛ける。どうやら、オオタカがトキを連れてきてくれたみたい。
「な、なな……。ななは、無事、だったか?」
トキは顔をあげ、ふるふると小動物のように震えながらか細い声をあげた。
「う、うん。わたしは大丈夫……じゃなかったけど、今は大丈夫だよ。トキのほうこそ、擦り切れてるじゃない? 手当てしてあげるよ?」
「服も泥だらけじゃねぇーか。ったく、明日も着るんだから、よこせ! すぐに洗濯するぞ!」
「あぁっ、や、やめろカラス!? あとカワセミ!? なにをコソコソ触って!?」
「ん~? ちょっと、仕込んでたモノを回収してるだけだよー?」
トキを囲んでガヤガヤ。端からこちらを見ていたオオタカの呟く声が聞こえる。
「そういうことか」
わたしたちは、いったん縁側に座って落ち着くことにした。
擦り切れた頬にばんそうこうを貼って、鼻血は止まっているみたいだからティッシュは抜いておいた。制服は、さすがにここで脱ぐとまずいので、泥汚れだけはたいておいた。
「トキ、学校どうでしたか?」
「……すまないが、ダメだった」
隣に座るトキは、ずいぶん落ち込んでいるみたいで、うつむきながら返事をする。やっぱり、人のたくさんいる場所で、慣れない授業を受けるのは、トキにとっては辛いよね。
「弁当にドジョウを食べられないのが辛すぎる……」
「そっちですか!?」
顔を覆い、悲痛な声をあげるトキ。
まぁ、確かに好きな食べ物が食べられないのは、辛いよね。
「わたしも、ドジョウばかり食べなきゃいけないのは、辛いですね……」
ふたりそろって、大きなため息を吐いてしまう。また明日も、こんな生活をしないといけないのかな。もと通りになるまで、ずっとこのままなのかな。
「やっぱり、早くもとのななに戻んなきゃなんねぇな!」
隣に座るカーくんが、落ち込むわたしを見ながら励ますように声をあげる。
「でも、どうやってもとに戻せばいいんだろうね?」
カーくんの膝に座っているカワセミくんが、あごに指をそえて可愛らしく考え込む。
「そうやなぁ。だれかに聞いたり、調べたりしてわかるもんでもないやろ?」
わたしの正面に立っているミサゴさんが、腕組みをして唸り出す。
もとに戻ろうと、すでに何度も試し済みだ。入れ替わった身体をもとに戻す方法なんて、検索しても出てこないよね。
周りにいるみんなが、う~んと考え込む。
ふと、柱に寄りかかっているオオタカと目が合った。
「オオタカは、もとに戻る方法って、知って……ないよね?」
思わず訊いちゃったけど、オオタカがわかるわけないよね。
そう思って、視線をそらそうとした時。
「知っている」
無愛想な表情のまま、口が開いた。
みんなの顔がそれぞれ驚きを隠せず、一斉にオオタカへ向く。
「意識を入れ替える方法なら、知っている」
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